遠征開始《2》
――進軍を開始し、そろそろ敵国の国境沿いに到達する、という頃。
もう大分近付いているのだが、『人魔連合軍』の者達はやはり帝都ガリアに引きこもったままで、全く動きがないようだ。
斥候部隊によると、国境を見張っていた警備兵もこちらの軍勢が近付いて行ったタイミングで引いて行き、恐らく帝都の軍勢に合流しただろうとのこと。
また、ローガルド帝国内の街や村には全く兵力が常駐しておらず、その全てが降伏の姿勢を示しているらしい。
どれだけ徹底して、自分達のテリトリーへ引き込みたいかがわかろうものだ。
まあ、こちらは元々、向こうが引きこもりであることを前提に動いている訳なので、警戒を続けつつも先へと進み、陽が傾いてきたところで進軍停止。野営陣地の構築を始めた。
すでに幾度も見ているのだが、こう、瞬く間に野営地が出来上がっていくサマは、中々に面白いものがある。
この軍に徴兵された兵士がおらず皆常備兵の集まりであるからか、やはり気持ち良いくらいに手際が良く、三十分もせずに陣地化が終わって、すでに休息に入っているくらいである。
ちなみに、無用な諍いを避けるために、テントの配置は種族ごとで分かれているようだ。
当然っちゃ当然だ。他の種族は知らないが、人間なんか今まで色んな種族とケンカしてた訳だしな。
ただ、命を預ける者同士、というのがやはり仲間意識を育んでいるらしく、意外とどこも仲良くやっているようで、少量の酒と共に野外炊き出し所で交流している様子が窺える。
……明日には敵国内部に入るだろうことが皆に通達されているので、昨日よりも少し緊張した空気が漂ってはいるがな。
どことなく固い空気をヒリヒリと肌で感じながら仮設テント群の間を進んでき、やがて俺は、一つの豪勢なテントの前で足を止めた。
――魔界王のテントである。
俺が来ることは話が通っていたのか、テント前にいた二人の魔族の兵士はこちらに小さく会釈をし、一歩横に移動する。
「魔界王、来たぞ。何だ、話って」
テントの垂れ幕を開いて中に入ると、魔界王は何やら覗き込んでいた地図から顔を上げ、こちらへ向く。
「お、来てくれたね、ユキ君。そろそろ君にお願いしたい仕事を、説明しておこうと思って」
ようやくか。
何をすればいいのか気になってはいたのだが、今まで「役者が揃ってない」ということではぐらかされていたからな。
「わかった、聞こう」
「じゃ、説明するよ。――僕達本隊が囮。ユキ君が奇襲。以上!」
おう、随分とシンプルな作戦ですね。
「……わかりやすくて結構だが、もうちょっと説明をくれてもいいと思うぜ、魔界王さんよ」
「まあ、正直それ以上言うことがないからね。本隊で色々やろうとは思ってるけど、あくまでそっちは囮。君には、幾つか用意する奇襲部隊――いや、性質的には強襲部隊と言った方が近いかな。それと一緒に敵の首脳部に突っ込んでもらいたいんだ」
そうだな。奇襲ではなく、強襲。
相手がダンジョンを利用しているという仮説が正しかった場合、『マップ』の機能で敵の動きは丸わかりなので、奇襲の効果は望めないだろう。
ダンジョンに関するその辺りの説明は、一から十までではないが、すでにしてある。
「……なるほど。じゃあ、本隊がドンパチやってる内に、空でも飛んで本丸に突撃、って感じか?」
「お、よくわかったね」
え、当たり?
