遠征開始《1》
原稿終わりやした!! お待たせ!!
前回のあらすじ:戦争勃発。ユキもまた、その戦争に参加することになり……。
「おにーさん……気を付けて。いくらおにーさんが強いと言っても、戦いで何が起こるかなんてわからないんだから。しかも、相手が何かを企んでることは確実。決して、無理はしないで」
俺の両手をギュッと握り、心配そうな眼差しでそう言ってくるネル。
俺は、コツンと彼女とでこを合わせ、間近から彼女と視線を合わせる。
「あっ……」
「わかってる。今回ので俺が優先するのは、エンと、ペットどもと、俺自身だ。それを念頭に動くよ」
敵は、潰す。
そしてこの戦争に勝てれば、俺にとって大きなプラスとなる可能性が高い。
だが――自身の命を賭ける程ではない。
アーリシア王国が軍を動かし、戦力が手薄になっている間の国内の防衛に、ネルが回ることになったからだ。
それが必要な役割だというのもあるだろうが……ネルに戦争をさせたくないという俺の意向を汲んでくれた訳だ。
戦争に参加させられる可能性のあったネルの安全が確保された以上、俺が命を賭けるだけの理由はなくなっている。
無論、こっち陣営の『種族なき同盟軍』が勝ってくれた方が都合が良いことは確かだし、義理を果たしたいとは思っているので、本気でやりはするが……彼らには悪いが、死にそうになったら尻尾を巻いて逃げさせてもらうつもりだ。
ダンジョン帰還装置という名の緊急離脱手段が俺にはある以上、一撃死しなければ逃げられるし、この肉体はゾンビアタックが出来る程にしぶといからな。
普通だったら致命傷な攻撃でも、死ななければ安いものなのだ。
「……うん。でも、おにーさん、何だかんだ言って情が深いから、他人が危なかったら自分の状態も気にせず助けに動いちゃいそうだし……本当に、危なくなったらちゃんと逃げてね? 僕はこの国が好きだし、ここで勇者をすることにしてるけど、それでもやっぱり、僕が一番大事なものはおにーさんなんだから」
「お、おう……お前に大事って言われるのはすげー嬉しいけど、別に俺、そんなヒーローみたいなヤツじゃねーぞ……?」
そう言葉を返すも、ネルはくっつけていたでこを離し、真っ直ぐ俺の眼を覗き込んで、断定めいた口調で否定する。
「ううん、おにーさんは自分でわかってないだけ。口では偽悪的なことを言ってても、結局はみんなを助けようと動いちゃうんだ。僕だけじゃなくて、みんなもそういうところが大好きなんだろうし、でも困ったところでもあると思うんだ」
……なんか、正面切ってそんなことを言われると、大分恥ずかしいものがあるな。
『……ん。主は、ヒーローみたいにカッコいい』
刀に戻っているエンから、そんな念が俺とネルに飛ばされる。
「ほら、エンちゃんもこう言ってるよ。おにーさんが自分の評価が低いだけだって。だから、本当に気を付けて。何があっても、エンちゃん達と自分を優先して」
「……あぁ、わかった」
いつもより、強い思いの感じられる言葉を、強い眼差しで送ってくるネルに、俺は神妙な表情で頷いた。
* * *
――進軍に参加する種族は、人間、魔族、エルフ族、獣人族、ドワーフ族。
総勢で、二十万くらいはいるであろう大軍だ。しかも、道中更に戦力は増える予定だというので、恐れ入る。
素人ながら、兵站がヤバそうという感想が出て来るな。
……これだけの大軍勢になっているのが、魔界王が短期決戦にこだわっていた理由の一因ではあるのだろう。
こういう混成軍だと、指揮系統を統一させるのが面倒そうなものだが、そこはフィナルに指揮の全権を任せることで話が纏まっているらしい。
魔界王が作戦を立案し、それを基に各王が各々の種族を指揮する、という形だそうだが、実質ヤツが総大将だということだ。
ちょっと思ったんだが……俺が考えているよりずっと、魔界王は大物なのかもしれない。
国が違い、種族すら違う相手に戦争の指揮権を渡すというのは、つまりは自分達の生死の全てを渡すということだ。
そこに、戦争が終わった後の利権やら何やらが関わってくれば、話はさらにややこしくなる。
にもかかわらず、ヤツが総大将に収まっている以上、魔界王フィナルという男がそれだけ周囲から認められているということになる。
俺がヤツに持っているイメージは、腹黒でレイラ並に頭の切れる男、というものだが……それ以上の評価を、王達はヤツに対して持っているのだろう。
ちなみにその王達なのだが、アーリシア国王が後方支援のために臨時本部に残り、それ以外の王達は皆ローガルド帝国まで向かうようだ。
どうやら、王である以上最前線にいるべきだ、という考えが彼らにはあるらしい。
一国を預かる、または一種族を預かる最高責任者として、正しいのは後方に残ったレイドの方な気がするのだが……ま、まあ、こちらの世界のヒト種は大概血の気が多いようだし、そういうものだと納得しておこう。
魔物というヒト種を脅かす敵性生物が存在しており、未だ自然界の生存競争が激しく行われているこちらの世界において、やはり『力』というものは重要なファクターであり、トップに立つ者にはそれが求められるのだろう。
