特訓《1》
「ユキ、頑丈な大剣を……そうじゃの、使い潰してもよくて、儂が使っても壊れなさそうな大剣、造ってあったりせんか?」
「? どうしたんだ、急に?」
不思議そうに問い掛けてくる旦那に、手をヒラヒラ振って答える。
「ただの戯れじゃ。少し興味があっての」
「ふぅん……? わかった、ならこれやるよ」
そう言って旦那が空間の亀裂から取り出したのは、鉄と同じ鈍色だが、綺麗な光沢のある大剣。
「これは……あだまんたいと製か?」
「正解。それ、試しに全部アダマンタイトで作ってみたんだが、思った以上に斬れ味が良くならなかったんだ。希少金属は、単体での使用はダメみたいだな。失敗作だけど、強度はアホみたいにあるだろうから、使い潰しちまっていいぞ」
「わかった、ありが――待て、ユキ。お主の趣味にとやかく言うつもりはない。ないが、あだまんたいとは希少金属。総あだまんたいと製となると、この大剣を作るのに、かなりのでぃーぴーを使用したのではないか?」
「……そ、その分はちゃんと、自分で補充したので」
ジトッとした目でそう言うと、無駄遣いをしたという意識はちゃんとあるのか、ス、と視線を逸らすユキに、一つ苦笑気味の溜め息を溢す。
どうせ、エン以外の武器などほぼ使わないというのに、相変わらずな男である。
「まあ、ならば良いが。お主がいなければここは成り立たんが、あんまり無駄遣いし過ぎるでないぞ。以前も一度、でぃーぴーが枯渇し掛けたこともあった訳じゃしの」
「へ、へい。気を付けます」
旦那の言葉に、一つ「わかったならばよろしい」と頷き、受け取った大剣を担いで魔境の森へと出て行った。
* * *
「これはー……あまり、意味がないのう」
目の前の倒れた木を見て、ポツリとそう溢す。
借りた大剣で、斬り倒すことは出来た。
斬り倒すことは出来たが……斬った、というよりは、叩き砕いた、という方が近いような非常に雑な斬り口になってしまった。
これは、刃が立っていない、というのだろう。
ユキ曰く、この大剣は失敗作で、元々斬れ味がよくないようだが、それでもこの斬り口はただの力任せの結果だということがわかる。
勿論、初めて剣というものを振るった訳なので、そう上手くいかないのは当たり前かもしれないが……問題は、武器の方だ。
振るった拍子に力を込め過ぎたのか、大剣の柄にヒビが入っている。
アダマンタイトは、『神鉄鋼』とも呼ばれるオリハルコンに次ぐ希少魔法金属であり、金属の中でも最硬と言われている。
それが、一度振るっただけでこれだ。
とても戦闘に耐えられる強度ではないだろう。
自身の力を補う、ということを考えた際に、旦那の戦う姿を思い浮かべ、武器を扱えるようになるのがいいかと思ったが……剣術というものは、やはりヒト種のための技術なのだろう。
これならば、素手で殴った方がマシではないだろうか。
「……エンに手伝いを頼まなくて正解じゃったの」
最初、彼女に協力してもらって武器というものの使い勝手を試そうかと思ったのだが、その前にこちらで試しておいてよかった。
力加減を知らずにエンを振るっていたら、まず間違いなく彼女の柄を握り潰していたことだろう。
「武器が駄目となると、魔法か。元より、儂はそっちの方が得意じゃが……問題はやはり、出力じゃの。次は杖でも借りてみるか……?」
「何してんだ?」
次案に関して考え込んでいると、背後から聞こえる声。
ハッと後ろを振り返ると、そこにいたのは、自身の旦那。
「な、何じゃ。来ておったのか」
「あぁ。お前が急に大剣を貸してほしいなんて言うから、ちょっと気になってさ。武器に興味深々なネルはともかく、お前は今までそういうのに興味を示したことは一度もなかっただろ?」
「あー……確かにの。とりあえず先に言っておくが、すまぬ。お主に借りたこの大剣は、一撃でヒビが入った」