フィナルは楽しそうな、人の悪い笑みを浮かべると、言葉を続ける。
「それに関して、僕達の新たな仲間の紹介を――と、ちょうどいいところで来てくれたようだ。入ってくれ」
「失礼しますよ」
その声と共に、入って来たのは――。
「久しぶりだ、魔族殿。我らエルレーン協商連合軍、故あって戦列に並ばせていただく」
見たことのある顔。
「アンタ……飛行船の船長さんか!」
それは、以前俺がレフィとエンと共に龍の里へと向かった際、助けた飛行船の船長だった。
「いつかぶりだな。アンタらもこっちの陣営に参加してたのか」
「うむ、この一大決戦に乗れねば、我が国は孤立することになる。それに、長年彼の国には悩まされていたからな。その横っ面を殴れるチャンスとあらば、参加せねば嘘だ」
ニヤリと男前に笑う船長。
あの時の話しぶりからして、ローガルド帝国とは敵対しているようだったが……そうか、この船長の国の、エルレーン協商連合ってとこもこっちに付いたのか。
魔族とも敵対している風ではあったが、そんなことを言っていられる段階でもなくなったのだろう。
その辺りは、恐らく魔界王が何かしら交渉した後なのではないだろうか。
「以前、彼らを助けてあげたそうだね。おかげで、ユキ君がこちら陣営にいるってわかったら、交渉がすんなり纏まって助かったよ」
「あぁ、役に立ったんなら良かったが……つまり、彼らの持つ飛行船で強襲する、と?」
「そういうこと。ユキ君は彼らの船に乗って、本丸だと思われる帝城に向かってくれ。指揮系統さえ潰せれば、相手が何を企んでいようと関係が無い。君なら、それが出来るだろう?」
……なら、ペットどもは、リルを頭にして別ルートで突っ込ませるか。
ヤツらなら、正面突破でも俺のところまで来られるだろう。
「……ま、やれるだけはやるがな。けど、悪いが嫁さんに再三自分の命に注意しろっつわれてるもんで、あんまり無茶はしないことに決めてんだ。ヤバくなったら逃げるぞ、俺は」
「無論、それ以外にも手は打つけどね。でも、大丈夫。君ならやれるよ」
いつもと違って裏の見えない、何の疑いもない様子でにこやかに笑い、魔界王はそう言った。
……信頼が厚くてありがたい限りだよ、全く。
* * *
――ローガルド帝国第二十二代皇帝、シェンドラ=ガンドル=ローガルドは、まるで実験室のような様々な機器が置かれた部屋で、文字や記号が羅列された資料を見ながら、口を開いた。
「報告を」
「ハッ、当初の予定通り、敵軍は我が国の国境を突破。恐らく四十時間程で、相対することになると思われます。そして……申し訳ありません、陛下にお教えいただいた侵入者は、未だ捕えられておらず――」
「もう帝都内だな。中央広場北東の家屋だ。こちらの陣営の確認でもしているのだろう」
報告を行っていた部下の言葉を遮り、皇帝は常に持ち続けている手元の本をチラリと確認し、そう答える。
「だが、其奴はもういい。この場所へ侵入さえされなければ、今更何を見られても構わん。ここへの出入口のみ固めておけ」
「は、ハッ! 畏まりました」
「魔族どもは」
「大人しく布陣に参加しております。何か企みはあるかと思われますが……少なくとも今大戦中は、味方と考えてよろしいかと」
「警戒は続けろ。奴らは――奴らの頭であるあの赤毛は、人の言いなりになる性質ではない。今は牙を剥くタイミングを窺っているだけに過ぎん」
「……畏まりました。奴らを監視している兵には、注意を促しておきます」
「急げよ。決戦は近いのだ。万が一にも失敗は許されん」
部下の兵士は、敬礼をし、急ぎ足でその場を去って行った。
「……この世は永遠に変わらず、ヒトは常に争い続ける。誰も彼もが生にもがき、他を踏み躙る。地獄とは、この世そのもの」
呟き、シェンドラは、『ソレ』を見上げる。
「故にこそ、覇を目指すには、ヒトの手でそれを為すには、世を黙らせるだけの圧倒的な力がいる。生き抜くための、力が。――なぁ、そうだろう? 冥界の王よ」
その独白に答える者は、まだ、いない。
――開戦まで、残り二日。




