対極の者達
「……それに関して論議する前に、まずこれだけは先に言わせてもらうが、レフィの力を当てにしてるんならやめてもらおう。俺は仕事を受けないし、お前らとの関わりもこれで終わりだ。俺は、こういうことにレフィの力を使わせないと誓ってんだ」
大分失礼な物言いであることは自覚しているが……これだけは、先に言っておかなければならない。
俺の言葉に、興味深そうな表情を浮かべる魔界王。
「へぇ……? どうしてだい?」
「あん? どうしても何もないだろ。誰が身内に、人を殺させたいってんだ」
レフィの力は絶大だ。
彼女がその気になれば、ヒト種の国など一日と足らず崩壊し、何百キロに渡って焼け野原と化すだろう。
俺は、そんなことをさせたくない。
自身の強大過ぎる力を、忌まわしく思っている節のある彼女に、その力を使わせたくない。
レフィが、そして我が家の者達が、ただのんびりと日々を過ごすために、俺は自身の力を尽くす。
これは、ずっと前から俺の中で決めていることだ。
「ついでに言うと、ネルのことも利用するのはやめろよ。ネルの方は元々軍人みたいなもんだから、戦闘させるな、なんていうのが無理なのはわかってるが、変に侵略でもさせようものなら、お前らも敵とみなすからな」
「おにーさん――」
「悪いがネル、これに関してはお前にも何も言わせねーぞ。これは、俺の中で絶対に譲れない一線だ」
いつもより少し強い口調でそう言うと、その俺の意思が伝わったのか、ネルは何事か言い掛けた口を閉じる。
ネルがどれだけ祖国思いで、どれだけ祖国を救いたいと思ったとしても、関係ない。
その際には、俺と国のどっちが大事なのか、なんてアホみたいなズルい問答をしてもいい。
コイツに嫌われるようなことがあっても、俺はコイツを守る。
俺は、優先順位がはっきりしているのだ。
その他のことはどうでもいいが、その一線だけは天地がひっくり返ろうとも揺るがない。
すると魔界王は、何故か眩しいものを見るような、憧憬を感じられるような顔で俺を見る。
「……君は、大した男だね。安心してほしい。そんなつもりは僕達にもないよ。まずレフィシオスさんの方だけれど、こう言っては失礼だが……彼女は、僕達の手には余る。畏怖こそすれ、その力のお零れにあり付こうなんてことは、とても恐ろしくて考えられないさ」
……なるほど、規格外には関わらないのが一番ということか。
「ネル君に関しても、後で詳しく話すけど、決して悪いようにはしないと誓おう。僕は君とは長く仲良くしたいし、そもそも君達の身内にレフィシオスさんがいるって知っている以上、下手なことをすれば本当に大陸が火の海になるってわかってるからね。滅多なことはしないさ」
いつもの胡散臭い笑みではなく、本音で話しているのだということがわかる真面目な様子でそう答える魔界王。
「……そうか、ならいいんだ。早とちりだったな。悪い」
「いや、君の立場だったら、そう思うのも無理はないだろう。――凄いよ、ユキ君は。僕達ならば、レフィシオスさんなんて心配するのもおこがましいと思ってしまうけれど……君は、本当に奥さん達を愛しているようだね」
「……別に、当たり前のことだろ。俺だって、自分に魔王の力がなかったらレフィに頼り切りになっていたかもしれないしな」
本心から感心している様子で言われ、微妙に照れ臭くなり、首後ろを擦りながらそう言葉を返す。
「いやいや、君なら魔王でなかったとしても、同じことを言っただろうさ。それは、君の奥さんの方がわかってるんじゃないかな?」
「はい、この人ならきっと、仮に僕より弱かったとしても僕達を守ろうとしたと思います」
ニヤリと笑みを浮かべて視線を送ってくる魔界王に、ニコニコと笑ってそう答えるネル。
「……とりあえず、話を戻そう。また、お前達んところで働けって?」
「僕達だけじゃ手が足りないような時に、君に仕事をお願いしたいんだ。それで、その渡しはネル君に頼みたい」
「渡し、ですか?」
ネルの問い掛けに、コクリと頷く魔界王。
「うん、仕事をお願いしたい時に、まずレイド君を通して君に連絡するから、そこからユキ君へ話を持って行くのを担当してほしいんだ。そうしたら、単身赴任中らしいネル君もちょくちょく家に帰れるようになるだろう?」
「……! 気を遣っていただいて、ありがとうございます、魔界王様!」
「ハハ、いや、礼を言うならレイド君だ。これは彼の提案だからね」
