エルフの里へ《1》
前回のあらすじ:アンデッドドラゴンが放たれたエルフの里。先代勇者が森を走る馬車を発見し、その救出のためネルに囮を頼み……。
「むっ……誰か飛んでおるの」
エルフの森まで、後数時間程だろうという地点。
隣を飛んでいたレフィが、遠くへと目を凝らしながらそう言った。
「……俺はまだ見えないな。一人か?」
「いや……恐らく、どこかの部隊じゃな。確かー……編隊飛行と言うのじゃったか?」
……なるほど、隊列を組んでいる訳か。
「もしかして、魔族か?」
「まだぼんやりとしか見えておらんが、その可能性は高いじゃろう。翼持ちの種は、魔族以外には多くない」
となると、魔界王の部下か――それとも、悪魔族か。
「……警戒した方が良さそうだな」
俺は、アイテムボックスの中で休憩させていたエンを取り出す。
『……ん、着いた?』
「いや、まだだ。ちょっと敵っぽいのを発見してな。念のため、一緒にいてくれるか?」
『……任せて』
警戒を強めながら、彼女らと共に先へ飛んで行くと、やがて俺もまた前方に人影のようなものが見えてくる。
人数は、四人。
まだはっきりと見えている訳ではないが、やはり魔族であるようで、角や尻尾を生やした完全武装の者達が、隊列を組んで俺達と同じ方向――エルフの里方面へと向かって飛んでいる。
と、向こうもまた近付く者の存在に気が付いたらしく、即座に全員がこちらを振り返り、各々背中から武器を引き抜く。
あの様子だけ見ても、相当に練度は高そうだ。
「リル、お前は身体を小さくして森の中に潜んでろ。もし戦闘になったら、そっちから奇襲を仕掛けてくれ」
「グルゥ」
下を走っているリルにそう指示を出し、俺達はその集団へどんどんと接近していき――。
「――止まれ! お前達、魔族だな。何が目的でエルフの里へ向かっている?」
お互いがしっかりと視認出来る距離になったところで、そう誰何の声を発してくる魔族達。
ステータスを見る限り、きびきびした動きからもわかっていた通り、それなりに強い。
精鋭に分類されるだけの能力はあるだろう。
種族は『ガルディアン・デビル』で、クラスは『近衛兵』。
となると……多分コイツら、魔界王の部下だな。
近衛兵は、王の傘下の部下に付きやすい称号だ。
そして魔界で王と言えば、魔界王しかいない。
相手をよく知らない以上、敵の可能性も勿論あるだろうが……とりあえず、殺さんでもよさそうだな。
俺が警戒を弱めたのを見て、隣のレフィがふと力を抜くのがわかる。
「アンタら、魔界王の部下だな? 俺達も、エルフの里にいる魔界王に呼ばれて、そっちに向かってる。どこぞのアホが龍族のアンデッドを放ったそうだから、その撃退が目的だ」
「……それを信ずるに足る根拠は?」
「そんなものはない。お互い顔見知りでも何でもない以上――って、やっぱちょっと待て。もしかするとあるかもしれん」
俺はアイテムボックスを開くと、二枚の封書を取り出す。
――アーリシア国王と、魔界王にそれぞれ貰った封書である。
彼らと会った時に、俺の今後の身分証代わりとして渡されていたものだ。
「! それは……」
「人間の王と、アンタらのところの王にもらったものだ。これで信じてくれるか?」
その俺の目論見は、上手くいった。
「……なるほど、あなた方が……失礼致しました。陛下のご友人であられましたか。非常事態の措置故、お許しをいただきたく」
何事かを呟いた後、四人部隊の中で部隊長らしい魔族の男が、兜を脱いで軽く一礼する。
「あぁ、気にするな。お互い大変だな――」
「ユキっ!!」
――その時、レフィの短い警告が俺の耳に入る。
同時、反応を示す、俺の危機察知スキル。
目の前の部隊からではない。
もっと、遥か遠くからの攻撃だ。
「下がれッ!!」
瞬時に俺は、目の前にいた魔族二人の腕を引っ掴むと、力の限りで遠くへと投げ飛ばす。
残った二人の魔族達は、レフィが引っ掴んでグオンと物凄い勢いで投げ飛ばし、この場から避難させる。
「なっ、何を――」
魔族達の困惑の声が遠くなっていくのを聞きながら、俺はレフィと共に即座にその場を離れると、彼女を抱き寄せて覆いかぶさり――視界の端で、ピカッと光った何かが、駆け抜ける。
顔を背けていたために、感じ取ったのは轟音と光のみだったが……それが俺達の背後を光速の如き勢いで通り過ぎ、刹那遅れ、膨張した空気に二人とも吹き飛ばされる。
耳がバカになり、何も聞こえなくなる。
一瞬前後がわからなくなるが、腕の中のレフィが空中制御をしてくれたようで、すぐに姿勢が安定する。
