再会と晩餐《1》
大急ぎで用意してくれたらしい、なんかおかしなくらい豪華な部屋で、数時間程眠った後。
「皆様、お夕食の準備が出来ております。こちらへ」
レフィと擬人化したエンを連れて部屋を出ると、俺達が起きるのを待ってくれていたらしいエルフのメイドに案内され、俺達は大樹を繰り抜いて作られた廊下を歩く。
外はすでに夕方になっており、西日が窓から差し込んでいる。
仕方ないとは言え、変な時間に起きてしまった。
俺達の仕事はもう終わった訳だし、泊まらずに帰っても良かったんだがな。
ネルはすぐに帰れる訳じゃない、もう少し彼女と一緒にいたくもあるので、結局泊まることにした訳だが……家でのんびりとはいかない以上明日は辛そうだ。
いや、俺とレフィならば、明日の夕方まで眠気を我慢することも出来るが、可哀想なのはエンだ。
道中彼女は仮眠を取っていたと言えど、子供に夜更かしは辛いだろう。
明日、どこかで一時間くらい昼寝させるか。
「エン、ごめんな、ちょっと辛い日程になっちゃって」
「……大丈夫。一緒に夜更かし」
「カカ、そうじゃな。どうせユキがぼーどげーむ類を持っておるじゃろうし、共に夜更かしをするとしよう」
「……将棋。将棋する」
「お、いいの。それじゃあ儂と――」
「……お姉ちゃん弱いから、主とする」
「ぶっ……そうだな。レフィは弱いから、俺と勝負するか」
「…………」
思わず吹き出しながらそう言うと、ゲシ、と俺の足を軽く蹴るレフィ。
全く、子供とは正直なものよ。
――と、そんな感じで進んでいると、廊下の突き当りでエルフではない人影と出会う。
「あっ、おはよう、みんな! よく眠れた?」
ニコッとさわやかに笑って現れたのは、ネル。
「お、ネル、はよ。ベッドが驚くくらいフカフカで、快適に過ごせたぞ。お前の方は、今日は何してたんだ?」
「僕は、里の修繕の手伝いをね。来た時に見てると思うけど……まだ、結構戦闘の跡が残ってるからさ」
確かに、アレは一朝一夕では修復出来んだろうな……ネルが手伝ってるなら、俺も明日はそっちを手伝うか。
「……ん。お疲れ、ネル」
「えへへ、ありがと、エンちゃん」
精一杯背伸びをして頭を撫でてくるエンに、ネルは彼女が撫でやすいよう少しだけ背を屈ませ、嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべる。可愛い。
「それで、こっちに向かってたってことは、みんなもご飯を食べに行くところかな?」
「あぁ。メイドさんに案内してもらってたとこ。お前も一緒に夕飯、は、大丈夫?」
案内のエルフメイドさんに問い掛けると、彼女は笑顔と共に答える。
「はい、勿論でございます。ネル様はエルフにとって英雄ですので。拒むことはあり得ません」
「英雄……?」
「ネル様は里をお救い下さいました。女王様の腕もお治し下さいました。ネル様のご家族である皆様にも、アンデッドドラゴンの討伐をしていただいたと聞いております。この里に住まう者として、心からの感謝を」
そう言ってメイドさんは、俺達に深々と頭を下げた。
「あ、あぁ、どういたしまして。……ネル、お前、頑張ったんだな」
「僕が出来ることは精一杯やったつもりだけど、でもみんなの助けもあったし、おにーさんから貰ったたくさんの便利アイテムもあったし、僕だけの力とはとても言えないよ。――ま、詳しい話は、また後でしよ! とりあえず僕、お腹空いちゃった!」
* * *
メイドさんの案内で辿り着いたのは、食堂ではなく、綺麗な調度が設えられた会議室のような趣の部屋だった。
