エルフの里へ《2》
龍の咆哮で大地に穿たれた、特大の跡。
それを辿って行った先に、ソイツはいた。
肉が腐り落ち、ほぼ全身が骨のみとなった身体。
龍族が持つ強靭な鱗は全て剥げ、まだ生者のつもりであるのか骨格だけの翼を必死に羽ばたかせ、だがどういう訳かそれでもしっかりと宙には浮いており、低空飛行で飛んでいる。
――アンデッドドラゴン。
何より気色悪いのは、頭蓋の眼窩に存在している、生気のない淀んだ瞳だ。
それが非生物的な様子でギョロギョロと動き回り、その眼球の動き方だけで、ヤツがすでに生きてはいないことがよくわかる。
死してなお、無理やり動かされている屍龍は、どうやら獲物を追っている最中だったらしく――。
「ネル!? 何やってんだ!?」
「あれっ、おにーさん!? レフィにリル君、エンちゃんも!」
追われている獲物は、見慣れぬ狼型の魔物に乗ったネルだった。
一人きりで、彼女以外の者はいない。
「随分早かったんだね! もう一日くらいは掛かると思ってたんだけど!」
「あぁ、急いでこっちに来たから――って、そんなこと言ってる場合か!」
色々と聞きたいことがあるのは確かだが、とりあえずそれどころではないので、俺は彼女の横を飛んですり抜けると、まず一発、アンデッドドラゴンの横っ面をエンで殴り抜く。
「離れろストーカー野郎ッ!!」
筋肉や内臓が存在していないからか、デカいアンデッドドラゴンの身体は存外に軽く、流石に斬り裂くことは出来なかったものの、その一撃で思い切りぶっ飛んで行く。
森の木々をなぎ倒し、ズガガと地面を削ってようやく停止した屍龍は、翼膜のない翼を思い切り広げて姿勢制御すると、その腐った瞳をギロリとこちらに向け――。
「……哀れな同胞じゃの。世界の広さを知る前に死に、そして死してなお人殺しの道具として利用されるとは」
上から降って来たレフィが、その首後ろをガッと片手で掴み上げ、動きを無理やり制止させる。
屍龍は抵抗し、暴れようとするが……相手はレフィである。
全く拘束を解くことが出来ておらず、首根っこを押さえられたせいで腕や尻尾を使ってレフィを排除することも出来ない。
魔力眼で見る限り、何か魔法を発動しようとしている素振りもあるのだが、どうやら我が嫁さんがそれも無効化しているようで、空中に魔力が四散している様子が窺える。
「先達として、お主の後始末は全て儂が行ってやる。安心して――逝け」
次の瞬間、屍龍の身体がボッ、と燃え上がる。
骨すらも発火する、超高温の炎。
少し離れたここにまで、その熱の強さが伝わってくる。
全身が発火しながらもなお暴れようとする屍龍は、だが徐々にその動きを鈍らせていき、敵愾心を募らせていた腐った瞳がどこか虚空を眺め始め――ゆっくりと、ゆっくりと燃え尽きる。
生み出された大量の灰は、眼下の森にはらはらと落ち、風に乗ってどこまでも飛んで行き、そして最後には何も残っていなかった。
レフィは、まるで見送りをするかのように、その様子を最後までジッと眺めていた。
――呆気ない程簡単に、俺達に頼まれた仕事は終了した。
俺とリルの出番はなかったな。
「お疲れ、レフィ」
「……うむ」
ポンポンと頭を撫でると、レフィはコツンと俺の肩にその頭を預けてくる。
「うわぁ……何というか、流石だねぇ。僕達、そのアンデッドドラゴンのせいで何にも出来ない状況だったんだけど、こんなにあっさり倒しちゃうなんて」
狼型の魔物に乗ったまま、ゆっくりとこちらにやって来るネル。
いつでも動けるようにと、近くに待機してくれていたリルもまた、こちらまでやって来る。
「とりあえず、ケガはないな、ネル」
「うん、大丈夫! 全くの無傷だよ!」
「そうか……なら、聞かせてもらうが、何で追われてたんだ、お前」
