遠征準備《1》
「ふーん……魔物を操ることが可能な技術を、ローガルド帝国は生み出したのか」
部下から次々と齎される報告に、魔界王フィナルはそう呟く。
――現在彼は、最優先でローガルド帝国に関する情報を集めていた。
今回、新たな敵として浮上した彼の国は魔界とは地理的にも離れており、今まで関係が皆無の国であったため、流石のフィナルも一般常識より少し踏み込んだ程度の情報しか持っていなかった。
これではロクな作戦を立てられないと、急ピッチで情報収集に当たっていたのだが……よく今までその存在を隠せていたものだと、彼は半ば感心していた。
突如悪魔族の者達が勢力を増したことから、何者かの協力があったのではないか、と以前から調査を続けさせていたが、その際ローガルド帝国の名は影も形も出て来ていなかった。
自画自賛になるが、自身が組織した密偵部隊は、この大陸において一位二位を争えるだけの情報収集能力があると考えている。
にもかかわらず、彼の国の存在に全く気付くことが出来ていなかった。
無論、今まで接点が全く存在せず、こうして本腰を入れることで情報が集まって来てはいるが……よほど入念に情報封鎖を行い、悪魔族との関係が表に出ないよう警戒していたのだろう。
「戦力的にはこちらが有利かと思っていたけれど……なるほど、魔物達と人工アンデッドを併用することで、戦力を増強してる訳か。人工アンデッドの出所は、やっぱり彼らかな?」
フィナルの言葉に、部下はコクリと頷く。
「恐らくは。悪魔族達が人工アンデッドを使用し始める前に、ローガルド帝国の近辺の国にて同タイプと思われるアンデッドの出現が確認されました。兵器と呼ぶにはまだお粗末な代物だったようですが、試験運用をしていたものと思われます」
「ふむ……もしかすると、改良は悪魔族の子達が行っていたのかもしれないね。死霊術か……やっぱり、そこが鍵かな」
随所で多用されている人工アンデッド。
エルフの里で放たれたアンデッドドラゴン。
ローガルド帝国と悪魔族のどちらが運用しているにせよ、人魔連合軍が、一般的な死霊術とは一線を画した技術を持っていることは間違いない。
死してなお、戦うことの出来る軍隊は、為政者にとって夢の戦力だろう。
損耗を気にすることなく、壊れるまで従順に働かせることが可能だからだ。
むしろ、意志のある兵士よりも余程使い勝手が良いと言えるかもしれない。
ただ死霊術は、死者を兵器にするという悪辣さから世界的に禁術として嫌悪されており、戦争で使おうものならそれを理由に周辺各国から制裁を受けてもおかしくない、諸刃の剣のような魔法であるのだが……彼らはきっと、そんなことなど全く気にせず、一笑に付すだろう。
国家理性の前では、倫理など簡単に吹き飛ぶのだから。
「よし、ここから先は、アンデッドに関する情報を優先的に集めてくれ。様々な対抗措置を揃えておきたい。――人魔連合軍の動きは?」
「それが……どうも、ローガルド帝国内に留まっている模様です」
怪訝さを隠し切れない様子の部下の報告に、フィナルはピクリと眉を動かす。
「まだ進軍してないの?」
「はい。ローガルド帝国の帝都『ガリア』に兵を集めるのみで、それ以外に動きがありません」
「国境線は?」
「固めてはいるようですが、それも通常時における編成とあまり変わらないような薄さです。とても戦時の編成とは思えません」
本来ならばあり得ない、欺瞞を疑わなければならないようなその情報に、しばしの間フィナルは押し黙って思考する。
「……どうやら向こうは、何かしらの理由で戦場を帝都に限定したいらしい。明らかにこちらを誘ってるね。宣戦布告したのも、もしかしたらその辺りに理由があるのかな?」
自国内の、それも首都近くで戦争をするなど、百害あって一利なしだ。
狂気の沙汰と言い換えてもいいだろう。
負けるために戦争をする者など、存在しない。
である以上そこには、圧倒的なデメリットを甘受するだけの理由が存在することになる。
「……宣戦布告し、特定地域に兵を集結させるのが目的であったと?」
「何のために、という理由はわからないから置いておくとしても、国境線をゆるゆるにしているのは、つまり『とっとと入って来い』って意思表示に他ならないだろうさ。僕のところまでその情報を持って来たってことは、欺瞞情報じゃないって裏付けが取れているのだろう?」
「裏付けは再三に取らせましたので、それは間違いないとは思いますが……」
