新人達の日常
「ふぅー……疲れたっす。もう、レフィ様ったらすぐムキになるんすから」
そう言いながらリューは、部屋のベッドへぽふっとメイド服のまま身体を預ける。
このベッドの感触は最高だ。柔らかく、身体を預けると沈み込んでいく。
今までは板と大差ないようなベッドで、朝起きた時に身体の節々が痛いことも多々あったのに、これで寝ると昨日の疲れは一発で吹き飛んでしまう。
「もうー、服がシワになりますよー?」
「あっ、それもそうっすね」
レイラに窘められ、リューはスルスルとメイド服を脱いでいく。
華奢だが、女性らしい曲線を描くしなやかな彼女の肢体が露わになる。
魔族と獣人族――そして亜人族は、現在良好な関係にある。
というのも、ともに人間から『人間の出来損ない』の異端として圧迫される立場にあり、そこで反目するとお互いが人間に滅ぼされてしまう可能性があるからだ。
森の民、エルフだけは隠された『森の秘術』を持っているため、人間も迂闊に手を出すと手痛いしっぺ返しを食らうと知っているのでどうにか相互不干渉で済んでいるが、それ以外の種族は人間の征服欲に晒され、もう長く、それこそ百年単位で闘争を繰り広げている。
状況は悪い。
魔族や獣人族、亜人族は、一人一人は人間よりも高い能力を持っているものの、しかしその絶対数で圧倒的に負けてしまっている。人間は一に対し十で、十に対し百で当たってくるのだ。
少しずつ少しずつ前線を押され、加えて彼らの持つ技術も日々進歩しているために、ここ数十年はずっと劣勢に立たされているとリューは聞いている。
そんな状況になれば、否が応でも同じ陣営に立っている者同士で手を組んで仲良くやる必要が出て来るというものだ。
「そういや今更っすけど、レイラは何でここにお世話になることにしたんすか?」
「それはもう、恩を――」
しれっとそんなことを言う彼女に、リューは主人に渡された可愛らしいデザインの寝間着を着ながら、ジト目を向ける。
「それ、建前っすよね。だって、レイラは羊角の一族でしょ?」
魔族や獣人族は種族数が非常に多いため、自身を表す際に出身部族の名を後に付ける風習がある。それは、一つのコミュニティ――共同体で、一つの氏族であると見なされているためだ。
リューの場合は、後ろのギロルがそれに当たる。
だが――そんな慣習がある中で、この少女は後ろの名を名乗らなかった。
それは偏に、羊角の一族と言えば一つしか指さない故である。
女系しかいない、彼女ら羊角の一族の特徴――それは、学者一門であること。
彼の一族は総じて好奇心旺盛で、故に興味を引いたものには寝食を忘れて没頭する研究肌の者達であると知られている。
魔族の中においてそのことは有名であり、リューが知っていたように一部の獣人族の中にすら浸透している程の常識なのだ。
まあ、そのことをあの御仁はわかっていなさそうだが。
「とっても感謝しているのは確かですよー?奴隷に落とされた時は、流石に私も人生を諦めそうになりましたしねー。ただ、力に陶酔して、脳みその足らない凶暴な魔王が多い中で、せっかく理知的で理性的なここの魔王様に会えたのですー。ならば、この機会に迷宮、ひいては魔王という種族について、探求しなければ勿体ないでしょうー?」
「そ、そうっすか」
いつもはのほほんとした同僚がぐいと拳を作り、気合のこもった眼をしているのを見て、リューは「あぁ、やっぱりこの子も羊角の一族なんすね……」と内心で苦笑を浮かべる。
「それで、何かわかったんすか?」
「いえ、今は魔王様が不思議な力を持っていて、そして面白い方ということしかわかりませんねー、あとは、妹君とレフィ様を大事に思っているということですかー」
「あぁ……まあご主人はそんな人っすよね」
あの人を一言で表すなら、『不思議』だ。
見たことも聞いたこともないような道具をまるで職人のように使いこなしたり、大規模魔法を使って平然としていたかと思えば、獣人の子供ですら知っている常識が皆無だったりする。
笑って、怒って、悲しんで。子供のように無邪気なその性格。まあ、その喜怒哀楽を見せているのは大概くだらないことでなのだが、その様子は見ていて清々しい。
それに――何故だか彼の近くは陽だまりのように居心地が良く、暖かな気分になってくるのだ。
まだ知り合ってそんな経っていないのに、そのような安心感を覚えてしまうことが、リューにとって一番の不思議だった。
まあそうじゃなくとも、ここではうるさく何かを言われることもないし、メイドと言っても名ばかりで、基本好きにさせてくれている。遊び相手を強要されることも多いが、やってるこっちとしても楽しいので問題はない。困ったことと言えば、負けず嫌いの御方に何度も勝負を挑まれることか。
それに、ご飯も美味しいし、気持ち良い温泉もあるし、寝床も最高だしで、これ以上ないぐらいの高待遇で働かせてもらっている。最近は姿を見せてくれないので少々残念だが、リューがここに置かせてもらいたいと思うきっかけとなったフェンリル様もいる。
実家の友人らに自慢したら、歯軋りして悔しがることは間違いない。
「ご主人だったら、別にそのこと隠さなくても怒ったりはしないんじゃないっすか?」
「確かにそうかもしれませんが、私はありのままの迷宮とその主についてが知りたいのですー。ならば、秘密にしておく方がいいかと思いましてー」
まあ、言いたいことはわかる。
誰しも、自分が知らず知らずの内に観察されていると知ったら、普段と全く同じように、とはいかないだろう。
「そういうリューはどうなんですー?ギロル氏族と言えば確か、ウォーウルフという種族全体での族長一族でしたよねー。それに、あそこはちょっと前に、族長の娘が家出したという話を聞きましたー。あなたもしかして、族長の――」
「うわぁっ!?そ、それは秘密っす!!」
リューは慌ててレイラの口を止めようと、両手をわたわたと振るう。
「フフ、別に言ったりはしませんよー。でも、私のことを喋ったりしたら、口が滑っちゃうかもしれませんー」
「わ、わかったっす!絶対に言わないっすから、ウチのも言っちゃダメっすよ!?」
同僚の焦りように、レイラは疑問を覚える。
「リューこそ、それはそこまでして隠したいことなんですかー?」
「だ、だって……は、恥ずかしいっすもん。こんなガサツな女が、その……族長の娘だなんて」
もじもじとしながらそう言うリューに、レイラはくすりと笑う。
「リューは十分女の子らしい、可愛い子だと思いますけどねー」
「なっ、か、可愛いだなんて……」
「さ、明日も早――くはありませんが、流石に魔王様より遅く起きるのは申し訳が立たないですからねー、もう寝ますよー」
そう言ってレイラは、腕を伸ばし部屋のランプを消した。
「うぅ、何かはぐらかされた気がするっすけど……おやすみっす」
「はい、おやすみなさいー」
リューが大規模魔法と言っているのは、ユキがダンジョンの機能で草原エリアを追加したことを言っています。