数瞬した後、振り返って確認すると――俺の視界に飛び込んで来たのは、先程までは存在していなかった大地に刻まれた深い溝。
緑豊かだった森は武骨な岩肌が見えるのみとなっており、少しして辺り一面が立ち昇る土埃に隠され、見えなくなる。
空には吹き飛ばされたらしい木々や土が高く舞い上がっており、俺は周囲に暴風の結界を張ることでそれらを防ぎながら、眼下へと声を張り上げた。
「リル、無事か!?」
「グルゥ!」
その姿は見えないが、どうやらしっかりと回避していたようで、「問題ありません!」とでも言いたげな我がペットの鳴き声が聞こえ、ホッと胸を撫で下ろす。
「……レフィ。今のはもしかして……」
「……うむ。『龍の咆哮』じゃの。屍と化しても使えるようじゃな。流石に、連発するのは無理じゃろうが……」
――龍の咆哮。
以前に一度、レフィに見せてもらったことがあるが、今の攻撃はあの時のものより、被害範囲が広いかもしれない――いや、これは単純に、出力を一点集中させているかいないかの差か。
レフィが放つ龍の咆哮は、『消滅』そのものだった。
射線上に存在するものは、例外なく全てが跡形もなく消し飛び、塵すら残さず消滅させていた。
だが、こうして見てもわかる通り、今の攻撃は物体を消滅させるところまでは至っていない。
派手には見えるが、レフィの龍の咆哮より威力が高いということはないだろう。
……まあ、ヒト種が食らえば、一たまりもないであろう威力ということには、変わりないのだが。
姿を視認出来ていない以上、恐らく俺達を狙った攻撃というより、たまたま流れ弾がこっちに飛んで来たのだと思われるが、流れ弾なんぞで死にたくはないな。
そんなことを考えていると、険しい声音で口を開くレフィ。
「――ユキ。今ので確定した。アンデッドドラゴンにされた龍族は、若い龍じゃ。古龍の老骨どもが放つ龍の咆哮ならば、こんなものでは済まされん」
「……やっぱりか。嫌な予想が当たっちまったな」
里から飛び出た若い龍の一体が、今回現れたアンデッドドラゴンの素体である、と。
相手が古龍ではないことは、俺達にとって幸いではあるが……。
「……それと、ユキ。もう放してくれても大丈夫じゃ」
「ん? あ、あぁ、すまん」
俺は、未だレフィを抱き締めたままだったことに気が付き、すぐに彼女から手を離す。
「……全く、ユキ。儂を守ってくれようとするのは嬉しいが、こういう時はお主自身の身を守ることに集中せい。儂を守るために、お主が傷を負うところを見るのは……こちらの心臓に悪い」
「す、すまん。その……咄嗟に、と言いますか」
頬をポリポリと掻きながらそう言うと、彼女はふっと表情を和らげ、いたずらっぽく微笑み、チョンと俺の鼻を突いて来る。
「ま、お主に守られるのは、悪い気分ではないがの。この世で儂を守ろうとする阿呆は、お主くらいじゃし」
「……そりゃあ、大事な嫁さんなので。守ろうとくらいしますよ」
「うむ。じゃから、儂としてもあまり強く言えんでな。お主に守ってもらえんくなるのも、ちとばかし寂しいものがある」
「……そうだな。じゃあ、俺もお前もケガしなさそうな、ちょっと弱めの魔物が相手の時に、いっぱい守ってやるとしましょう。それだったら問題ないだろ?」
「妙案じゃな。楽しみにしておこうかの」
そんな冗談をレフィと言い合っていると、ふと片手に握ったエンから伝わってくる、呆れたような念。
『……また、ラブラブしてる』
そこで俺達はハッと我に返り、そしていつの間にこちらに戻って来ていたらしい、生暖かい眼差しを浮かべている魔族の部隊の者達の存在に気が付く。
俺は、ゴホンと盛大に一つ咳払いすると、彼らへと声を掛けた。
「よ、よう、ケガはないか?」
「……えぇ、おかげさまで助かりました。命を助けられたこの礼、後程エルフの里へ着きましたら、必ず」
そう言って彼らは、揃って深々と頭を下げる。
「まあ、あんまり気にするな。別に恩を売りたくて助けた訳でもないしな。それより、アンデッドドラゴンの攻撃があったってことは、もうかなり敵と距離が近いってことだ。あんまりのんびりもしてられんし、さっさとエルフの里へ向かおう」
「……え、えぇ、そうですね。先を急ぎましょう」
今、「のんびりしていたのはどいつだ」という心の声が聞こえた気がしたが、俺は華麗なスルーをかまし、魔族達と共に飛行を再開する。
――それから十分もせずに俺達は、狼型の魔物に乗ったネルが森の中を疾駆し、アンデッドドラゴンから逃げている場面に遭遇した。