「となると敵は、自国内部でぶつかりたいと切望している訳だ。そこに今回の戦争を起こした理由があるように思う。――悪魔族の子達は?」
「南東前線基地での睨み合いが続いておりましたが、人工アンデッドを放って時間稼ぎを行い、その間に撤退した模様です。そして、悪魔族達が本拠としていた地域は民間人しかおらず、もぬけの空でした。恐らく、ローガルド帝国の者達と合流したのではないかと」
「…………」
どこを見ているのかわからないような虚空の眼差しで、フィナルは再度深い思考に没入する。
そのまま数分、口を閉じていた彼だったが、何かしらの結論が彼の脳内で出たらしく、ポツリと呟く。
「……やっぱり、信じるべきか……」
「? 何か仰りましたか?」
「うん、決めた。――帝都に進軍しよう」
その王の言葉に、一瞬意識が漂白してから、部下は慌てて言葉を紡ぐ。
「し、しかし魔界王様。これは、罠の可能性が高いのでは?」
「高いというか、確実に罠だね。でも進軍する。長期戦になってしまうよりは、そっちの方がよっぽどマシだ。向こうが短期決戦の構えを取ってくれているのならば、それに乗らない手はない。遠征の準備を進めてくれ」
「か、畏まりました」
「それと、ネル君に連絡してユキ君を呼ぶように。あと……羊角の一族の者にも連絡を取ってほしいんだ」
* * *
――アーリシア王国、その南端の国境に位置する、辺境の街。
俺は今、そこに向かっていた。
以前までは人間を装い、コソコソとこの国にやって来ていたが、今の俺はリルに乗ったまま、周囲に他のペットの四匹を連れ、堂々と往来を進んでいる。
引き留められることもなく、中々愉快な気分である。
まあ、道行く兵士達――戒厳令が敷かれているらしく、民間人は全くいない――がこちらに警戒と恐怖が混ざったような視線を送って来ているが、敵じゃないということは理解しているらしく、それ以上特に何かしてくることもないので、問題はない。
俺が来ることは、すでに知らされているのだろう。
そうしてアーリシア王国内部を進んで行くと、やがて遠くに見えていた街が、近くに見えてくる。
魔境の森の近くにある辺境の街、アルフィーロは見るからに城塞都市といった感じだったが、こちらはそこまで物々しい様子もなく――いや、今は兵士がいっぱいいるのですんげー物々しい雰囲気ではあるのだが、設置されている防壁もそこまで厚いものではなく、結構簡素な造りをしている。
聞く限りによると、隣接している国家が長年の友好国らしいので、国境をガチガチに固めるよりは通商のために行き来しやすい街にしたのだろう。
当面はあそこが、『人魔連合軍』と名乗り始めた敵に対抗し、『種族無き同盟軍』と自分達を呼ぶことにしたらしい魔界王らの臨時本部になるようだ。
少し辺りを見回してみても、人間の兵士のみならず、魔族らしい兵士とエルフらしい兵士達が慌ただしく動き回り、遠征の準備をしているサマが窺える。
喧騒と、倍増するこちらに向けられる興味の視線の中でキョロキョロとしていると、聞き間違えることのないその声が聞こえてくる。
「あっ、おにーさん!」
「お、ネル!」
手を振って俺達を呼んでいたのは、ネル。
「待ってたよ! エンちゃんも来てくれたんだ、いっつもおにーさんを守ってくれて、ありがとうね!」
「……当然のこと。主のあるところに、エンもあり」
むんとやる気満々の様子で頷くエンに、俺は苦笑を溢す。
本当は、彼女を戦争に連れて行くのもちょっと悩んだのだが……その時、エン本人に怒られてしまったのだ。
――自分の本質を、間違えないでほしい、と。
自分は子供の見た目をしているが、その本質は武器である。
武器とは、敵を倒すためのもの。
敵を倒し、主の身を守るためのもの。
自身にとって最も優先されることは、主である俺の武器となり、その身を守ること。
それを、勘違いしないでほしい、と。
自らの存在意義を、奪わないでほしい、と。
しっかりとこちらの目を覗き込み、その静かなる熱い意志を伝えてくる彼女に、俺は、敵わないと思ったものだ。
ウチにいるとよく思うことだが……我が家の女性陣は、本当に、カッコいい。
やはり世界は、女性によって成り立っているのだ。
「向こうで陛下達が待ってるから、付いて来て。――と、そうだ、おにーさん、紹介したい人がいるんだ!」
「? 紹介したい人?」
俺の問い掛けに、彼女はコクリと頷いて言った。
「あのね、レイラのお師匠さんが来てるの!」




