再会と晩餐《2》
エルフ料理は、美味かった。
いわゆる、エスニック料理というヤツだろうか。
他じゃあんまり見られないような独特の料理で、食べるのが大好きなエンも満足そうにもきゅもきゅと食べている。
その可愛らしい様子に、エルフのメイドさん達もニコニコしながら甲斐甲斐しく彼女の給仕をしている。
エン含め、ウチの幼女達は一々可愛いからな。
見ているだけで表情が綻ぶのはよくわかる。
「そうだ、ユキ君。道中僕の部下を助けてくれたようだね。感謝するよ、彼らには結構大事な任務を任せていたから、本当に助かったよ。何か、お礼が出来ればいいんだけど……」
上品に食事を進めながら、そう言う魔界王フィナル。
「あー、じゃあこっちにいる間、なるべくネルに便宜を図ってやってくれ。そうしてくれるのが、俺は一番嬉しいしありがたい」
「わかった、そうしよう。実際ネル君には、ここの者達はみんな助けてもらってるからね、それくらいはお安い御用さ」
「えっ、そんな、悪いですよ、魔界王様……」
俺達の会話に、恐縮そうに言葉を挟むネル。
「いやいや、君の働きは歴史に名を連ねてもいいくらいのものがあったからね、遠慮なんてしなくていいさ」
「確かに、ヌシの働きは素晴らしかったの。うむ、エルフの歴史にもヌシの名を刻むとしよう」
「おぉ、すげぇな、ネル。後世の歴史の教科書とかに、お前の名前が出て来たりする訳か」
「も、もう……からかわないでよ、おにーさん」
ちょっと照れた様子で、パシ、と俺の肩を軽く叩くネル。可愛い。
「それにしても……覇龍殿は、何故そのようなお姿に? 貴方程の力があるのならば、人化の技が使えるのは納得出来ようものですが……」
「あぁ、コイツ、甘い物好きで――」
エルフの女王ナフォラーゼの質問に、そう俺が答えようとするも、隣のレフィが一つ咳払いする。
「オッホン、ユキ。儂が自分で話す故、お主は黙っておれ。別に、大した理由がある訳ではない。此奴と少し取引をしての。その関係で、龍の姿でおるよりヒト種の姿を取っておった方が都合が良かったというだけじゃ」
「……お菓子を貰って――」
「おっと、エン。儂のこの肉をやろう。どうじゃ、美味いか?」
「……ん。美味しい」
口封じにあーんされた肉を、エンはパクリと咥え、はむはむと食べる。
……よほど、覇龍の威厳を損なうようなことは言ってほしくないらしい。
彼女の様子にネルと共に笑っていると、エルフ女王が少し驚いたような様子で声を漏らす。
「本当に……随分と、変わられましたの、覇龍殿」
「ま、儂もこの阿呆の番になり、家族が出来たのでな。それなりに変わりもする。お主はどうじゃ、旦那はおらんのか?」
「……余は、女王でありますから。相手も必然的に政へ参加してもらうことになる以上、そう簡単に縁を結ぶ訳にもいかぬのです」
「ナフォラーゼちゃんのそのセリフ、僕は百年前にも聞いたことがあったかな」
「う、うるさいぞ、魔界王。お主は黙っておるがよい!」
見ると、この部屋のエルフさん達も、色々と言いたいことがありそうな様子で、エルフ女王のことを見ている。
あぁ……彼らの表情で、何となく事情がわかるな。
とんでもない美人なのは間違いないし、エルフの頂点に立つ権力者である以上、その気になれば男などより取り見取りだろうが……結婚となると、色んな制約からそう簡単にする訳にもいかないのだろう。
「ふむ、ちょっと考えていたものがあるんだけれど……どうだろう、三種族でお見合い大会でもやらないかい? 他種族同士の付き合いは色々と大変だから、僕らのバックアップは必須だけれど、互いの種族が仲良くなるのにこれ程適したものはないだろうし。あ、その中でナフォラーゼちゃんが気に入った子がいたら、勿論貰っていっていいよ」
魔界王の提案を聞き、人間の国王レイドが口を開く。
「お見合い大会、ですか。いい考えですな。他種族同士となると、寿命の問題が大きいですが……そうですな、一度互いの兵同士で行ってみてはいかかでしょう」
「お、いいねぇ。今回の騒動を経て仲良くなった子達も多いみたいだし、まずはそこから始めようか」