それは……ありがたいな。
つまり、戦場に出る時はネルではなく、俺にやらせるということだろう。
ネルの安全が確保出来るならば、俺は何でもいい。
……ふむ。
「――ま、わかった、協力しよう。そもそも、ウチの嫁さん達のことを利用しようってんじゃないんなら、最初からそうするつもりではあったんだがな。そっちのことは、信用してるし」
「助かるよ。君程の実力者が味方にいると、僕達としては百人力さ」
俺の言葉に、ホッとした様子で小さく息を吐き出す魔界王。
……あれだな、早いところアーリシア王国の王都、アルシルまでダンジョン領域を広げて扉を設置しておくとしよう。
そうすればネルも長くウチにいられるだろうし、俺もすぐに手伝いに行けるしな。
魔境の森の南エリアから外に向かって、すでに結構伸ばしているし、恐らく一週間くらい作業を続ければ、繋げられるんじゃないだろうか。
――悪魔族ども。
お前らが何を考えているか知らないし、何を目的としているのかも知らない。
何かしら、芯に根差した信念はあるのだろう。
だが、俺の敵である以上、お前らには滅んでもらう。
悪いがそろそろ、退場してもらおう。
* * *
――大陸南方に存在する国家、ローガルド帝国。
その国境線付近に存在する砦にて、二つの陣営の者達が向き合っていた。
一つが、悪魔族頭領ゴジム率いる、悪魔族達。
そしてもう一つが、ローガルド帝国第二十二代皇帝――シェンドラ=ガンドル=ローガルド率いる、帝国兵士達。
それぞれのトップの背後にはそれぞれの部下達が控え、臨戦態勢にも思えるような険悪な雰囲気が漂っている。
ゴジムもまた、敵でも見据えているかのような鋭い視線で、口を開いた。
「どうやら、当初の作戦と違ったようだが? 我々は協力関係にあるものだと思っていたが、そうでもないらしい」
歳若い、三十にもなっていないような皇帝シェンドラは、不愉快そうな表情で答える。
「こちらのせいにしてもらうのはやめてもらおう。お前達が自信満々に放ったアンデッドドラゴンがあっさりやられ、そうして前提が覆された以上、用兵も変わる。当たり前だろう」
「ほざけッ! それでもまだ猶予はあったはずだ。側面から攻めるはずだったお前達が来なかったせいで、俺の部下が何人やられたと思っているッ!」
――魔界王フィナルが治める領土に存在する、南東前線基地。
奇襲によって基地は陥落し、悪魔族達はその先にある『南東司令部』が設置されている砦へと戦線を押し進めていたが、アンデッドドラゴンが討伐されたことで、自由に指示が出せるようになったフィナルの的確な指示により防衛側が息を吹き返し、戦線を押し返される。
その際、援軍として送り込まれるはずだった帝国兵達はやって来ず、悪魔族達は大きな被害を出しながら撤退。
現在は、南東司令部の置かれた砦と南東前線基地の間で、小康状態を保っていた。
「知らぬな。お前の部下が軟弱だっただけだろう。直前に伝令も出していた以上、こちらの責任ではない」
シェンドラの物言いにピクリと眉を動かしたゴジムは、ガッと胸倉を掴むと、そのまま片腕だけで宙に持ち上げる。
「あまり、図に乗るなよ、小僧」
瞬間、背後に控えていた帝国兵達が一斉に武器を抜き放ち、呼応して悪魔族達もほぼ同時に、それぞれが手にしていた武器を眼前の人間達へと向ける。
一触即発の、緊迫した空気。
シェンドラは、ただ「フン」と鼻を鳴らし、射貫くような瞳をゴジムへと向ける。
「殺したければ殺せ。お前もここで死ぬことになるだろうがな」
「…………」
無造作に、ブンと投げるようにして手を離すゴジム。
シェンドラはその勢いで数歩よろけてから、だが特に気にした様子もなく服を整え、口を開く。
「忘れてもらっては困るが、俺達は俺達のために、お前達はお前達のために動くだけだ。我々は味方ではなく、故に助け合いもしない。ただ、敵が同じというだけ。お互い、この条件で合意したはずだ」
「……フン、そうだったな。だが、連絡だけは密に行ってもらう。このままでは敵の区別が付かず、どこかの人間どもも一緒くたに殺してしまいそうなのでな」
「あぁ。俺達とて、戦に負けたい訳ではない。そちらがそちらの仕事を果たす以上は、こちらもこちらの仕事をしてやる」
信頼など、互いに一欠片も感じられないような会話を最後に会談は終了し、彼らは各々のテリトリーへと帰って行った――。




