リルの番《1》
レビューありがとう、ありがとう!
――魔境の森にて。
俺はリルを呼び出し、二人で話していた。
「聞け、リル。俺は今回、情けない醜態を晒して、自分がすげー不甲斐ないと感じた。平和に慣れて、危機感が鈍ったように思う」
「……クゥ」
申し訳ない、と言いたげに鳴いて頭を下げるリルに、俺は苦笑を溢す。
「何でお前が謝るんだ。……俺の危機に駆け付けるのが一歩遅れた? いや、お前は俺の保護者か。そこまでお前の世話になってたら、主としての面目が立たねぇって」
そう言ってもなお、悔いるような表情を浮かべているリルに――俺もまた、真面目な顔で言葉を返す。
「……ま、俺らは男だからな。それでも、自分が不甲斐ないって思うのは……わかるよ」
「…………」
「だから、ここからだな。俺達は、日和っていた。ここからもう一度、俺達が雑魚だということを自覚しよう。初めてこの森で逃げ回った時と同じように、理不尽な強さの敵にクソッタレと吐き捨てたくなった頃の感覚を思い出そう。……実際、俺達はまだ、この森を制した訳じゃないしな。上は、まだまだいる」
この森の、半分は制した。
南エリアと東エリア、そしてレフィの元縄張りである北エリアだ。
俺のダンジョン領域は、大国と呼ばれる『アーリシア王国』よりも恐らく広くなっており……だが、最も魔物の強い西エリアに関しては、未だ手付かずの状態だ。
魔境の森内部よりも、外部へと広げる方の重要性が高まったことで、そっちは放置していたのだ。
魔境の森の魔物達は、基本的に引きこもりである。
現在住まう領域よりも、魔素の薄い領域にはほぼ足を踏み入れない。
だが――あくまで『ほぼ』であり、そういう可能性も決してゼロではないのだ。
過去にも、こっちまでやって来た西エリアの魔物を、死闘の末に討伐したことがあった。
この森を甘く見てはならない。
ヒト種の中では強くなったと言えど、俺はまだまだ、レフィの足元にも及んでいないのだから。
人間なんぞに、してやられている場合ではないのだ。
「リル。俺達は弱い。この世界全体から見れば、まだまだ雑魚の範疇だ。生き急ぐつもりはないが……もっと、強くなるぞ。何が来ても、返り討ちに出来るだけの力を得るために」
「――クゥ」
俺の言葉に、リルは瞳に力を込め、コクリと頷いた。
「よし! 真面目な話はここまでにしよう。実はもう一つ、お前に話があってよ」
「クゥ?」
「ほら、王都への行きに話しただろ? お前、もう奥さんがいるってことだから、挨拶しておきたいんだが……」
リルは「あぁ」といった納得顔をすると、「では、今から案内しましょうか?」といった鳴き声をあげる。
「おう、頼むぜ。お前の主としては、挨拶しておきたいんだ」
そうして俺は、我がペットの背中に飛び乗ると、のしのしと揺られて十分くらい森の中を進んでいき――やがて、辿り着く。
草原エリアへと繋がる扉が設置されている例の洞窟より、恐らく二キロ圏内という近い位置にある、別の洞窟だ。
自分らで手入れしたようで、かなり小綺麗にしてあるのが見て取れる。
洞窟前の草はしっかりと踏み慣らされ、頭上の木々の葉も調整され、日光がしっかり差し込むようになっている。
今更なのだが……外にいる時は、リルはここを住処にしてたんだな。
俺が呼んだらどこからともなく来てくれるし、ぶっちゃけ初めて来たわ。
と、俺達が近付いた段階で、こちらの気配を察知したらしく、すぐに中から一匹の狼が出て来る。
「クゥ」
その狼は俺達の姿を見るや――いや、これは多分、俺に対してだな。
その場に座り、俺に向かって頭を下げた。
名:???
種族:フェンリル
レベル:185
俺に狼の雌雄など、パッと見でわかりはしないのだが、雌、と言われると「確かに」と納得してしまうような、綺麗な毛並みをした美しい狼だ。
リルはモフモフだが、こちらはサラサラって感じだな。
名前は読み取れないが、これは分析スキルが正常に働いていない訳ではなく、恐らくヒト種の言語では表せないというだけだと思われる。
多分、狼語の名前なんだろうな。
大きさは、通常時のリルより二回り小さいくらいで、種族はフェンリル――フェンリル!?
