エルフの里にて
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「……む?」
いつ何時状況が変化しようが対応できるようにと、高台で外の警戒を行っていた先代勇者の老執事――レミーロは、ピク、と表情を動かす。
馬車だ。
まだかなり距離があるが、エルフの森の中を荷馬車が走っている。
一瞬敵かと思ったが……高台に備え付けられていた『遠見の水晶』で確認してみると、どうやら荷馬車を運転している御者は、人間。
見る限りではどうやら、魔族達が森に放った変異型アンデッドの生き残り一体に追われているようで、必死に逃げ惑っている様子が窺える。
変異型アンデッドは、足が遅い個体が多いのだが……あの個体は、脚力も持っているということか。
――近くの街の行商人でしょうか?
このエルフの里がある森は広範囲に広がっているが、馬で一日もしない範囲に、大きな人間の街が一つある。
古くから交易を行っており、今でも温和な友好関係が続いているため、今回の会談もその街の領主の協力を得て実現したものだ。
飯のタネは逃さないという商人気質のトップであるため、街全体も商売っ気が強く、商人の数が多いのだが……。
――とりあえず……助けましょうか。
そう考え、彼はチラと上空へ視線を送る。
問題は……あのアンデッドドラゴンだ。
里に釘付けになっているために、まだあちらに気付いていないようだが、このままでは変異型アンデッドのみならず、あの屍龍にも彼らが襲われるのは時間の問題だろう。
エルフ達が里に張った結界から一歩でも外へ出れば、こちらに襲って来ることはすでに確認済みである。
何も対策せずにそうしてしまえば、戦闘になるだろうことは確実な上、あの荷馬車を里まで連れて来るのも一苦労だろう。
アンデッドドラゴンを、他の方向へ釣り出す必要がある。
「……あまり彼女を、危険な目には合わせたくないのですが……協力をお願いするしかありませんか」
すばやく状況を判断したレミーロは、高台の柵に手を置くと、そのまま一気に飛び降りた。
* * *
「――本当に、無理はしないよう頼みます。危険だと思ったらなりふり構わず逃げてくださいね?」
「任せてください、レミーロさん。しっかり時間稼ぎ、してきますから! ――さ、お願いね?」
「グルルゥ!」
人助けと聞いて快く囮を引き受けてくれた勇者の少女が、馬車が襲われている方向と反対側へ、『ダイアウルフ』という狼型の魔物を走らせて去って行く。
彼女が現在乗っているあの魔物は、エルフの女王本人が魔獣として飼っている個体だ。
警戒心が強く、プライドも高く、主人の命令とて他の者を背に乗せるような種ではなかったと思うのだが……あの少女に対しては、非常に従順である。
エルフの女王自身、「其奴を乗りこなせるならば、貸してやるが……」などと前置きしていたところを見るに、本当に乗りこなせるとは思っていなかったのだろう。
驚いた様子であんぐりと口を開けていたのが、今でも脳裏に残っている。
背中に飛び乗り、軽く調子を確かめている時も、何だか手慣れた様子で乗りこなしていた。
以前にどこかで、狼型の魔物の乗り方でも覚えたのだろうか。
「……若い者というのは、少し見ぬ間に瞬く間に成長するものですね」
自身の老いを感じ、一つ苦笑を溢す。
――ただ、あの魔物ならば、アンデッドドラゴン相手でも不足はありませんか。
姿が見えなくなり、少しして結界の外へと出たのか、上空のアンデッドドラゴンが非生物的な動きで突如動きを止め、一直線に勇者の少女が去った方向へと向かって飛んで行く。
あの少女ならば、上手く囮をこなしてくれるだろうが……早々に、こちらを片付けねば。
レミーロは馬を疾駆させ、襲われている馬車へと向かう。
向こうも里へと向かって走っていたからか、それからレミーロの前方に彼らが見えたのは、数分後。
焦った様子で荷馬車を走らせる商人風の御者と、荷馬車の横を固め、迫る変異型アンデッドへと牽制程度に攻撃を仕掛けている、馬に乗った二人の冒険者達だ。
「そのまま先へ!!」
