弟子
割と要望の多いステータス回ね……どうするか、考えとく。
――里にいた際、エルドガリアの一番弟子であるレイラは、それはもう困った子供であった。
研究を生業とする羊角の一族の中でも、とりわけ知識に対する欲求が強く、そして能力においても非常に高いものを有していたからだ。
里の最高権威である『導師』達を、次々と質問攻めにし、飽くなき知識の探求を続ける幼き少女。
まあ、導師達が面白がって色々教え込み、それが理由で研究にのめり込むようになったことは確かだが、彼女には元々、非常に強い好奇心が存在したことは間違いないだろう。
弟子として様々なことを教え、長く共に過ごしたために、そのことは誰よりも知っている。
弟子が優秀であることは、勿論誇らしい。
導師達の半分も生きていない幼き子供が、彼女らと混じって意見を交換している様子は、師としても鼻が高いと思う面があったことは否めない。
才能の世界に歳は関係ないとは言え、やはり彼女は、別格だったのだ。
ただ――些かレイラは、知への欲求に傾き過ぎていた。
まず第一に好奇心が存在し、それ以外のことを一線の下に見ている面があったのだ。
人生の全てを、知識の探求に捧げる。
その在り方は、羊角の一族らしいと言えばらしいが、しかしヒトの生き方から少し外れていることは間違いない。
いや、別に、それは悪いことではない。
幸せの定義、生き方などは本人自身が定めることであり、他者がとやかく言うだけ無駄だ。
全くもって意味がなく、そこに干渉するのは余計なお節介というものである。
しかし、知識の探求者として長い生を歩んで来たエルドガリアは、その道の物悲しさもまた、よく知っているのだ。
知識を追い求めるのは、ひたすらに孤独の道だ。
他者の助けは存在せず、己と世界との戦いに没頭する日々。
それを人生の中心に据えて生きるということは、たとえ本人が望んだものだったとしても辛いものがあるのだ。
やがて弟子は、魔界において最も知識の収集が進んでいる里の中ですら満足することが出来なくなり、外へと飛び出した。
いつかはこうなるであろうことを察していたため、外に出ても暮らしていけるであろう知識は授けていたが……だから、正直、帰って来たのも驚きだった。
彼女は、里に飽いたから外へと出たのだ。
故に、もしかするともう二度とここへは戻って来ないかもしれないとすら思っていた。
悲しくはあるものの、それもまた彼女の人生であると考えていたのだが――そうして自らの弟子が里帰りして来た時、エルドガリアは大きな衝撃を受けていた。
知識の探求をするあまり、どこか浮世離れしているような一面を持っていた弟子が、地に足着いた様子で、落ち着いた姿を見せていたからだ。
その変わりようは、久しぶりに二人だけで深く話した時に、よくわかった。
まず初めに、自身と離れてからの研究成果でも話すのかと思いきや、魔王の迷宮での面白おかしい出来事や、日々の落ち着いた生活、魔王と覇龍の仲の良さ、大事な友人達のことなどを話し始めたからだ。
――そう、彼女は、温もりを知るようになっていた。
まあ、相変わらずその身には疼き続ける好奇心が存在していたが、それと同等の大切なものが、彼女の中には確かに生まれていたのだ。
気付かれてはいなかったと思うが……弟子の良い変化の具合に、少し涙腺が緩んでしまったものである。
全く、歳を取ると涙もろくなるのが、厄介なところだ。
里にいた頃、妹分であるエミューの面倒をよく見てあげていたことは知っているので、元々彼女に世話焼きな一面があることは知っていたが、その性格が強く表に出るようになっていた。
そうやって皆のために尽くし、喜んでもらえることに、幸せを感じるようになっていたのだ。
つまりは、他者への『愛』である。
どうやら、里の外に出て別の価値観に触れることで、彼女が持つ価値観もまた大きな変化を迎えたらしい。
確かに、弟子が共に暮らしている面々は、非常に特異な顔触れだったが……それでも、重要なのはその『心』だ。
あれだけ弟子が変わっていたのだ、ならば彼らの『心』は、本当に綺麗なものだったのだろう。
自身の弟子は、良い者達と知り合うことが出来たのだ。
――魔王と、あの女の子達には、感謝しなきゃね。
コーヒーを啜りながらそんなことを思っていると、同じ部屋にいるもう一人の弟子、エミューが愚痴を漏らす。
「ウゥ……みんなと遊びたかったです」
「アンタ、数日は大目に見てやってたんだ。今日一日くらいは我慢して課題をやりな」
「こんな課題、面倒なだけで意味ないです! この辺りの暗記事項なんて、とっくに覚えたです! ハァ、師匠が出すものだったら、面白いからやりがいもあるけれど……」
「お、つまりアタシの出す課題がやりたいってことかい? 嬉しいねぇ、それじゃあアンタのために、このババアが新しく幾つか考えておこうか」
「あああ、墓穴を掘ったです! 違うです、考えなくていいです!」
「遠慮しなくてもいいんだよ、可愛い弟子のためさね。幾らでも作ってやろうじゃないか」
すると我が弟子は、怒ったように両腕を振り上げる。
「やっぱり師匠はクソババアです!」
「カカカ、よくわかってるじゃないか。――さ、そのクソババアが見ていてやるから、頑張んな。早く終わらせたら、遊びに行っても何も言わないからさ」
からからと笑いながらそう言うと、エミューはうじうじ言いながらも再度課題を進め始める。
この二番弟子は、レイラと比べて口数が多いが、しかし同じように優秀だ。
数日分の課題ではあるのだが、きっと本気で当たれば二時間もせずに終わらせられることだろう。
――未来、か。
もう少しすれば、客人達は帰るという話だが……一番弟子に子供が出来たら、遊びに行ってみるのも面白いかもしれない。
その頃は、無垢で可愛いこの二番弟子も、もう少し成長しているだろうから、連れて行くことにしよう。
レイラの赤子を見て、レイラのように世話焼きになるかもしれない。
「……フフ」
「? どうしたです?」
不思議そうにこちらを見るエミューに、エルドガリアは「何でもないよ」と手をヒラヒラ振る。
もうすでに、それなりに生きたつもりでいたが、まさかまだまだ、これだけの楽しみが生まれるとは。
いや……年老いた今こそが、人生の中で最も楽しんでいるかもしれない。
――長生きはしてみるもんさね。
エルドガリアは、一人、愉快げに笑った。




