魔法大学《1》
魔法大学の中を、レイラと彼女の妹分、エミューと共に進む。
なんつーか……やっぱりファンタジー世界の建物、といった感じで、面白い。
どうやら空間魔法を活用しているようで、中は外から見たよりも一回りも二回りも広い空間となっており、照明代わりらしい光の玉が幾つも浮かんで中を明るく照らしている。
大量の書物が納められた本棚なんかは、もう天井付近まで到達している。
上の方の本とかどう取るのか、なんてことを思っていたら、羊角の一族の女性が何やら下の台座に置かれていた本の一冊を弄ると同時、ふわりと本棚が壁から外れ、そのまま緩やかに彼女の隣へと落ちてくる。
……なるほど、届かないのなら、本棚の方を動かすんすね。
――ここまでの道中で気付いたのだが、レイラの里は、女系一族である割にはかなり人口が多いようだ。
元々魔族が長命である、というのもあるのかもしれないが、それでも恐らく千以上……三千程だろうか? それくらいの数の者達がこの里で暮らしているようだ。
羊角の一族以外の、外からやって来た学者らしき者達が、俺の想像以上に多かったことが理由かもしれない。
きっとここは、研究者にとって憧れの里なのだろう。
「すごいな……これがレイラの里の大学か」
「はい、我が里が誇る、魔界一の学び舎ですよー」
隣を歩くレイラが、ニコニコしながらそう答える。
常にニコニコとしている彼女だが、今日はいつも以上に楽しそうな様子だ。
やはり彼女も、自身の故郷を紹介出来て嬉しいのかもしれない。
「あと、レイラさん……通りを歩く羊角の一族の女性達からの視線を、すんごい感じるんすけど、これはたまたまっすかね?」
「魔王様は、魔王様ですからねー。やっぱり、みんなも気になるんですよー」
「あとはレイラお姉さまを連れて歩いている、っていうのもあると思うですよ? レイラお姉さま、この里では有名人ですから」
レイラの次に、エミューがそう話す。
「そうなのか?」
「もう、すごかったですから。色んな人のところに行って、相手が疲労困憊するまで質問攻めにして、満足したら他の学者さんのところに行ってって感じで。まさに知識の虜です」
「うふふ、若気の至りですー」
「……ぶっちゃけ、今もあんまり変わってないと思うが」
「いやぁ……エミューはずっとお姉さまと一緒にいたから知ってるけども、今は大分マシだと思うです」
「これでマシなのか……?」
それならいったい、昔はどれだけやべぇ感じだったんだ、この少女は?
「酷いですよー、二人とも。私はただ、純真に知識を求めているだけですのに……」
およよ、とふざけて泣き真似をするレイラ。
「レイラ、純真さってのは、時に残酷なもんなんだぜ」
「では、これからは腹黒く行きましょうかー」
「あー……レイラが腹黒くなったらもう俺、どうしようもなくなりそうだから、今のままでいいぞ。今のままのレイラが好きだ」
「あら、嬉しいお言葉ですねー。後で皆さんに自慢してもいいですかー?」
「レイラお前、本当に遠慮がなくなってきたよな」
「遠慮が欲しいですかー?」
「いいや、つい今しがたも言ったが、今のままでいいさ」
笑って、そんな軽口を交わしていると、エミューは目をパチクリとさせる。
「……レイラお姉さまのそういう姿、初めて見ました」
「ふふ……少し恥ずかしいですねー。――さ、魔王様、せっかくですからこの大学に関して、色々とご案内させていただきますねー」
「おぉ、楽しみだな。つっても、現時点で大分楽しんではいるんだが」
――それから、大学中を色々紹介してもらいながら先へと進んでいき、やがて俺達は研究室らしき一室へと入る。
本来は広いのだろうその部屋は、だが所狭しと置かれた書物や実験器具などに圧迫され、足の踏み場もない程だ。
つか、よくもまあ、これだけの物を部屋に持ち込めたものだ。
ただ雑多なだけだろうが、これこそ空間魔法と言いたいぐらいである。
そして、中にいたのは一人だけだった。
「よく来てくれた、魔王」
俺達を出迎えたのは、レイラの師匠、エルドガリア女史。
「悪いね、大分散らかっていて。今少し場所を作るから、そこに座ってくれ」