「……それは、良い考えではあると思うが。しかし魔界王、ヌシとて配偶者がおらんのは同じであろう! 人のことを言っておらんで、ヌシも嫁探しをするべきではないのか?」
「あはは、そうだね。じゃあ僕もお嫁さん探しするかな。ユキ君みたいに三人とは言わないけれど、一人くらいは僕も娶らないと」
王達の話に、「おぉ……ついに、ナフォラーゼ様が婿を!」「フィナル様が、その気に!」「見合い……俺にも春が……!?」などと周囲の護衛の兵士達や給仕さん達が盛り上がっている。
そんな和やかな空気の中で、俺は、ふと我が家の者達の方を見た。
――寿命、か。
以前にレフィから聞いた話では、俺は長く生きられるそうだ。
それこそ、千年や二千年は余裕で生きられるらしい。
龍族であり、強くなり過ぎて肉体が不老不死気味になっているレフィもまた、同じくらいは生きるという話だ。
だが――それ以外のみんなは、俺達よりも先に死ぬ。
シィやエン、レイス娘なんかは特殊な種族であるためわからないが……例えば人間であるネル。
人間よりは長生きだが、二百年が限度らしいウォーウルフのリュー。
他種族よりも長生きはするものの、流石に千年は生きられないだろう魔族のイルーナやレイラ。
彼女らが、俺よりも先に死ぬ時。
知り合いが皆死に、時の流れによって世界がどんどんと変容し、レフィと二人生き残った時。
果たして俺は、何を思うのだろうか。
彼女らがいない世界を、俺は生きられるのだろうか。
レフィがいるのならば、きっと耐えられなくなることはないだろうが……どうせならば、全員で同じように老いていくか、我が家の面々よりも俺が先に死にたい、なんて風にも思ってしまうのだ。
今まで、考えたことがなかった訳ではない。
だが、考えないようにと頭から排除していた。
それでも、それは――いつか、必ず訪れる未来なのだろう。
「……ユキ? どうした?」
少し泣きそうになってしまっていたのを、気付かれたらしい。
他に聞こえないよう、こそっと心配そうに聞いてくるレフィに、俺はただ「何でもないさ」とだけ答えた。
* * *
会食が終わり、しばしの歓談の後。
俺はエンを肩車し、エルフの里の内部を散歩していた。
すでに夜更けの時間帯なのだが、一応まだ厳戒態勢である故か、多くの兵士達が警備している様子が窺える。
と言っても、そんなガチガチな雰囲気ではなく、雑談などをしながら割とゆるゆるといった感じである。
今回の三種族による同盟が、今後長く仲良くやっていくためのものだということは皆よく理解しているようで、積極的に交流しているようだ。
「……綺麗なとこ」
「あぁ、いい里だな」
夜のエルフの里は、一層幻想さが増していた。
ホタルのような虫が辺りを飛び交い、仄かな光が綺麗に舗装された道を淡く照らしている。
道と言っても、そこに人工的な雰囲気は少ない。
利用者が使いやすく、なおかつ森の木々や緑の一部と化すような、自然な溶け込み方をしている。
魔境の森も、ヒトの身には圧巻の大自然で、素晴らしい景色ではあるが……こういう管理された自然もまた、いいもんだ。
「……主、あの虫、お家にも欲しい」
「はは、そうだな。綺麗だし、帰ったらDPで出してみようか」
そう話しながら、エンと共に散歩を続けていると、見覚えのある二人組がいることに気が付く。
あれは……。
「剣聖のじーさん! カロッタ!」
臨時指令室のようなテントで、何やら地図を覗き込みながら話し合っていたのは、魔界の闘技大会で一度戦ったことのある先代勇者のレミーロに、ネルの上司である女聖騎士カロッタ。
「! ユキ殿、ザイエン殿。お久しぶりです」
「む、仮面か。久しい――という程でもないな、私の方は。その子は……お前の妹か?」
「あぁ、そういやカロッタの方は、エンと話したことなかったか? この子は俺の娘の、罪焔だ。と言っても、アンタと会ったことは、実は幾度かあるんだぜ?」
「む……? そうだったか……?」
首を傾げるカロッタ。
ま、会ったと言っても、剣の状態で、だがな!
