死者は沈黙し、されど生者は死者の声を聞く《1》
原稿終了!
俺は、ただ一人で、見知らぬ場所に突っ立っていた。
「…………あ?」
少し呆けてから、辺りを見渡す。
ここは……地下か?
前と後ろに道があり、壁は岩で、一定間隔で設置された木組みがそれを支えている。
肌を刺す程ではないが、全体的にひんやりとしており、そして薄暗い。
点々と置かれた松明しか明かりがないため、足元すら覚束ないくらいだ。
――何で俺は、こんなところに立っているんだ。
俺は、一人だった。
他に誰もおらず、気配も感じない。
記憶がない。
何故ここにいるのかがわからない。
何か、訳の分からない事態が起きている。
異常事態に、こちらの世界に来て磨かれた本能が、ガンガンと警鐘を鳴らしている。
ホラー染みた現状に、ゾク、と背筋に冷たいものが走る。
――落ち着け。
考えろ。
思考停止するな。
まずは、状況確認だ。
敵の気配は感じない。近くには、本当に俺しかいないようだ。
アイテムボックスを開き……中にエンはいない。
代わりに、以前幽霊船ダンジョンを攻略する際に使った武器、戦棍『轟滅』を取り出す。
エンが手元にない時に、よく使っている武器だ。
同時に、イービルアイを二つ取り出して前後の道に放ち、先を偵察させる。
これで、待っていれば『マップ』が埋まるだろう。
――記憶はない。が、どこの記憶ならある?
整理しろ。
確か、俺は……そう、『人間至上主義者』対策に協力するため、アーリシア王国に向かうことにしたのだ。
思い出してきた。
人間が相手ならそこまで強い力は要らないだろうと、エンは連れて来ず、リルに乗ってアーリシア王国へと向かった。
その後、王都『アルシル』にてネルと会い、王城にて国王に挨拶した。
彼の娘、イリルとも久しぶりに会い、仕事の話をした後に国王、イリル、ネル、俺で夕食を共にし、それから……それからの記憶がない。
そこで、プツリと糸が切れている。
つまり、その後に何かが起こったのだ。
可能性として高いのは……何らかの精神干渉系魔法を食らったか?
俺は体内魔力が非常に多いが故に他者からの干渉を受けにくいので、その系統の魔法はかなりの部分で弾けるはずだが、実際に記憶が途切れている以上、それすらも突破して何らかの魔法を受けてしまった可能性はあるだろう。
となると、敵は相当強い魔法能力を有していることになる。
「チッ……良くない状況だな」
重く警戒すべき事態だ。
しかも情報が少な過ぎるせいで、どうすべきかの判断が難しい。
……いや、そうでもないか。
俺が大事なのは、身内。
故に、まず第一に目指すのは、ネルとリル、アイツらと合流すること。
その安否さえ確認することが出来れば、他の全ては些末事だ。
それに、いざとなれば『ダンジョン帰還装置』を使用し、ダンジョンに戻って安全を確保すること。
そう、帰ろうと思えばすぐにでも帰れるのだ。
ただ、この近くに彼女らがいる可能性もあるので、もうしばらく近くの探索は続けるべきだろう。
「フゥ……」
やることがハッキリし、少し落ち着いてくる。
そうして、思考を続けながらその場に留まってイービルアイの情報を待っていると、片方が行き止まりに辿り着いたらしく、そこでマップが止まる。
そちらの道は、途中で一つ小部屋があり、その先に一本道があって、一番奥が行き止まりになっているようだ。
少し考えてから、俺はその行き止まりに向かって歩き出す。
夜目の利く魔王の身体でなければ、歩くのさえままならないであろう暗い道を五分程進んでいくと、マップが示していた途中の小部屋に辿り着く。
そこは、何かの事務所のような場所だったが……内部は相当に荒れていた。
散乱し、壊された家具。
至るところに血痕が飛び散り――そして、無残に転がっている、グチャグチャの死体が四つ。
人間だ。
身体付きからして、軍人だろうか。全員鍛えられた肉体をしていることがわかる。
これをやったのは――俺だな。
戦闘中のものだろう、地面を砕いて残された足形が残っており、自身の足を当ててみるとそれがピタリと一致した。
というか、多少明るい場所に来たことで気付いたが、俺の両手が血塗れになっていた。
すでに渇いていて、滑りもなかったからわからなかったようだ。
戦闘痕から察するに、俺はコイツらを素手で、それも獣のように戦って殺したようだ。
「……いったい、何があったんだ、俺よ」
この人間達が、一般人とかじゃなく、明確な俺の敵であったことを祈るばかりだな。
充満している死臭に吐き気が込み上げてくるが、我慢して少しでも情報を得るために死体を探る。
特に身元を示すようなものは持っていなかったが、やはり戦いを生業とする者ではあるようだ。
剣ダコが手のひらにあり、それぞれのものだと思われる武器も、相当使いこまれているのがわかる。
年齢は……四十過ぎ辺り。
退役軍人、とかそんな感じだろうか。
しばし部屋を漁ってみたが、それ以上は特に得られる情報がなかったので探るのをやめ、次に小部屋から奥へと延びる道を進んでいく。
と言っても、そんなに長くはなく、一分程で突き当りに辿り着き――これは、牢屋、か。
一つだけ置かれた、分厚い鉄の檻。
だが、鉄格子部分は内側からグニャリと捻じ曲げられ、何かが外へと飛び出たことがわかる。
……もしかしなくても、ここに囚われていたのは、俺だろう。
中を確認してみたが、恐らく俺がここにいたのは短時間だ。
置かれていたベッドやトイレを使用した形跡がないからである。
――とりあえず、ここで何が起きたかはわかった。
何かしらの理由で牢に囚われていた俺は、そこから脱出。
途中であった部屋で戦闘となり、敵を殲滅。
そこから一本道を進んでいた途中で、目が覚めた、と。
見るものは見たので、思考を続けながら、来た道を戻っていく。
俺は、何らかの精神干渉魔法を食らい、敵に捕らわれた。
俺の敵……今思い付くのは、やはり「人間至上主義者」だ。
だが、その目的は何だ?
「……魔族の一員としてこの国を訪れた俺を暴れさせ、友好ムードをぶち壊しにする、ってとこか?」
今は、様々な場所で改革が進められており、つまり不安定な状況であると言える。
そこで俺が、操られて大虐殺なんぞを行えば、一体どうなるか?
当然、大反発が起こる。
他種族はやはり信用ならないという空気が蔓延し、排他的な運動が勃発する可能性は高い。
――俺は、かなり危ない状況だったのかもしれない。
したくもない大虐殺を無理やりさせられ、そして苦労して終わらせた戦争が再度発生していた可能性すらあり得る。
意識を取り戻すことが出来たのは……やはり俺が、他者に干渉するタイプの魔法に強いからだと思われる。
ひと時は術に嵌ったが、魔王の身体がそれを跳ね返したのだ。
道中にあった、意識のない俺が殺したらしい人間達は、本能の部分から敵と判断していたから、だろうか。
記憶がない以上、何が起きたかを正確に理解することは出来ないが……大筋はそう間違っていないだろう。
ただ、一つだけ確かなことは、俺は敵の攻撃により意識を奪われていたということだ。
――舐めやがって。
他種族同士の争いで、多数の死者はいる。長年の対立による、怨恨が残っているのもわかっている。
不満も、受け入れられない部分も数多あることだろう。
だが、それでもこのやり方は、許されない。
許してはならない。
まず、ネルの安全。次にリル。
そこが確認出来たのならば……お前ら、覚悟しておけよ。
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