ローガルド帝国
遅くなりました!
「全く……肝が冷えっ放しであるぞ。まさか覇龍殿までいるとは……レイドよ、お主のところの勇者は、物凄い者達のところへ嫁いだものであるの」
エルフの女王ナフォラーゼの若干呆れたような言葉に、人間の国王レイドは、愉快そうに笑いながら答える。
「フフ、頼もしい限りですよ、最近どんどんと成長しているようで。若い者は成長が早い」
「そうだねぇ……あと、僕としては、覇龍さんとナフォラーゼちゃんが面識あるのも気になるところだよ。どうやら一度敵対したことがあるみたいだけど、何でそんなことになったんだい?」
「……確か、余が女王に即位してから十年が経った頃であったかの。偶々遠征に出ていた際に、突然近くに降りて来たのじゃ、彼女が。襲われると思うて、何もせず死ぬくらいならばと攻撃を仕掛けたところ、どうやら目的は、近くに生えていた果物の木であったようでの。……流石に、わからぬわ、そんなのは」
「あー……何と言うか……それは災難だったね」
何とも言えない様子でそう言う魔界王。
きっとこの場にユキがいれば、「全面的にお前が悪いじゃねぇかアホ!」と彼女を叱ったことだろう。
そう、会議室で王達が談笑していると、コンコンと扉をノックされる。
入室許可を得た後に、入って来たのは――女聖騎士団長、カロッタ。
「失礼致します。情報の解析が終了致しました」
「おっと、来たね。――それじゃあ、君達の見解を教えてくれるかい」
「ハ。我が国の先代勇者、レミーロが捕らえた間者を尋問して得られた情報を纏めるに、悪魔族達に協力している人間の国は、『ローガルド帝国』かと思われます」
魔界王の言葉に、カロッタはそう言った。
「ローガルド帝国……確か、南方にある人間至上国家だったかな?」
彼の問い掛けに答えるのは、レイド。
「えぇ。あそこも、魔界に住んでいない魔族達と長らく争ってはいますが……次代に皇帝が変わってから、周辺の人間国家にも戦争を仕掛け、次々に併呑し始めておりましてな。先代とは全く違った考えをしている可能性は重々あるかと」
「魔族と争っていたはずの種族主義国家が、今は魔族と協力している、と。レイド君、君のところとはその国は敵対しているのかい?」
「距離が離れている故、直接的な対峙はしておりませぬが、間接的な敵対は。我が国と彼の国の間にある諸国に、支援は行っているのですよ」
「ふむ……緩衝材代わりであるか。ヌシも王としてしっかりやっておるのであるな」
「ナフォラーゼちゃん、言葉が悪いよ」
二人の言葉に、レイドは苦笑を浮かべる。
「いえ、実際そのようなものではあるので。今のローガルド帝国と国境を接することになれば、全面戦争は避けられませぬから」
「いい判断だと思うよ。大国同士の戦争は、大なり小なり、この大陸に必ず混乱をもたらすからね。……まあ、向こうはそれが目的かもしれないけど」
「……? 混乱が目的と?」
レイドの言葉に、魔界王はコクリと頷く。
「何だかね、聞いている限りの印象だと、その国の子は既存の枠組みを壊そうとしているように見えるんだ。ただの野心って言ってしまったらそれまでだけど、その計画性から見て、何か為そうとしていることがあるように見える」
「……計画性か。ま、余らの敵が馬鹿であることを期待しても、仕方がないからの。――事がここまで及んだ以上、あまり悠長なことはしてられぬな。急ぎ、援軍が送れるように準備を進めておこう。すでに、魔界で襲撃を受けた地域があるのであろう?」
「戻ったら、我が国からもすぐに援軍を出せるようにしておきましょう」
「助かるよ。……僕らは、敵の動きの速さを見誤っていたのかもしれない。悪魔族の攻撃の後に人間の間者がやって来たっていうことは、つまり向こうは、すでに軍事的に助け合っているということ。僕らも、急いでこの同盟を形にしよう」
* * *
――昼食を済ませた後、俺は食後の運動がてらに、「一緒に行きたい!」と言うネルを連れてエルフの里周辺の森へとやって来ていた。
「んふふー」
「? 何だ、ご機嫌そうだな」
「そりゃあ、勿論ご機嫌だよ! だって、おにーさんと二人きりだからねー」