いや、実際に円卓が中央に置かれているのを見る限り、恐らく会議室で合っているだろう。
「やぁ、ユキ君。久しぶり。元気そうで安心したよ」
そして、円卓の椅子の一つに腰掛け、こちらに声を掛けてくるのは、胡散臭い笑みを口元に浮かべた優男――魔界王フィナル。
「あぁ、アンタもな、魔界王。相変わらずの様子だ」
相変わらず、内心の読めない表情をしているこって。
それから俺は、同じように座っていた、ネルが所属するアーリシア王国の国王――レイドへと声を掛ける。
「国王、そっちも久しぶりだ。まさかこんなところで会うことになるとは思わなかったが」
「フッフッ、私もだ、ユキ殿。ザイエン君も、久しぶりだね」
「……ん。国王のおじちゃんも、久しぶり」
小さく手を振るエンに、まるで孫を見るじいさんみたいに顔を綻ばせる国王。
そう言えばエンは、以前ネルの勇者解任騒ぎの時に一緒に連れて行ったため、国王とは面識があったな。
ウチの子、実は結構顔が広いと言えるのではないだろうか。
と、次に彼は、レフィの方へと視線を送り、口を開く。
「そして……もしや、そちらの銀髪のご婦人が、レフィシオス殿ですかな?」
「ふむ? その通りじゃが」
「イリル――娘に話を聞いています。そちらに泊まりに行った際、とても良くしていただいたと。その節はありがとうございました」
「あぁ……そうか、お主が人間の国王か。うむ、お主の娘は良い子じゃったぞ。こちらこそ、うちの童女どもと仲良うしてもらったこと、感謝する」
そんな、近所付き合いみたいな会話を交わすレフィと国王を見て、魔界王が不思議そうな顔をする。
「おや、そちらさんは面識があるのかい? ユキ君、僕にも君の隣のお嬢さん方を紹介してくれないかな?」
「あぁ、紹介するよ。こっちの角生えてる方が、俺の嫁さん、レフィシオス。こっちの超絶可愛いのが、俺の娘、罪焔だ。ネルは、紹介の必要はないな。こっちも俺の嫁さんだ」
「ユキよ。儂の紹介の仕方、もっと他にあるじゃろう。角生えてる方て」
「……えへへ」
ジト目をこちらに送ってくるレフィに、とても嬉しそうに小さく笑みを浮かべるエン。
「はーい、魔王のお嫁さんになった、勇者です!」
そして、自分でそんなことを言ってニコニコしているネル。
お前……なんか最近、神経が図太くなったよな。
勿論、良い意味で、だが……。
「ええっと……ナフォラーゼちゃんから聞いてはいたけれど……レフィシオスさんは、覇龍なのかい?」
珍しく「ちゃん」や「君」呼びではなく、上位者に対する敬意を持ってそう問い掛けてくる魔界王に、レフィは威厳たっぷりの様子でコクリと頷く。
「如何にも。儂が覇龍レフィシオスじゃ」
「本当にそうだったのか……あなたのような方に助太刀に来ていただいたこと、感謝を」
「なに、ネルは儂にとっても大事な家族。身内を守るのは当然のこと。結果的にお主らの助けにはなったかもしれぬが、はっきり言うてそれはついでじゃ。感謝ならば、儂ではなくネルにすることじゃの」
「えへへ……ありがと、レフィ!」
「あ、これ、やめんか。全く……」
照れたような笑顔を浮かべ、後ろからギュッとレフィに抱き着くネル。
レフィもまた、口では嫌そうな雰囲気を出しつつも、満更ではなさそうな感じである。
この二人が仲良くしているのを見ると、俺の心が軽くなるな……。
「……うーん、ユキ君。やっぱり君はあれだね。相変わらずぶっ飛んでるねぇ」
「俺が? レフィが、じゃなくて?」
「いやいや、彼女も確かにそうだけれど、君もだよ。君は全然気になってないようだけど……他の子達よりも強さに鈍感な僕でもわかるよ。彼女がとてつもない規格外だってことは」