と、そう言って彼女がス、と手を横にスライドさせると同時、積み重ねられていた本の山が独りでに動き、その下からソファが顔を覗かせる。
カッコいいな、今の魔法。
「……お師匠様、後程私が、ここをお掃除させてもらいますねー」
「あぁ、頼むよ。アンタがいなくなってから、もうずっとこうさね」
なるほど……以前は、レイラがこの片付けをやっていたのか。
彼女の家事が上手いのは、辿ればここにあるのかもしれない。
俺はそのソファに腰を下ろすと、まずお師匠さんへと礼を言う。
「エルドガリアさん、色々ウチの面々に良くしてくれたみたいで、感謝するよ。おかげでウチの子らも、毎日すげー楽しんで過ごしてくれてるよ」
「いや、こちらこそ、ウチのエミューと仲良くやってくれているようで、ありがたい限りさね。この子、なまじ頭が良いせいで、プライドが高くてね。里の子らとじゃあ、あんまり仲良くやれてないんだよ」
「あら、エミュー、まだ里の子達とそんな感じなのですかー?」
「うっ……べ、別にそんな、嫌な奴みたいなことはしてないです! で、でも、あんまり話が合わないと言うか……」
やれやれ、といった様子のレイラに、子供らしい感じで言い訳するエミュー。
「はは、長く一緒にいる友達とは、仲良くした方がいいぞ、エミュー。ま、ウチの子らと仲良くしてくれてることは間違いないみたいだから、やっぱり合う合わないっていうのはあるだろうけどな。どうしても上手くやれない相手ってのは、いるもんだし」
「! そうです、里の子達はあんまりエミューと合わないだけなのです! だから、それは仕方のないことなのです!」
俺の言葉を聞き、胸を張る幼女に、レイラが小さくため息を吐き出す。
「もう、魔王様ー。あんまり甘やかしてはダメですよー。相変わらず、小さな子には甘いんですからー」
「えっ、い、いや、別に甘やかそうと思って言った訳じゃないんだが……」
「何だい、魔王は子供に甘いタイプなのかい。確かに、子供は至極可愛いもんだが、だからこそ厳しくすることも覚えるといい。アンタも奥方が身籠られたようだし、気を付けなきゃならんよ」
「う、うす……気を付けます。というか、その話は聞いてたのか」
「あの覇龍様を診た医者からね。悪いね、事が事だから、個人情報だがアタシにも明かしてもらった。ほれ、お祝いだ」
そう言ってお師匠さんは、数枚の護符を俺へと渡す。
この護符は……見たことがあるな。
魔界でエミューと初めて出会った時、彼女も持っていたものだ。
「あ! 師匠謹製の護符です! 魔王、その護符はとっても良いものですよ!」
「外で同じレベルのものを買おうとしたら、魔王様のエリクサー程ではないですが、それなりにしますからねー」
二人の言葉に、お師匠さんは肩を竦める。
「魔王と覇龍の子だから、あまりいらないかもしれないが……ま、嵩張るもんじゃあないし、受け取っておくれ」
「ありがたい、是非使わせてもらうよ」
俺はアイテムボックスを開き、中に護符をしまうと、代わりに上級ポーションを取り出す。
「じゃあ、これ、お返しだ。受け取ってくれ」
「これは……エリクサーか。こんな高級品、いいのかい?」
「えっ……い、今、お姉さまも言っていましたが、本当にエリクサーなのです?」
俺は笑って答える。
「本当に護符が嬉しかったってのもあるし、里で良いもてなしをしてもらってるからな。そのお返しだと思ってくれ」
観光客用に開いている場所以外に、本当は部外者には公開していないような場所なども見せてもらったと聞いている。
レイラがいるのもあるだろうが、このお師匠さんが口を利いてくれて、俺達が自由に楽しめるようにしてくれたらしいのだ。
「これは大きなもんを受け取っちまったね。これに見合うもてなしとなると、この後も気合を入れて歓待しなきゃあならなそうだ」
「はは、期待させてもらうよ。――それで、ここに呼んだ理由は、この件か?」
「いや、もう一つある。――レイラ、エミュー。二人は少し外しておくれ」
こっちの更新が遅れ気味なので、自分を追い込むため、ここで宣言しておこう……来週は週三で更新するぞ!