俺の手に指を絡ませ、俺の肩に頭を預け、「でへへぇ」と嬉しそうな声を漏らすネル。
……こう、素直に甘えられると、やっぱ男としては嬉しいものがあるな。
ただ、ネルさん、一つ聞いておきたいのだけれど、あなた一応、公務中ではないのだろうか。
他の兵士さん、普通に働いてるようだけれど。
いや、勿論一緒にいられるのはすごい嬉しいので、俺は構わないのだけれど。昼休憩の範疇ということで、まだいいのだろうか。
ちなみに、レフィとエンは二人で里の方を見たいらしく、俺達には付いて来ていない。
もしかすると、ネルに遠慮してくれたのかもしれないな。
「おにーさん達は、この後どうするの?」
「んー、もう頼まれた仕事は終えた訳だし、お前の顔も見れたし……剣聖のじーさんに教わることを教わったら、ダンジョンに帰るかな。あんまり長居しても、この里の状況じゃあ邪魔だろうしさ。お前の方はどうなんだ? どれくらいで帰ってこれそうなんだ?」
「まだわかんないけど、ちょっと掛かりそうかな。ここから国に帰るのも、僕だけなら一瞬で戻れるけど、そういう訳にもいかないし、国に帰ってからも大分忙しくなりそうだし。……カロッタさんにちょっと聞いたんだけど、どうも連合軍が結成されそうだって話なんだ」
「……戦争か」
こうして三ヶ国が揃った場所で襲撃を受けた以上、すでにその戦端は開かれたと言える訳だ。
「……うん。みんながおにーさんみたいな人だったら、戦争なんか起きないだろうにね」
「いやー、それはどうかな。俺は自己中の塊で、自分のやりたいことしかやらない男だから、国なんか簡単に崩壊するだろうし、戦争も起きまくりじゃないか?」
「えー、そんなことないと思うけど。おにーさん、とっても優しいし」
「そりゃあ、お前ら相手にはな。惚れた相手には優しくするだろうさ」
「フフ、そっか。じゃあ、そういうことにしとくよ」
「何だよ、その含みのある感じは」
「何にもー」
ニコニコしながら、そう言うネル。
……可愛いヤツだ。
そのまま、彼女と一緒にのんびり森の中を歩いていると、やがて目的地――森で待機させていたリルの下へと辿り着く。
「おー、リル、慕われてんな」
「わ、王様みたいだね、リル君」
「クゥ……」
俺達の言葉に、苦笑するかのような鳴き声を一つ溢すリル。
見ると、彼は他の魔物達――首輪が巻かれているので、恐らくエルフ達のペットだろう――に囲まれており、何やら傅かれている。
どうやら、すでに上下関係が出来上がっているようである。
リルは魔境の森にも配下の魔物がいるが、出先で配下を増やすとは、相変わらず優秀な奴だ。
「それにしても、結構な数のペットがいるんだな。エルフって、そういう文化があるのか?」
どうもここは、従魔達用のスペースらしく、小型のリスみたいなヤツから大型のワイバーンみたいなヤツまで、多種多様な魔物達がのんびりと過ごしている。
よく共存出来ているものだ。
何かしら、魔物を操る術でもあるのだろうか。
「うん、そうみたいだよ。魔物を従魔にして、戦力化してるみたい。魔獣部隊とかもあって、戦ってるのを見たけど、なかなかカッコよかったよ」
「ほー、俺も見てみたかったな」
リルの身体を撫でながらそんな会話を交わしていると、ふとこちらを呼ぶ声が耳に届く。
「あ、いたいた。おーい、ユキ君」
「? あぁ、魔界王か。どうした」
里の方から現れたのは、魔界王本人だった。
「うん、救援の報酬に関する話と、今後について一つ、お仕事をお願いしたくてね。君、この後先代勇者君と訓練するそうだから、その前にと思って来たんだけど……お邪魔しちゃったかな?」
「おぉ、邪魔だ邪魔だ。帰ってくれ」
「おにーさん、そんなこと言わないの。魔界王様本人が、こうしていらしてくれたんだから。僕は大丈夫ですよ、お気になさらず」
「はは、ごめんね、ありがとう。――ユキ君、報酬はエルフの子達が用意してくれたから、後で確認してくれ。細かいところの交渉は、ナフォラーゼちゃんが受け持ってくれることになったから、彼女にお願い」
「ん、了解」
「それで、君に頼みたい仕事なんだけど……また、雇われてくれないかな。傭兵として」
後二話くらいかな、エルフの里編は。