そう言うと彼女は、狼から降りて事情を説明し始める。
「実は、ちょっとした救出作戦があったんだけど、そのためにアンデッドドラゴンを遠くへおびき寄せる必要があってね。それを僕が買って出たんだけれど……本当にどこまでも追って来るもんだから、里に戻れなくなっちゃって」
「……あんまり、無理なことはするなって言っただろう。無事だったから良かったけどよ」
正直普通に肝が冷えたので、ちょっと怒り気味に言うと、彼女は「いやぁ」と頭の後ろを掻きながら言葉を続ける。
「一応勝算というか、逃げるだけなら大丈夫だと思ったんだ。あのアンデッドドラゴン、魔力で無理やり身体を動かしていたからか、動きに精彩がなくてね。それでも僕一人じゃ無理だけど、この狼君が一緒なら何とかなりそうだと思ってさ。本当にどうしようもなくなったら、おにーさんに貰ったこれでダンジョンまで逃げ帰ればいいし」
隣にお座りしている狼の身体を撫でながら、ネルは軽鎧の下に入れていたらしいダンジョン帰還装置のネックレスを取り出して見せる。
……なるほど、ちゃんと逃げる算段は考えていたのか。
と、次にレフィが勇者の少女へと問い掛ける。
「ほう、そこな狼はお主の新しいぺっとか? ダイアウルフとは、中々良い目の付け所じゃの」
分析スキルで見る限り、ネルが乗っていた狼が『ダイアウルフ』という種族のようだ。
なかなか強い種であるようで、恐らくだが、魔境の森でも生活出来るだけのステータスはあるだろう。
「あはは、飼えたらいいんだけどねぇ。この子、エルフの女王様のペットだから、借りただけなんだ。いやぁ、リル君のおかげで助かったよ。本当はプライドの高い種らしいんだけれど、どうも僕からリル君の臭いを感じ取ったみたいで、すごい従順に動いてくれてね」
あぁ……リル、ウチではほぼ下っ端みたいな扱われ方をしているが、狼系の魔物の中では最上位種だそうだからな。
狼系の魔物は知能が高めだという話だし、きっと逆らったらヤバいと思ったのだろう。
実際こうして見ている今も、リルの方は全く気にした様子もないが、もう一匹の狼君は微妙に縮こまり、我がペットのことをそれとなく窺っているのがわかる。
うむ……リルよ。
やっぱりお前は、意外と凄い魔物なのだな。
「し、信じられん……アンデッドとは言え、魔力抵抗の非常に強い龍族を、魔法で燃やし尽くすとは……」
と、そこで、俺達と共に飛行していた魔族部隊の部隊長が、そんなことを呟きながらこちらまでやって来る。
「? 彼らは……」
「魔界王の部下らしい。途中でバッタリ会ったんで、そのまま一緒にエルフの里に向かってたんだ」
「あぁ、魔界王様の……となると、周辺の確認に向かった人達かな?」
どうやらネルは何かしらの事情をすでに聴いていたらしく、彼女の問い掛けに部隊長はコクリと頷く。
「ハッ、その任に着いておりました。その帰還途中で彼らと遭遇したのですが……流石、ネル様程の方が頼られた方々と言いますか。度肝を抜かれましたよ」
「えへへ、すごいでしょ? 僕の大事な人達なんです」
ニコニコ顔でそんなことを言ってくれるネルに、微妙に気恥ずかしくなり、俺とレフィは互いに顔を見合わせる。
今回に関して言うと、俺の方は特に何もしていないしな……。
「えぇ……本当に、驚くばかりですよ。――と、すみません、我々は急ぎの報告がありますので、先に向かわせていただきます。脅威が排除されたことも、しっかりと報告しておきますので。では、後程」
そして彼らは、俺達より先にエルフの里へ向かって飛んで行った。
「……あ、そうだ、おにーさん。一つ聞いてほしいことがあるんだ」
「? 何だ?」
そう問い掛けると、ネルは先程までより真面目な表情になり、言った。
「おにーさん。多分なんだけど――敵に、魔王がいると思う」




