生物《2》
すまん、ちょい遅れた!
「……この世界が、ダンジョン?」
前皇帝シェンドラ――いや、シェンは「あくまで仮説だ」と前置きをしてから、言葉を続ける。
「ダンジョンは、階層を生み出し、魔物を生成することが可能だ。何をそうと定義するかは、宗教ごとに異なるため私とお前との認識が同じかはわからないが……それは、『神』と呼ぶべき所業であろう」
――神、ね。
「……正直に言うと、前に俺も、同じようなことを考えたよ。ダンジョンに力を与えられた魔王は、定義として言えば神に当たるんじゃないかって」
「そうか、やはり同じことを考えたか。――話を続けよう。であれば、つまりこの世界を創造し、生物を創造した者は、我々が『魔王』と呼んでいるものと同等であると私は思ったのだ。両者は等しい権能を持っており、規模に差はあれど、行われていることは同じである、と」
なるほど……あくまで定義として考えた場合、ということか。
「……そうだな。ある一面から見れば、そういうことになる。……面白いもんだな、世界の嫌われ者であるソレらが、考え方によっては神と同じものだってのは」
「フッ、同感だ。まあ、恐らくそれは、ダンジョンの発生条件によるものであろうな。魔素の濃い地域でしかダンジョンは生まれることが出来ず、そしてそういう地域に棲息するのは理性無き魔物がほとんどだ。当然、生まれる魔王も本能を剥き出しにした者が多くなる。お前のような者の方が、圧倒的に例外なのであろう」
「それに関して一つ気になるんだが……ローガルド帝国初代皇帝は、何で魔王になったんだ? 魔素の濃い地域に住んでたのか?」
ローガルド帝国は、魔境の森のように、大自然が広がった地域ではない。
俺は魔素が濃いか薄いかを判別出来る程鋭くないので、もしかするとダンジョンが生み出される程魔素が濃い地域なのかもしれないが……わざわざそんなところに国を建てたのだろうか?
「うむ、記録によると、ローガルド帝国が建国されたのは、深い森の中が始まりであったそうだな。そこから森を切り開き、魔物を駆逐し、人の里を作ったと記録が残っている。恐らくダンジョンの力を用いて、帝国建国まで辿り着いたのだろう。現在は魔素も薄くなっているが、故に昔は濃かったのであろうな」
へぇ、そりゃすごい。
つまり、魔境の森で国を興すようなものだ。
とてもじゃないが、それが成功するとは思えないのだが……しかしその初代皇帝は、見事それを成し遂げた、と。
「もう一つ聞きたい。ダンジョンコアが、どう出現したのかはわかるか?」
「あぁ、初代皇帝が数人の仲間と共に森にいた際、突如そこに玉座の間が生まれ、ダンジョンコアが現れたそうだ。本当に、何の脈絡もなく、突然」
彼のその言葉に、俺はピク、と反応する。
「……実は俺、以前に別の魔王を討伐したことがあるんだが、その時に思ったんだ。ダンジョンコアの出現の仕方が、随分と意図的に見えるって」
あのノーライフキングの魔王は、船で海に流され、漂流していたところにダンジョンコアがピンポイントで現れた、と日記に残っていた。
ローガルド帝国初代皇帝も同じ形であり、さらに俺なんて、異世界から召喚されてこの世界で生きている。
偶然にしては、出来過ぎではないだろうか。
そして――この世界に存在している、ステータスに表示される『称号』というもの。
実は俺には、ローガルド帝国皇帝に就任してから、『魔帝』という称号が新たに増えている。
この称号というシステムを見れば、俺達よりも上位に、何か意思か、それに準ずるものが存在することは疑うべくもない。
「ほう……私もまた、魔界にて幾つか『魔王』に関する文献を読んだのだが、偶然にしては出来過ぎているような出現例は、やはりあるようだな。つい最近読んだものでは、滅んだ村落跡にダンジョンが発生し、恨みを持ったレイスが魔王となってしまい、大きな被害が出た、などという記録があった」
他にも同じような例があると。
「……つっても、この世界が丸ごとダンジョンであると結論付けるには、今の話だけじゃちょっと飛躍じゃないか?」
