閑話:その頃のリル
感想でもらって、確かにリルの今を見たいと思ったので、ちょうどいいここで閑話。
――ユキ達が、飛行船の旅を満喫している頃。
リルことモフリルは、配下である四匹のペット達と共に、魔境の森の一角でのんびりしていた。
「……クゥ」
ぶっちゃけ、暇だった。
配下の四匹と共に、侵入した魔物の排除は日課として行っているのだが……やはり普段無茶ぶりをしてくる主とその家族がいないと、何だか少し、寂しい感じがある。
いたらいたで騒がしく、いなかったらいなかったらで寂寥感があるとは、何とも困った主達である――なんてことを思い、彼が苦笑していた時。
「ク、クゥゥン!」
一匹の狼が、大分怯えた様子ながらも、何か言いたげな様子で彼らの下へと走ってくる。
その狼は野生の魔物だが、リルを群れの主とする魔物の集団の中の一匹であった。
ユキが『西エリア』と呼ぶ地域以外の魔境の森に住む、狼系の魔物は現在、ほぼ全てがリルを群れの主として認識していたりする。
他にも、攻撃性が薄くそれなりの知能を有する魔物は、生存競争を勝ち抜くためにリルを筆頭として形成されている魔物の軍勢に参加しており、実はすでに一大勢力が出来上がっていた。
リルからすれば別に配下にした覚えもないし、勝手に付いて来られているだけなのだが、慕ってくる相手を無下にすることも出来ず、そのままなし崩し的に放置していた結果である。
何故こうなったのかと頭を抱えたい思いでありながらも、結局面倒を見てしまっている辺り、やはり苦労性の狼であった。
「……グルゥ?」
どうした、と問いかけると、その狼はユキが生み出した魔物達程明瞭な意思ではないが、要件を原始的な幾つかの鳴き声で伝える。
――怪我をした人間達を発見した、と。
リルと四匹のペット達は、ヒト種は基本的に襲わない。
主がそのように言いつけているから、というのもあるが、単純に主達の同種と戦うことに忌避感があるのだ。
向こうが襲ってくるのならばその限りではないのだが、遭遇しても基本的に追い払うだけで済ませており、それを知っている彼の群れの魔物達もまた、ヒト種はスルーで済ませるようになっていた。
それなりの知能を有するからこそ、主がヒト種と仲が良いということを理解し、その機嫌を損ねないような行動も出来る彼らだったのだが、だからこそ怪我をして動けない人間達を見て、「どうせ放っといたら死ぬし……」「いやけど、主が親しいヒト種だから……」と襲っていいのかどうか困ってしまい、故に判断を仰ぎにやって来たのだ。
リル達が怪我をしたヒト種などを発見した場合は、周囲の魔物を追い払ってから、主であるユキへと連絡するのだが……今は、彼がいない。
リルは少し悩んでから、とりあえずそこまでの案内をと、鳴き声をあげた。
* * *
「ヒッ……」
「くっ……お嬢様、決して私の後ろから出ないでください!!」
彼が到着した時、そこにいたのは、少し小綺麗な格好をした少女と、確か『キシ』などと呼ばれる鎧を身に纏った女だった。
その二人の人間の周囲を、狼系の魔物達が囲っており、大分困った顔をしているのが見える。
……どうやら、向こうは思い切りこちらに敵意を向けているが、襲ってはいけないという状況に、困惑しているようだ。
とりあえず理性的に対応してくれたことを評価し、リルは周囲を労ってから「下がっていい」という意思を伝えると、包囲していた魔物達が離れ、リルの後ろに控える。
「……! なるほど、この群れの主か! コイツを倒せば、この局面を切り抜けられるか……!?」
剣をこちらに向け、何だか勝手に戦意を滾らせる女のキシだったが、リルは気にせずその場に腰を下ろす。
「グルゥ」
そして、まあとりあえず落ち着けと、尻尾でパシパシと地面を叩き、相手側にも座るよう促す。
「……な、何だ? 襲ってこないのか……?」
「……あ、あの、ラヨンさん。多分その狼さん、話をしようって言っているんじゃないかなって……」
「グルゥ」
その通り、という意思を伝えるべくコクコクと首を縦に振ると、女のキシは驚愕の表情を浮かべてから、しばし何事かを考えるような素振りを見せた後、ゆっくりとその場に腰を下ろす。
ただ、剣だけはいつでも抜き放てるようにしているのか、柄から手を放していない。
まあ、リルからすれば刹那の間に殺せる相手なので、実際のところ相手が武器を握っていようがいまいが、脅威としてはほぼ変わらないのだが。