すれ違いざまにそう言い残し、レミーロは馬の背中を蹴って空中へ身を躍らせ、変異型アンデッドへと飛び掛かる。
このアンデッドは高い再生能力を持っており、剣は相性が悪いのだが――だからといって、戦えぬ訳ではない。
要は、再生が追い付かないところまで細切れにしてしまえば良いのだ。
究極の脳筋戦法を選択したレミーロは、もはや腕の動きが見えぬようなとてつもない速さで、抜き放った剣を一閃。
同時、ドスンドスンと地を踏み荒らしながら走っていた変異型アンデッドの両腿が丸々切断され、ガガガと地面を削りながら吹き飛ぶようにして倒れる。
その隙を逃さず、レミーロは次に両腕を斬り落とし、首を斬り落とし、胴を数十のパーツへと斬り刻む。
変異型アンデッドの再生が開始し、まるでそれぞれが生きているかのように肉片がウネウネと蠢き始めるが――ここまで刻んでしまえば、もはや彼の敵ではなかった。
一つが、二つに。
二つが、四つに。
四つが、八つに。
老執事が剣を一度振るえば肉片が量産され、念を入れ、という彼の警戒からその神速の剣は止まることなく振るわれ続ける。
――やがて、一分もせずに百には達するだろうかという数の肉片へと変貌した変異型アンデッドは、全く動かなくなっていた。
「お、おぉ……あ、ありがとうございます、ご老人! た、助かりました……!!」
荷馬車を止めたようで、御者の行商人がレミーロの方へと近付き、命を救われた安堵からか何度も何度も頭を下げる。
恐らく彼の護衛だろう二人の冒険者達もまた近くまで寄って来て、それぞれ礼を言ってくる。
「助かったぜ、ご老人。情けないことに、俺達の攻撃が全然効かなくてな……」
「危うく、死ぬところでした……命を助けていただき、感謝します」
「いえ、お気になさらず。無事なようで何よりです。――タイミングの悪い時にお越しになってしまいましたね。エルフの里には、交易で?」
「えぇ、そのつもりだったのですが、途中であの気味の悪いアンデッドに襲われまして……あぁ、怪しい者ではありません。許可証もちゃんとありますので。後ろの二人も、私が専属で雇っている冒険者達です」
人の好さそうな笑みを浮かべ、懐から印章の押された封筒のようなものを見せる行商人。
「あぁ、なるほど……」
「なぁアンタ、もしかしてどこかの高名な騎士様だったりするのか? 名前を聞いても――」
――レミーロは剣を振るい、言葉途中のその冒険者を斬り刻んだ。
鮮血を迸らせた冒険者は、一瞬で絶命する。
「ッ!? 何を!?」
「き、貴様!?」
突然の凶行に狼狽える、行商人ともう一人の冒険者。
「あなた達、間者ですね。向こう側にも、人間の協力者がいましたか。どこの国の者か、どのような内部工作をするつもりだったのか、お教えしていただきましょう」
「なっ、我々は――」
「墓穴を掘りましたね。確かにその許可証は、エルフの里との交易を許された行商人だけが持てるものですが、現在エルフの森は立ち入り禁止であると通達されているはずです。連絡の行き違いはあり得ません。どこからか盗んだか、誰かを殺して奪ったか。確実を期したつもりだったのでしょうが……まだ野良の商人と仰るならば、私も殺しまではしなかった」
「馬鹿な、そんな不確かな理由でこのような凶行ッ、許されると思っているのか!?」
「ふむ。ならば、もう一つお教えして差し上げましょう。その許可証、登録者が魔力を流すと淡く光るのです。故に、正式な行商人はその封筒を見せると同時に、一度光らせてみせる。自身がモグリでないと示すために。――あなたは、それをしなかった」
「「…………」」
レミーロの言葉を聞いた途端、激高していた二人の男達はス、と表情を消し、それぞれ武器を抜き放つ。
纏う雰囲気が一瞬で豹変し、まるで氷のような冷たいものとなる。
もう、演技をしても無駄だと悟ったのだろう。
「全く、あなた方のせいで、ネルさんに無駄な危険を冒させてしまったではないですか。後で彼女の旦那に怒られたら、あなた方のせいですから、ねッ――!!」
レミーロは、男達へ斬りかかった。