そう言って大剣を渡すと、旦那は苦笑しながら空間の亀裂にそれをしまう。
「アダマンタイトでもダメだったか……それで、どうしたんだ、武器なんて使って。お前には、世界最強の自前の爪があるだろ?」
彼の言葉に、少し考えてから、口を開く。
「……お主には、言っておくとしよう。儂は、龍に戻れなくなった」
「へ?」
「どうも儂は、自分自身を龍ではなくヒト種だと思い始めたらしい。『分析』で儂の称号を見てみよ」
旦那は、しばし無言でこちらを見る。
「……人化龍か。いつの間に?」
「つい最近じゃ。今の儂は、世界最強ではなくなってしもうた。別に、そんなものはどうでもいいんじゃが、仮に他の災厄級と戦闘になった際、今のままでは負ける。故に、もしものためにこの身体での本気の戦い方を鍛錬しておこうかと思っての」
「なるほど、それで武器か……けど、アダマンタイトでそれじゃあ、刀剣類はちょっと難しそうだな」
「うむ。これだと素手の方が強いから、使う意味がないの」
「……龍に戻れないってのは、以前の完全体に戻れないってことか? その身体で翼とかは出せるんだろ?」
「そうじゃ。このヒト種の姿を基にすれば、外見の変化はさせられる」
そう言って、片手を龍のものへと変えてみせる。
すると旦那は、鱗と鋭い爪の生えた自身の腕を、サワサワと触り始める。
微妙にくすぐったいが、好きなようにさせていると――突如、ペロリと舐められる。
「わひゃっ……な、何をする!」
「ゲッヘッヘ、コイツぁ、いい鱗だァ! お嬢さん、悪くない身体をしているじゃあないですかァ」
「うひっ、あぅっ……やめんか阿呆!」
「いでっ」
ふざけ始めた旦那の頭をパシンと叩くと、大人しく手を放す。
「ま、全く……真面目にやらんか。儂は今、それなりに悩んでおるんじゃぞ」
「ハハ、すまんすまん。綺麗だったからつい」
「……綺麗だと舐めるのか」
「そこはほら、夫婦のおふざけと言いますか」
ちょっと熱くなった頬のまま睨むと、旦那はからからと笑い、本題へと話を戻す。
「それで、この腕の鱗と爪は、お前の元の姿の鱗と爪に比べてどれくらい差があるんだ?」
「いや、恐らく同程度の強度はある。じゃが問題は、魔法も物理攻撃も、本来の姿程の出力が出んことじゃ。覇龍の力を全て出し切ることは、この身体じゃと出来ん。せいぜい五割が限界じゃろう」
「……なるほど、車とかバイクとかの排気量の違いみたいなもんか」
「? それは、お主の前世のものか?」
その質問に、ユキはコクリと頷く。
「あぁ。前世にあった乗り物だ。馬車の進化形と思ってくれていい。……そうだな、つまり龍形態とヒト形態の違いってのは、ほぼ同じ強度に性能だが、サイズのみ違う馬車本体に対して、それを引く動力源に馬とロバくらいの大きな差があるってとこだな。けど、そもそも何でそんな、出力に差が出るんだ? どっちの姿でもステータス自体は一緒なんだろ?」
「今のお主の例えに乗るとするならば、動力源を動かすための餌は、同じだけたんまりとある。が、馬とロバという身体の大きさの差から、一度に食えて一度に発揮出来る力の量が違う、といったところじゃろう。……微妙に、自分をロバに例えるのは、思うところがあるんじゃが」
「なら、フェンリルと馬に変えてあげましょう」
「それじゃと馬力に差があり過ぎるじゃろうて。――いや、そんなことはどうでもいいんじゃ。とにかく今の儂は、そこらの凡百が相手ならばまだしも、いつかの精霊王の爺辺りの強さを持つ者と戦闘になった場合、勝てん。幾つか、考えていることはあるんじゃが……お主は、何か良い案があったりせんか?」
と、彼は、少し考えた様子を見せてから、一つコクリと頷いた。
「わかった。それじゃあ、一緒にその身体での戦闘方法、考えてみるか」




