襲撃《2》
前回のあらすじ:三種族同盟会議をしてたら、敵が襲って来た。
「――! これが……!」
やがてネルの視界に映ったのは、異形のアンデッド。
まず、一体一体が大きい。二メートル程はあるだろうか。
手も足も胴も、大木かと思わんばかりの太さがあり、首などは不自然に盛り上がり過ぎた筋肉で繋がっているせいで、かなり不気味な外観をしている。
人工的に造られたアンデッドであると、先代勇者である老執事は言っていたが……確かに、自然に生まれたアンデッドとは明らかに違うということが一目見て理解出来る。
手足の大きさもまた均一ではなく、おかしなくらい手が大きかったり、足が大きかったりしており、その筋肉の厚さを利用して攻撃しているようだ。
一撃一撃で地面が大きく抉れ、エルフ達の造った建造物などが吹き飛んでいるのを見る限り、まともに食らいなんかすれば、そのまま冥土行きになってしまいそうだ。
ただ、最も厄介そうなのは攻撃力の高さではなく――彼らの、再生能力か。
見ると、攻撃を受け胴や腕などに深い斬り傷を作っても、数十秒後には開いた傷口がくっ付いて塞がっているのだ。
今も、頭部を斬り落とされ、バランスを失って地面に崩れ落ちたのにもかかわらず、ウネウネと傷口の筋肉が蠢いたかと思いきや、元あった場所に頭部が戻り、何事もなかったかのように立ち上がっている。
「シィちゃんが持っている、『再生』のスキルみたいな感じ……いや、可愛いシィちゃんとは、比べたくもない、ねっ!」
言葉尻と共に、エルフ達を襲っていた一体を聖剣で深く袈裟斬りにする。
すでに死体であるためか、血飛沫すら出ないものの、数歩よろける変異型アンデッド。
ただ、この一撃だけで仕留めきれるとはとても思えないため、ネルは同時にスキル――『武具創造』を発動する。
以前、ユキにもらったスキルスクロールで覚えた、固有スキルである。
相応の魔力を消費することで、頭に思い浮かべた武器や防具であれば、一定時間の間ほぼ何でも生み出すことの出来るものであるが……ポンポンと新しい武器を生み出せる自身の旦那とは違って、そこまで自分が想像力豊かではないことは自覚している。
故にネルが頭に思い浮かべたのは、すでに存在している見たことのある武器――ユキが作った武器の数々である。
瞬間、彼が半分お遊びで作った、だが馬鹿みたいな威力を持った武器のレプリカを数本生み出したネルは、変異型アンデッドの再生を開始した傷口へと向かって次々に打ち込んで行く。
鬱陶しそうにグオンと振るわれる剛腕を、相手の身体を蹴ることで跳んで回避し――。
「……なるほど」
見ると、胴に刻んだ傷口は回復し切ってしまったが、しかし打ち込んだ武器は体内に飲み込んだまま。
体内の異物を、排除しようとする動きも見られない。
――レミーロさんの言う通り、倒し切るのは難しいけれど、無力化する術は色々とあるようだね。
アンデッドに対する最も効果的は攻撃は『聖魔法』であるが、この変異型アンデッド達はある程度対処が施されているらしく、効き辛いという話だった。
故に、それ以外での撃破手段が求められる訳だが……頭を使えば、戦いようはあるということだろう。
敵の特性をある程度理解したネルは、『武具創造』で生み出した刺突系の武器、レイピアを二本両手に持つと、再度距離を詰め、横薙ぎに振るわれるラリアットを低く体勢を倒すことで回避。
そのまま敵の太い足の膝に突き刺し、股下を潜って抜けた後、背中を駆け上がって首を斬り落とす。
そして、その首の傷口にさらに生み出したレイピアを二本突き刺したのを最後に、ようやく彼女は距離を取る。
変異型アンデッドは……上手く、再生が出来ていない。
膝に刺したレイピアが動きを阻害し、そして首に縦に刺したレイピアが再生を邪魔しており、まるで壊れた魔道具のようにガクガクと動き続けている。
知能が低く、命令通りに動くことしか出来ないアンデッドでは、身体に刺さった武器を抜くという動作が出来ないのだ。
「ほう、『創造』系の魔法が使えるようになったのですか! いつの間に」
「えへへ、僕もそれなりに鍛錬を続けてまして――って、レミーロさん、倒し切るのは難しいんじゃなかったんですか……?」