そりゃあ、まあ、覇龍だからな。
規格外ではあるだろうが……。
「例えるなら……僕達は何もない平原。ユキ君は名のある名峰、だが頂上は見える。そして彼女は、視界一杯に連なる大山脈だ。頂上は雲を突き抜けて見えず、どこまで広がっているのかもわからない。こうしている今も、その圧力で倒れてしまいそうだよ」
……大山脈か。
確かに、それはわかるかもな。
俺が名峰ならば、レフィは霊峰だ。
その山に挑戦した何者も戻って来られない、荘厳で恐ろしい、優美で壮大な大山脈である。
「そう言う割には、ケロッとしてるように見えるが」
「僕はそういうの、取り繕うの得意だからね。見てみなよ、後ろの護衛のみんな」
そう言われて周囲の護衛の兵を見てみると……確かに、エルフと魔族達の顔が若干引き攣っている。
あまり表に出さないよう気を付けてはいるようだが、その表情にあるのは、緊張、だろうか。
逆に人間は、他種族程魔力に対して敏感ではないので、そこまで余裕のない表情を浮かべている者は少ない。
国王がレフィと普通に話が出来ているのも、恐らく彼女の強さを直感的に理解出来ていないからなのだろう。
そうか……もう慣れ切ってしまったが、レフィから無意識に放たれる圧力というのは、それだけの強さがあるんだったか。
「それで、そんなヒト……ヒト種と言えるのかはわからないけれど、そんな彼女が君の奥さんと来たもんだ。しかも、もう一人の奥さんは人間の勇者。聞いた話によると、まだもう一人いるんだろ? こう言っては失礼だけど、どんな恐ろしい子が君の奥さんだったとしても、納得しちゃうよ」
リュー、お前、知らんところで化け物扱いされてるぞ。
「おう、よくわかったな。家で留守番してる嫁さんは、それはもうすごいぞ。レフィとどっこいどっこいだ」
「……まあ、そうじゃな。彼奴と儂は似た者同士ではあるかの」
「やっぱりそうなのかい? いやぁ、お会いしてみたいやら、恐ろしいやらって感じだねぇ」
何が似ているのかを言わない俺とレフィに、そんなことを言う魔界王。
横でネルが、苦笑を浮かべていた。
「とりあえずレフィ、ちょい抑えてやれ。なんかみんな辛そうだぞ」
「む、そうじゃな」
レフィがそう呟くと同時、彼女の存在感が一回り小さくなったかのような感覚を覚える。
魔境の森で、レフィと一緒に狩りをする時くらいの存在感だ。
これくらいだと、魔物が逃げて行かないんだよな。
「お気遣い感謝しますよ、レフィシオスさん」
軽く一礼する魔界王を見て、人間の国王レイドが一つ息を吐き出す。
「ふむ……やはり、こういうところで種族差を感じますな。我々人間は、一部の者でなければ、強者の圧力など感じ取れませんから……」
「ま、そこは種族差というものさ。魔族は人間にないものを持っているし、人間は魔族にないものを持っている。言葉は悪いが、そうでなければ僕達は、すでにどちらかの種族がどちらかを支配していただろう」
……人間と魔族は、昔っからバリバリ戦争しているそうだしな。
確かにどちらかの種族が一方的に劣っているのならば、魔界王の言う通りとっくにその勝敗は付いていたことだろう。
――と、和やかに会話を交わしていると、会議室の扉が開かれ、料理を乗せたワゴンが運ばれてくる。
そして、料理人らしきエルフと共に現れたのは、エルフの女王ナフォラーゼ。
「お待たせした! ホストとして、出来得る限りの料理を用意させていただいた。是非、心ゆくまで楽しんでくりゃれ!」
もっとポンポン投稿して、早いところ夏の話が書きてぇ……。




