閑話:ダンジョンの夏休み《2》
用意したマットのような浮き輪の上で、何をするでもなく、ただプカプカと波に揺られる。
「気持ち良いな……」
「うむ……中々、心地が良い」
俺の隣では、レフィが通常のドーナツ型の浮き輪に身体を預け、同じようにプカプカと波に揺られている。
……浮き輪とレフィの組み合わせ、メチャクチャ似合ってんな。
むしろ、幼女達が浮き輪を使うよりもサマになっているかもしれない。
こう、お子様な感じが。
「ふっ、そんなにこの水着姿が気に入ったのか? ま、そう熱い視線を向けられては、儂も悪い気はせんからな。好きなだけ見てよいぞ」
何を勘違いしたのか知らんが、団子にした髪に指を通し、艶やかな笑みで俺を見るレフィ。
「……そうか。じゃ、遠慮なく、間近から見させてもらおうかな!」
「む? ――ぬわぁ!?」
ニヤリと笑みを浮かべ、俺はマットの上から彼女の方へと飛び込むと、同じ浮き輪の穴からズボッと顔を出す。
大きめの浮き輪なので、二人入っても余裕なのだ。
自然と密着して抱き合うような形になり、彼女の肌の温もりが水中でもよく伝わってくる。
「ち、近過ぎじゃ、阿呆! ま、全く……流石にちと暑いぞ」
「好きなだけ見ていいんだろう? それはもう、余すところなく嫁さんのことを見ていたいからな」
「……こんな近くては、ほとんど見えんじゃろう、馬鹿たれ」
口では嫌そうにしつつも、実際満更でもないことはその口調とピクピク動く尻尾からよくわかる。
わかりやすいヤツだ。
俺がニヤニヤ笑っているのを見て恥ずかしくなったのか、ペシ、と手のひらで押すように頬を叩いてくるレフィ。
そのまま二人、くっ付いて浮かんでいると、イルーナとシィが泳いで近寄って来る。
「おにいちゃんおねえちゃん、見て見て! イルカさんのまね~! こんな感じで泳ぐんでしょ?」
「おー、イルカさんだ。可愛いぞ」
「ふむ、いるかとは確か、海生生物の一種じゃったか。家のぬいぐるみの奴じゃな」
俺の近くで、身体をパタパタさせ、イルカになり切って泳ぐイルーナ。超可愛い。
イルーナはイルカの実物を見たことないはずだが、レフィが言った通り、我が家には幼女達用に出したぬいぐるみの一つにイルカのものがある。
その時、「おにいちゃんこの可愛いの何ー?」と聞いて来たのでイルカについて色々と教えてあげたのだが、それを覚えていたのだろう。
イルーナは本当に、物覚えが良い。
以前からわかっていたことではあるが、俺と違って地頭が良いのだろう。
「つぎはシィのばん! シィはね、タコさんのまネ!」
「おー、タコさん……お、おぉ、マジでタコだ。すげぇ」
「お主は変なところで凝り性じゃのー……」
スライム形態の身体から触手を伸ばし、タコの真似をしてプカプカと浮いているシィ。可愛いというか、すげぇ。
シィの物真似、実際に自分の身体を変化させられるから、クオリティの高さが俺達と一線を画してるんだよな……。
と、「イルカとタコのきょーえん!」「がったいダー!」と一緒に泳いで遊び始めた二人の幼女達に癒されていると、ブクブクと下から泡が昇ってくる。
やがて水面に顔を見せたのは、シュノーケルを装着したエンと、彼女と一緒に海の中を楽しんでいたらしいレイス娘達。
「……主、おっきな貝見つけた。これ、美味しいかな」
四人で一緒に採ってきたのか、貝をこちらに見せているのはエンだが、揃ってちょっと誇らしげな顔をしている。
「おぉ、美味そうな貝だ。すごいな、一緒に採って来たのか?」
「……そう」
「そうかそうか。それじゃあ砂抜きして、後でバーベキューの時に食べてみようか」
「……なら、いっぱい採る。あと主、お魚もいたから、お魚も採りたい」
「魚? えーっと、銛は……あったあった。ほら、これ使え。けど、ケガしないようにな」
「……ありがと。みんなのご飯、採ってくる」
俺がアイテムボックスから取り出した銛を受け取り、そう言い残してエンとレイス娘達は、再び海の中に潜って行った。
遊びのベクトルが微妙に違う感じだが……本人達がすごい楽しそうだし良しということにしよう。
