始まりの神
――おやつを食べた後。
俺は、熱いお茶を飲みながら、レイラに神話に関する話を聞いていた。
「そうですねー……私の知る限り、人々に信仰される神は何柱かありますが、その中で中心となる神が二柱いますー。全ては、その二柱より始まったとされていますねー」
と、そこに、同じようにお茶を飲んでいたリューが会話に加わる。
「あ、ウチも知ってるっすよ! ウォーウルフ族は基本的にフェンリル信仰っすけど、でもその二柱の神様の話も、里の祈祷師の大ばあ様なんかが話していたっす。その神様達のための祭事の時とか、お供え物と一緒に豪華なご飯が出るから、喜んだものっすよ」
里のことを思い出しているのか、懐かしむような様子でそう語るリュー。
へぇ、やっぱりそういう職の人はいるんだな。
「レフィはどうですかー? 龍族では、そういう言い伝えはあるのでしょうかー?」
その問い掛けに、やはり同じくお茶を飲んでいたレフィが答える。
「ふむ、龍族にはヒト種の宗教なるものは存在しておらんが、恐らくお主らが話している神話については、伝わっておるの。――『始原の神』と、『地の女神』の話じゃろう?」
「おぉ……レフィ達のところにも同じ神話が伝わってるって、なかなか面白いものっすねぇ」
「うむ、儂としては、お主らがその神話を知っていることに少々驚いたの。昔に、誰かが広めたのかの?」
俺の知らない知識で、盛り上がる彼女ら。
「始原の神に、地の女神……それは、番の神なのか?」
「いえ、二つ同時に語られる神ではありますが、そういう訳ではないのですよー。まず、先に存在したのは、『始原の神』、『原初の神』、『一なるもの』などと呼ばれる神の方だったと言われていますー」
――最初にそこにあったのは、始原の神だったという。
万物の源であり、計り知れない大いなる力を秘めた、巨大な存在。
だが、それに意識という意識は存在しなかった。
ただ、そこにあるだけ。
動くことはなく、時という概念すらあやふやな中で、ただ永遠に存在し続けるだけのものであり……そして、ある時そこに、地の女神が現れたそうだ。
どこからやって来たのか、ソレに生み出されたのか、その辺りのことは一切謎であるそうだが、とにかく彼女は始原の神と遭遇したと言い伝えられており、そこから全てが始まった。
彼女は始原の神が持つ力を利用し、瞬く間に大地と大海原を造り出すと、次々に生命を誕生させていき、やがてこの世界になったのだそうだ。
ネルが信仰している女神は、その地の女神が産んだ娘の一人らしい。
愛と勇気を司る、きっとどこかのあんぱん戦士も信仰しているだろう女神様で、人間に似た姿をしているとされており、故に人間達全般に信仰されているそうだ。
ちなみに、宗派が違うようだが、この前俺のダンジョン領域となったローガルド帝国でも、ネルんところの女神が信仰されているようだ。
あそこは魔界王達に統治を丸投げしたが、一応ちょっとずつ文化を学んではいるのである。
「…………」
「種によって、内容に多少の差はあるようですが、大筋は全てこのように伝わっていますねー。レフィから教わった冥界神話の真実のように、もしかすると基となる出来事が実際にあったのかもしれませんねー。――ユキさん? どうかしましたかー?」
「……いや、何でもない」
始原の神に、地の女神、ね。
大いなるものの力を用い、世界を広げ、生物を生み出す。
なんともまあ――ダンジョンと似た造りではなかろうか。
俺がダンジョンを使ってやっていること、まんまである。
……魔界にて、ローガルド帝国前皇帝に会い、話したことを思い出す。
そうか。
あの男は、この神話を知っていたからこそ、この世界が一つのダンジョンなのではないかと推測したのか。
始原の神は……ダンジョンに似た、『システム』そのもののような存在だったのだろうか。
自らでは何もせず、誰かが操作することによって本領を発揮する存在。
となると気になるのは、地の女神の方だな。
形で見ると、俺と同じ立場であるその神は、いったいどこからやって来て、どうやって始原の神と出会ったのだろうか。
それとも、始原の神自体が、自らを操作するものを造り出したのだろうか。
「……その二柱の神の名前は?」
「伝わっているのは、地の女神のお名前『ガイア』のみですねー。始原の神は、ただそのままに呼ばれていますー」
そのレイラの言葉を、だがレフィが否定する。
「む、外ではそうなのか? 龍族には伝わっておったぞ」
「! そうなんですかー? 始原の神に、お名前がー……?」
「ぬわっ、きゅ、急に寄るな、驚くじゃろう」
レフィは、「お主は相変わらずじゃなあ」と苦笑を溢しながら、答えた。
「――『ドミヌス』。それが、全ての始まりの神の名じゃ」
その瞬間だった。
ブオンと、メニュー画面が勝手に開く。
表示されているのは、メニューの中の一つ、内部の改造を行う『ダンジョン』の項目。
「…………」
一瞬固まってから俺は、開かれたページを操作し、そしてズラリと並んだ文字の中にソレを見つけ――ゾクリと、背筋を這うものがあった。
恐らく千年二千年溜めた程度では届かないであろう、圧倒的なDPを消費することで利用可能になる、ソレ。
今まで、こんな項目はなかった。
話を聞いたことが契機になったのか?
ダンジョンが、今の俺になら、これを見せてもいいと判断したのか?
ところどころが文字化けし、全てが読めている訳ではないが……そこには、こう書かれていた。
――『ドミ?ス?の??』。