ただ、一つ驚いたのは、完全に後方支援型であり、本人も自分が前線向きではないことを理解しているであろう魔界王もまた、後方に残らずこの遠征に付いて来ていることだ。
魔界王自身は「作戦担当の僕が戦場の近くにいた方が、臨機応変に対応出来るでしょう?」なんておどけて言っていたが……ヤツの頭脳は、どちらかと言えば後方で発揮されるタイプのものだろう。
総大将になったから、責任を持って、なんて男でもないはずだ。
そこまで付き合いがある訳ではないが、ヤツはどこまで行っても現実主義な男だと思っている。
そりゃあ、前線にいたら敵の策も見抜けるかもしれないが……何か少し、引っ掛かりを覚えるものがあるのだ。
……他の王達の方が俺より魔界王との付き合いが長いようだし、その彼らが特に何も言わない以上、気にし過ぎ、なのかもしれないがな。
引っ掛かりを覚えると言えば、もう一つある。
――人魔連合軍の動きだ。
誘引撃滅を狙っているのだろうとは思うのだが……それ以外にも目的があるような、何だかよくわからない漠然としている感じで、大分キナ臭いものがある。
何が起こり、何が進行しているのか、『戦争』という物騒なヴェールに覆われて見えなくなっているような感覚があるのだ。
――まあ、だからと言って、俺がやることに変わりはないんだがな。
そこまで上等な頭を持っていない俺に出来るのは、死の気配を警戒しながら、この魔王の力を用いて俺達の安全を脅かす敵を粉砕することだけ。
俺が出来ることを、やるだけだ。
「…………」
リルの背で揺られながら俺は、エンの柄に括り付けたソレ――お守りに手を触れる。
これは、ダンジョンを出て来る時に、リューがくれた手作りのお守りだ。
彼女の一族に伝わるもので、愛する者が無事に家に帰れるように、という意味があると、ポツポツと恥ずかしそうにしながら教えてくれた。
……そう言えば、リューの一族がウチにもう一度来るのも、そろそろだったな。
今までリューは、正しくは嫁(予定)だった訳だったが、これで正式に婚姻関係を結ぶことになる訳だ。
確か約束では、彼らが来たら俺が出向くことになっているし……それまでには、全てを終わらせないと。
俺に、幼女達と、嫁さん達を置いて優先すべきものは存在しないのだから。
「リューとの結婚のための準備、進めとかないとな……」
『……リューは、面白くて、いっつもみんなを楽しませようとしてて、いいお嫁さん』
「ハハ、そうだな。俺には勿体ない嫁さんだよ」
『……リューの元気なとこ、とっても好き』
「あぁ、俺もだ」
そう、エンと雑談を交わしながら、俺は兵士達と共に進軍して行った。
――強く、家族のことを思いながら。
* * *
「うーん……すごい量ですねぇ」
魔界王の部下、近衛隠密兵――ルノーギルは、半ば呆れたように呟いた。
音無の暗殺者とも呼ばれる彼の視線の先にあるのは、人間と魔族、そして魔物の混成軍である。
ローガルド帝国、その帝都『ガリア』の様子を偵察するため、付近に潜入を開始したが……想定以上の戦力が揃っていると言わざるを得ないだろう。
彼らの集めた情報では、ローガルド帝国が属国としている周辺国の戦力を合わせても、戦力的に優位に立てると分析されていたが、その予想が覆された形だ。
魔物の戦力化に関する研究は大体どの国でも行われていることだが、ここまで明確に支配下に置いているのは見たことがない。
「虫型の魔物が多いですねぇ……何か理由があるのか、偶々なのか……」
と、偵察を続けていた彼の下に、部下の一人――ユキからこっそり『フードちゃん』と呼ばれていた近衛隠密兵ハロリア=レイロートがやって来ると、少し焦った様子で口を開く。
「隊長、マズいです。こちらに近付く部隊が二つ程。どうやら侵入に気付かれたようです」
「ふむ……? 痕跡は残していないはずですが、どこで気付かれましたかねぇ……こちらへの到着は?」
「まだ我々の正確な位置までは把握していないようなので、一刻程は猶予があるかと」
彼女の報告に、少し考えた様子を見せてから、ルノーギルは口を開いた。
「……わかりました。では、あなたは撤退して、ここまでの情報を陛下に届けなさい。他の隠密部隊にも撤退の合図を」
「了解です。隊長は?」
「私は、もう少し潜ってから撤退しますので、お気になさらず」
「なっ、き、危険ですよ! 相手は我々の侵入に気付いているのですよ!?」
声は抑えられていたが、そう捲し立てるハロリアに、ルノーギルは淡々と答える。
「ちょっと、情報が足りないですからねぇ。それに、潜入偵察が強襲偵察に変わっただけのこと。私、どちらかと言うと、後者の方が得意ですから」
ニヤリと笑い、次の瞬間には、まるで空間に溶け込むようにして彼の姿がその場から消え去っていた。
「あぁ、もう、全くあの人は……!」
心配を胸の奥に押し込み、ひと時も時間を無駄にせぬよう、ハロリアは即座に撤退を開始した。
ルノーギル、ハロリアはユキが初めて魔界に行った時に出会っていたり……。