――どうも見る限り、彼女らは何かしらに追われてこの森までやって来てしまったようだ。
服の至る所が破れ、手足に細かい傷があり、全身がかなり汚れている。
また、少女の方は足を挫いたのか、かなり赤く腫れている。
あれは……恐らく、ヒビが入っていることだろう。
どこかへ行く途中で、魔物に追われ逃げてきたのか。
それとも、ヒト種同士の争いに敗れ逃げてきたのか。
いや、どうであるにしろ自分達には関係のない話か、と判断したリルは、一緒に付いて来ていた四匹のペット達の一匹、ウンディーネのセイミを呼ぶと、少女の怪我を治すように伝える。
回復魔法が使えるセイミは、のんびりとした様子で頷くと、その水色の身体の内部に少女の足を取り込む。
「えっ、あっ……!」
「ッ、やはり魔物は魔物か!? このッ――」
そう、激高して立ち上がる女のキシだったが……それを止めたのは、人間の少女だった。
「ま、待ってください! この子……多分、私を回復してくれてます!」
「なっ……ま、魔物が回復魔法だと!?」
いちいち相手をするのも面倒なので、リルは驚く二人を無視して落ちていた枝を口で咥えると、ユキから教わっていた言葉を、地面に彫る。
ダンジョンの魔物である恩恵か、リルは普通に主達の言葉を聞いて理解出来るため、ヒト種の文字も実は割と覚えているのだ。
「むっ……『ニンゲン、アラソイ、メンドウ』――って、これは、ヒト種の言葉か!?」
「こ、この狼さん、言葉が使えるんですか……!?」
リルは、さらに地面に文字を彫る。
「『チカク、マチ、アル。フタリ、オクル』……そ、そうか、かたじけない。馬車を走らせていた途中、魔物に襲われてこの森に入り込んでしまい、仲間も死に――って、通じているのかどうかはわからんが……」
リルは「通じている」と示すためにコクリと頷き、デカヘビのオロチを呼ぶと、二人を乗せるよう伝える。
オロチは素直に言うことを聞き、二人の前にシュルシュルと動いて向かい、「シュウウウ」と鳴いて胴に乗るよう促す。
足の治療が完了した少女と、女のキシは戸惑った様子を見せたが……やがておずおずと、その滑らかな背中に乗った。
二人がオロチの背中に乗ったのを確認したリルは、何度か行ったことのある辺境の街アルフィーロへと向かって、配下達を全員引き連れて走り出す。
「わっ、は、速い!」
「お、思った以上に怖いな、これは……!?」
彼らの集団に、戦いを挑もうなどという無謀な者は皆無であり、本能が命ずるままに周辺の魔物達は全てが逃げ出していき、一時間程で目的地付近へとたどり着く。
「グルゥ」
「あ、ありがとう……」
「ありがとうございます、狼さん!」
そうして人間達を街近くに送り届けたリルは、配下達と共に再度魔境の森の中へと戻っていった。
残された二人――貴族の子女とその護衛の女騎士である二人は、去って行った彼らの後ろ姿を見ながら、言葉を交わす。
「……魔境の森に手出しするな、というお達しが出ているのは聞いていましたが……もしかすると国のトップ陣は、あの森に住む狼のことを知っていたのかもしれませんね」
「狼さんが守っているから、変に手出しをして刺激しないように、と……?」
「えぇ。魔王が住んでいる、龍族の軍勢が潜んでいる、などと様々な噂がある魔境の森ですが……」
「……どちらにしろ、私達はあの優しい狼さんに感謝しないといけませんね」
「そのようです。私は、主を死なせるという、騎士にとって最も恥ずべきことを、あの狼によって避けられたのですから」
護衛の彼女は、騎士がする最大級の礼を森に向かってすると、自らの主である少女を連れ目の前にある街へと向かったのだった。
――それから、無事に帰還した彼女らは、その生還を盛大に祝われながら、魔境の森で出会った不思議な狼の話をする。
それを聞いた者達は「そんなことがある訳がない」「いや実際にあの森から生還しているから、嘘じゃないのでは」と様々な噂をし、人から人へと伝わっていき、いつしかそれは、吟遊詩人により『狼の王』という題材で語られるようになっていった。
リルは、百鬼夜行の主として、ヒト種の間で着実に伝説を刻んでいたのだった――。
ユキよりなろう主人公っぽいな、リルは……。
あ、5月10日に発売した今作品の8巻と、現在書いている新作「幻想を奏づ~元魔王、学園にて『イルジオン』に乗り、空にて無双する~」もよろしくお願いします!
新作の方は、半分くらいほのぼので、自信作なのでね!
下のリンクから飛べますんで。