……そ、そうか、奥さんもフェンリルなのか。
そんな、ホイホイいるような種ではないとレフィから聞いているのだが……。
「……リル、お前の奥さんは、この森で?」
そう問い掛けたところ、しかしリルは首を横に振った。
――話を聞くに、どうやらこの奥さんフェンリルは、外からやって来たらしい。
やはり力を持った種であるため、ここと同じような環境の地で暮らしていたようだが、単純な生存競争で敗北してしまい、故に新天地を目指して放浪を始め――リルと出会ったようだ。
魔素が非常に豊富である魔境の森に、惹かれたのだ。
……生存競争での敗北、か。
まあ、リルなんかも、今こそ我がダンジョンのボスとして相応しい、王者の風格が出て来ているが、最初は俺と一緒に逃げ回りまくっていた。
たとえフェンリルと言えど、敗れる時は敗れるのだろう。
本当に、肉体が強靭なだけの俺なんぞは、もっと頑張らないとな。
ここに流れ着いた頃は、フェンリルとして生きるに必要な魔素が体内に足りておらず、衰弱気味になっていたそうだが、それを見かねたリルが介抱し、やがて番となったようだ。
うーん、何とも物語的というか。
まさか自身のペットが、見知らぬところでこんな恋愛をしているとは……やっぱお前、主人公だろ。
ただ、一つ気になるのは、彼女はいつの間に森にやって来ていたんだろうな。
俺の『マップ』の機能は、強い敵性存在が現れると、自動でそれを表示するようになっているため、彼女程の能力値があるならば俺も気付いていたはずだが――いや、リル達ペット軍団が、自分らで倒せると判断したような魔物の場合なんかは、俺は手を出さないで任せることがある。
今まで数度はそういうことがあったので、恐らくその中の一体にこの奥さんフェンリルがいたのだろう。
で、彼女の力が完全に回復した時には、もうリルと完全にデキていたため、ダンジョンが身内と判断し、ついぞ敵性反応を示すことがなくなったのだと思われる。
ペット達以外の魔物に関しては俺はほぼノータッチだし、討伐対象じゃないのなら好きにしてくれと言い付けてあるので、特に俺に報告することもなかったようだ。
折を見て話を、とは考えていたようだがな。
と、ある程度事情を把握したところで、奥さんフェンリルが静かに鳴く。
「クゥ」
「あ、い、いえ、お気になさらず。こちらこそ、挨拶が遅れてしまって申し訳ないです。俺は、ユキと言います」
わざわざお越しいただき、本当にありがとうございます、と言いたげな様子の彼女に、思わず俺の方も正座でその場に座り、頭を下げる。
「クゥウ」
「い、いえ、リルには本当に、いつもお世話になってるんで、ここにいてくれて俺の方がありがたい限りです。彼こそが、ウチの守りの要でもあるので」
「クゥ、ガゥ」
「は、はい、こちらこそ。リルの奥さんということで、隣人として末永くお付き合いさせてもらえると助かります。ウチのにも、後日挨拶させますんで」
リルとは違って俺の配下じゃないので、俺の脳内に言葉が直接イメージとして伝わってくることはないのだが……何だろう、普通に何が言いたいのかわかる。
声音や仕草で、ちゃんと意思が伝わってくるのだ。
まあ、俺がリルと長く一緒にいることで、多少狼のコミュニケーションを覚えてきたというのもあるのだろうがな。
あと、さっき挨拶の中で名乗ってもらっているのだが、やっぱり俺には発音出来ない感じの名前だった。
後程リルに、なんて呼べばいいのか相談するとしよう。このままだとサラリルって呼びそうだし。
……というか、何故俺は、狼を相手にこんな気後れしているのだろうか。謎である。
これが、フェンリルという気高い種の気品なのか……ウチのペットの方は、もう下っ端感が完全に染み付いてしまっているというのに。
獣人族が、フェンリルを神聖視するのもわかろうものだな。
「……リル、なんかすまんな」
「ク、クゥ……?」
微妙に狼狽えた様子で、「な、何故そこで謝るので?」と言いたげなリルの姿が、何だか哀れである。
どうしてリルは、この彼女の方と違い、こんなにも苦労人気質が前面に押し出されてしまっているんだろうか。俺のせいか。
超久しぶりに増えたペット枠。
まおほの、10巻が1月9日に発売します!
10巻、こんなところまで来れたのも、読者の皆さんのおかげです。マジで。
いつも読んでくれて、本当にありがとうね!
あ、書籍版は毎度のごとく書き足してあって、神絵師による神のイラストもあるんで、どうぞよろしく!