それとなく、見守るだけにしておこうか。
「エンちゃん、狩り人さんだね~。レイスの子達も、あんな自由に海の中泳げるの、いいなぁ……」
「タコさんだと、エンちゃんにかられちゃうかな?」
「お主か本物の蛸かは流石にエンも気付くじゃろうから、気にせんでよいと思うぞ」
ちょっとズレた心配をするシィに、レフィはからからと笑いながらそう言った。
* * *
――現在俺達がいるこの浅瀬、すでに一帯をダンジョン領域として組み込んであるのだが、位置的にどこにあるのかはわからない。
魔境の森付近ではあると思うのだが……漂流させていた幽霊船ダンジョンから繋げてダンジョン領域としたので、正確な位置がわからないのだ。
幽霊船ダンジョン、俺の支配領域を広げていくのには、最高の海上拠点かもしれんな。
ダンジョン領域にさえなっていれば、そこに空間転移で移動出来る扉が設置出来る訳なので、飛び地をたくさん作って色んなところへ遊びに行けそうだ。
……うむ、楽しみだな。
また、付近に魔物はいたものの、幽霊船ダンジョンを貰った際に俺の配下に組み込まれた、『スケルトンシャーク』や『スケルトンサーペント』などで事前に周辺の海を掃討してあるので、危険はない。
……スケルトンシャークって、あれよな。前世のB級映画で出て来そう。
何故か無駄に人気なサメシリーズ。
一人で見ると虚無だが、友人と見たりすると割と面白いのだ。
我が家のみんなと、いつか一緒に映画鑑賞をしたいものである。
綺麗な浜辺のある陸の方も、現在ペット達に付近を見張らせ、魔物達が近付いて来たら排除するように言ってある。
後で、差し入れでも持って行ってやろう。
「おぉ、リュー。お前もうそんなに泳げるようになったのか」
そう、近くを泳いでいたリューへと声を掛ける。
泳いだことがないと言っていたリューだが、教師が良かったのか筋が良いのか、もう普通に泳げている。
ネルに教わって、海水に慣れるところからやっていたはずなのに、大した成長である。
「えへへ、どうっすか、ご主人――って、何で同じ浮き輪に二人で入ってんすか……狭くないんすか、それ?」
「相変わらず仲良しだねー、君達は……」
呆れた顔でそんなことを言ってくる、リューとネル。
「狭いか狭くないかで言えば、まあ狭いな。しかも暑い」
「言っておくが、お主が儂の方に来たんじゃからな」
「なら、二人ともマットの方に移ったらどうっすか? ……そしたらウチも、ご主人とくっ付けるっすから」
「ん? 何だって?」
「何でもないっすよー」
「そんなに俺と一緒にいたかったのか? 全く、可愛いヤツめ」
「聞こえてたんじゃないっすか!?」
かぁっと顔を赤くするリューに、俺は笑って元の浮き輪マットの方に戻ると、ゴロンと寝っ転がって皆をちょいちょいと手招きする。
まず、ニッコニコ顔のネルが俺の隣にやって来て身体を横たえ、次にちょっと不貞腐れたようなリューが反対側の俺の隣に同じように寝転がる。
嫁さん達の温もりが、非常に心地良く、愛おしい。
「おうレフィ、お前もこっち来いよ」
「……ふむ、いいじゃろう」
そして、最後にレフィは、ドスンと遠慮なく俺の身体の上にうつ伏せで乗っかってきた。
「ぐえっ、お、お前……」
「余すところなく儂を見るんじゃろう? 旦那の意を汲んでやったんじゃ、ありがたく思え」
間近から俺の顔を覗き込んで、ニヤリと不敵に笑うレフィ。
「おぉ……流石っす、レフィ様。そうやってご主人を誘惑するんすね!」
「そういうところ、レフィに学ばないとねぇ」
「うむ、では次の嫁会議の時に、此奴を誘惑する方法を話すとしよう」
……君達、聞いている俺が恥ずかしいので、そういうのは俺がいないところでやってください。
「あ! おしくらまんじゅうごっこ!? わたしもやるー!」
「シィもやるー!」
「あっ、待て――どわぁ!?」
イルーナとシィが俺達の上に飛び乗ったことで、すでに四人乗っていた浮き輪マットは流石に重量オーバーとなり、揃ってひっくり返る俺達。
ザブンとあがる水飛沫。
それから、海面に浮き出た俺達は、皆で顔を見合わせ、盛大に笑った。