剣を振りながら、老執事の方を見て呆れたようにそう溢すネル。
どうやったのかわからないが……老執事の足元に転がっているのは、全身が斬り刻まれ、再生する様子もなく倒れている変異型アンデッドの一体。
「再生が間に合う前に細切れにすれば、どうにか、といったところですな。ただ、それなりに魔力を消費してしまいますので、この数相手ですと、少々キツいものがあります」
「……相変わらずですね、レミーロさん。――あ、これ、飲んでください」
飄々とした様子で無茶苦茶なことを言う老執事に、少しだけ笑ってからネルは、ユキに貰っていた『収納』の魔法が発動出来る腰のポーチを開き、取り出した上級マナポーションを彼にポンと渡す。
「! 上級ポーションですか。よろしいのですか?」
「おにーさん――僕の夫に、たくさん持たされていますから、大丈夫です! カロッタさん、こっちお願いします!」
「うむ、任せろッ!」
関節にことごとくレイピアを突き刺し、完全に動かなくさせた変異型アンデッドの一体を人間の部隊の指揮をしていた女騎士の上司に任せると、ネルは次の敵へと向かって行く。
――戦況は、五分五分である。
第一防衛線であった森と里との境界線上は突破されたようだが、エルフ達の対応が早く、そこに魔族と自分達人間が加わったことで、拮抗を保つことには成功している。
ただ……それはつまり、裏返せば押し戻すことが出来ていないということである。
やはり、アンデッドの数が多いのが問題か。
動きこそ鈍重だが、再生能力があるが故にタフネスで、高い攻撃力を持っているために一対一ではなく一対多数で戦うことを余儀なくされており、全体的にかなりギリギリのところで抑えている様子だ。
「っ、危ない!」
魔力の高まりを感じたネルは、瞬時に結界魔法の一つ『獄の結界』を発動し、変異型アンデッドの一体をその中に閉じ込める。
次の瞬間、結界の中で爆発が発生し、土煙で内側が見えなくなる。
「助かったぞ、人間の!」
「やるじゃないか!」
彼女に助けられる形となった魔族とエルフの兵士達が、口々に礼を言う。
彼らに軽く手を挙げて応えてから、彼女は仲間達の方へと声を張り上げる。
「レミーロさん、カロッタさん、僕は爆発を抑えるのを優先します! 援護をお願い出来ますか!」
恐らくこの場では、自分はそうするのが最善だと思うのだ。
「よかろう! 先代勇者殿、我々はネルの右を抑える、貴殿は左を頼めるか!」
「了解しました!」
そして彼らは、敵の真っ只中に斬り込んで行った。
* * *
「ナフォラーゼちゃん、僕達は避難した方がいい。君も想像が付いているかもしれないが、敵には恐らく『時空間魔法』の使える者がいる。この数の敵が、森というエルフの得意フィールドで、君達に見つかることなく潜んでいた、というのは考えにくい」
魔界王フィナルの言葉に、エルフの女王ナフォラーゼは、険しい顔で答える。
「……やはり、そうであるか。となると、襲撃はこれで終わらん可能性もある訳か……この規模となると、儀式魔法でも完成させたかの?」
「可能性はあるね。魔法の長けた種を味方に付けたって情報は得ているから、そういうのが使える子達がいるのかもしれない。それに、彼らの攻撃がこれだけだとも思えない。初手で敵を混乱させ、二手目で本丸へと攻撃を仕掛けるというのは、悪魔族の子達がよく行う攻撃の手順だ。僕達がやられてしまっては、全てが終わる」
「ふむ……わかった。アーリシア国王、ヌシからは何かあるかや?」
「いや、私からは特には。少し情けない限りだが、私は軍事はほとんど部下に任せきりで、あまり詳しくない。お二人の指示に従おう」
彼らの言葉に、ナフォラーゼは一つコクリと頷き、口を開く。
「この大樹の下に、守護結界の張られた避難場所がある。外の守護結界が一度破られた以上、完全に安全であるとは言い難いが……余らはそちらに避難しよう」
それから彼らと護衛の者達は、「案内します、こちらに!」というエルフの兵士の案内の下、会議室の外の階段を降り始め――直後、彼らのいる大樹の壁が、爆発した。
実は、変異型アンデッドは書籍の方だと三巻辺りで登場してたり……(ボソ)。