「と、それよりすまん、取り込み中だったか?」
「いえ、お気になさらず。時間も時間ですし、我々もちょうど終わりにするところでしたから。いらっしゃっているというのは聞いておりましたが……ご挨拶が遅れて、申し訳ありません」
「いや、そっちは仕事中なんだし、別に気にすることないさ。俺達も、こっち来てすぐ寝ちまったしな」
「こちらに来る途中で、お前達があのドラゴンを倒してくれたそうだな。……全く、お前が魔王だったと聞いて心底驚いたぞ。それが納得出来る実力ではあるがな」
ジトッとした目を送ってくるカロッタに、俺は笑って答える。
「あぁ、俺の正体聞いたのか。隠してたのは悪かったよ、けど最初から俺が魔王だってわかってたら、確実に敵対してただろう?」
「ま、そうだな、それは間違いないだろう。初対面で魔王であるとわかっていたならば、斬り捨てていた。刺し違えてでも、だ。……今は、お前がどんな男かわかっている故、やめておくが。ネルを大事にするのならば、お前が何者であろうが構わん」
「おう、なら問題ないな。俺がこの世で最も大事にしているものは、一に幼女達、二に嫁さん達だから、俺が生きている限りはアンタと仲良くやれそうだ」
「フッ、そうか……ならば何も言わんでおこう。お前とは長い付き合いになりそうだからな」
そう言ってカロッタは、次に俺が肩車から下ろしたエンに顔を向けると、徐に腕を伸ばし、彼女の頭をさわさわと優しく撫で始める。
意外と、慣れた手付きである。
こう言っては失礼だが、堅物なので子供嫌いなのかと勝手に思っていたのだが、そうでもないらしい。
……そう言えば初めて会った時、宿泊場所としてカロッタに孤児院へ案内されたんだったか。
そこの子供達で、相手するのには慣れているのかもしれない。
「ふむ……確かに、髪の色や顔立ちの雰囲気などは、仮面に似ているか。お前にはネル以外にも嫁がいるそうだな、その者との子か?」
「まあ、そんなとこではあるな。ほら、これ」
「む……? 幾度か、見たことのある武器だな」
俺が片手に持っていたエンの本体を見せると、怪訝そうな顔をするカロッタ。
「これが、この子、エン。俺が魔王の不思議パワーで擬人化させた」
「……剣を、擬人化?」
「擬人化」
「……魔王の不思議パワー?」
「魔王の不思議パワー」
カロッタは、無言で隣のレミーロを見る。
この刀がエンであるということをすでに知っているじーさんは、苦笑気味の表情を浮かべながらコクリと頷く。
「……お前がとんでもない男であるというのは、今更であったな。お前に関しては、疑問を呈するだけ無駄か」
「おう、納得してくれたならよかったよ」
「フフ、この老いぼれも、あなたのような特殊な方は、初めて出会いましたよ。ネル殿の、この一年での急激な変化は、やはりあなたに影響されたようですな」
「む、レミーロ殿もそう思うか。ネルは、良い方向に大きく進歩したが……この男の図太さに感化されたのだろうな」
そう言葉を交わす二人。
「ネルは……やっぱ、変わったか?」
「あぁ、奴の上司として、長く接しているからわかる。ネルは随分と強くなった。間違いない」
俺の問い掛けに、肯定するカロッタ。
ネルが図太くなった、というのは感じていたが……俺の影響か。
そう言われると、こう、嬉しいものがあるな。
きっと俺の方も、何かしら彼女に影響されたものがあることだろう。
と、好々爺然とした様子でニコニコしていたレミーロは、少し表情を真面目なものに変え、言った。
「それで……ユキ殿。少し話は変わりますが、約束です。遅くなってしまいましたが、あなたがまだその気ならば、私の持つ剣の技。幾つかお教えしましょうか」
約束……魔界で交わした約束か!
「是非頼む! もっとこの子が上手く使えるようになりたいんだ」
俺は、二つ返事で頷いた。
先に言っておきましょう……次回から三話くらい、閑話入れます。
話の流れを、閑話でぶった切るのは良くないのでは、という感想をよくいただき、自分自身もそう思っていますが、でも閑話入れちゃいます。
それは何故か?
だって、本編がまだダンジョンに帰れそうにないのに、夏が終わっちゃいそうなんだもん!
だ、大丈夫、閑話は、頑張って夏の間に終わらせますので……。