「それは否定せん。今のは根拠がある話ではない。だが、『ダンジョン』というものと、我々が生きるこの世界は、随分と似通っているように思うのだ。少なくとも、ダンジョンは我々のような、ただの一介の生物ではない。間違いなく、我々より上位の法則に則って存在している」
彼は、酷く真剣な顔で、言った。
「私は神学者ではないが……神を解き明かすならば、ダンジョンの研究をすることが最も近道であるように思えてならないのだ」
……今のは、全てがただの憶測だ。
言葉遊びと言っても良い類のものであり、確たるものはほとんど存在していない。
だが――ただ感覚として、その時俺は、彼の言葉が間違っていないのだろうと思っていた。
恐らく、『神』はいるのだ。
ダンジョンの、その先に。
「……あー、君達。話としては面白かったが、一応今、謁見中なんだよね」
と、ちょっと困ったような笑みで、魔界王がそう口を開く。
「む、そうだったな。すまぬ、やはり思考することは楽しく、夢中になってしまう。――魔王よ。今の私は、他者と敵対する必要のない、ただの研究者だ。気が向いたら、その内私の研究室に遊びに来い。私も、ダンジョンに関する考察をさらに深めておこう」
「……あぁ。そうさせてもらうよ。せっかく拾った命だ、大事にしろよ」
「フッ、そうだな。ま、もう私は何かを率いるつもりなどサラサラない、好きに生きるさ」
俺は彼と、握手を交わした。
* * *
その後、ネルが国から任されていた仕事を終えた後、魔界城を出て魔界王都の街並みを歩く。
「……何だか、面白い人だったね、前皇帝さん。話に聞いていた感じと全然違って、憎めない感じがあって……」
「あぁ。あの男は、何事にも全力で当たっているからこそ、ただの善悪じゃあ語れないところにいるんだろうな」
奴は、戦争を起こし、数多の死者を出した戦争犯罪者だ。
だが、別に悪人ではない。
そういうことである。
その責任は負うべきかもしれないが、魔界王がすでにいくつかの条件を付けているようだし、ならばもう部外者がどうこう言うべきではないだろう。
そりゃあ、あの戦争で亡くなった者の親族とかなら、「死刑にするべきだ!」などと言っても真っ当な主張であろうが、俺自身は奴に恨みはない。
そこから先は、俺とは関係のない話だ。
「……なんか今、昔におにーさんと出会った時のことを思い出したよ」
「お、まだお前が、なんか青臭かった頃の話か?」
「フフ、うん、まだバカでどうしようもない『駒』だった時の僕。……その頃からは、ちょっとは成長出来たかな?」
「ちょっとどころなもんか。お前の図太くなった神経には、そりゃあもう誰も敵わないさ」
「あー、ひどーい!」
そう言って俺達は、笑い合う。
――自然と手を繋ぎ、指を絡める。
早いところレイラの里に戻りたいが、流石に今から行こうとすれば夜通し移動するハメになるし、そもそも馬車も出ていないので、今日はネルと二人で魔界に泊まることになる。
宿は、魔界王が気を利かせて取ってくれたらしく、ヤツや高級官僚が利用するようなホテルだ。
嬉しいね、しっかり堪能させてもらうとしよう。
飛行船の船長さん方も今日は大変だろうし、明日早めに挨拶して、そして魔界王都を後にするとしよう。
「さ、お前と二人きりになるのは久しぶり――でもないかもしれんが、今は我々だけしかいないので、是非ともこの時間を楽しむとしよう」
俺の言葉に、ネルは嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべる。
「そうだね。みんなには悪いけど、今だけはおにーさんを独占させてもらおっかな。……何だか、ここに来ると色々思い出しちゃうなぁ。おにーさんとのこと」
「魔界でも色々あったかんなぁ。お前も、こうして堂々と歩けるようになってる辺りに、時の流れを感じるぜ」
「前は物騒だったもんねぇ。だから、こうしておにーさんと一緒に歩けるのが、とっても嬉しいよ」
「あぁ……俺もだ」
そう、俺達はくっ付いたまま、魔界王都の夜に消えていく――。
これ、400話か……遠いとこまで来たもんだ。




