三種族同盟会議
――全てが、一色に染め上がっていた。
それは、赤。
燃える森の赤。
燃える里の赤。
そして――燃える同胞の、赤。
ガクリと、膝から崩れ落ちる。
膨大な熱が肌を襲い、火が近付き、飛んでくる火の粉で自身が火傷を負っていることも気付かず、ただ茫然と眼前の光景を眺める。
何も考えられない。
思考が覚束ず、頭が上手く働かない。
グラグラと、視界が揺れる感覚。
平和で、美しく、自然と調和していた生まれ故郷。
それが……何故、どうして、燃えているのか。
「……シャイマ」
腕の中にあるのは、もう二度と動かない、人、だったもの。
心臓を一突きにされ、一目で致命傷であるということがわかる。
最初に覚えたのは、精神が、魂が崩壊しそうになる程の、深い深い悲しみ。
次に覚えたのは、血管が張り裂け、気が狂いそうになる程の怒り。
そして最後が――達観。
――これが、世界だ。
全ては、弱肉強食。
弱き者は強き者に食われ、その強き者は、またさらに強き者に食われるのだ。
故に、世界の不条理に食われたくなければ強くならねばならないと、昔から教わって生きてきたが……まさに、その通りだったということだろう。
――この不条理さこそが、世界だ。
やがて、沸々と胸の内に湧き上がってくるのは、反逆の意志。
世界に対する、どうしようもない理不尽に対する、反逆だ。
――平和のため。
きっとこの言葉の下に、数多の血が流され、数多の命が散ったことだろう。
この反逆の意志を貫けば、自身もまた、同じように数多の不幸を生み出すことになるかもしれない。
だが……それでも、やらねばならない。
死した同胞、死した親族のために。
死した、妻のために。
ただ一人、生き残ってしまった自分は、世界の不条理に憎しみを覚えた自分は、それを為すのが定めなのだ。
「……大きな望みを持てと、お前は言っていたな。俺にも一つ……それが出来たようだ」
赤毛の戦士は、瞳から一粒の涙を流し、腕の中に愛した妻の亡骸を抱いたまま、立ち上がった。
* * *
――エルフの里。
人間界と魔界の中間に位置する、周囲一帯が深い森に覆われているこの場所にて、現在三種族の者達が揃っていた。
一つが、この森の住人であるエルフ達。
一つが、魔界王フィナルの名の下に、他種族と着々と協力関係を築きつつある魔族達。
そして一つが、アーリシア国王を頭とした、人間達である。
「――やぁ、ようやく会えたね、アーリシア国王。君とこうしてお話が出来ることを、僕はとても嬉しく思うよ」
「えぇ、こちらもです。ようやくこの不毛な争いを終わらせられると思うと、肩の重荷が下りるような思いですよ」
そう言葉を交わしながら、彼らは固く握手をする。
魔界王フィナルはいつものようにニコニコと内心を窺わせない笑みを携え、アーリシア国王レイド=グローリオ=アーリシアもまた外交用の笑みを浮かべているが、しかし二人の言葉には、ただの世辞に留まらない強い気持ちが乗っていた。
と、二人の横に立っていた、エルフ族の実権を握っている女王、ナフォラーゼ=ファライエが口を開く。
「では、余がヌシらの仲介をさせてもらう。二人とも、まずは座ってくりゃれ」
彼女の言葉に、二人は用意されていた円卓の席に着く。
「それにしても……こう言っては少し失礼かもしれぬが、そうも若々しいとは思わなんだ。全く、他種族というのは羨ましい。貴殿はその容姿で、私よりも百五十近く上なのだろう?」
「ハハハ、それを言ったらナフォラーゼちゃんなんて、僕が生まれる前から――」
「魔界王、それより先を言うたら、ヌシの舌を引き千切るぞ」
「おっと……危ない。余計なことを言うのはやめておこうか」
そんな和やかな雰囲気の中で、会談は開始した。
広い会議室の端で、人間達の警護の一人としてこの場に参加していたネルは、一つホッと息を吐き出す。
「……この様子なら、上手く行きそうですね、レミーロさん」
「えぇ、魔界で長らく工作を続けた甲斐があるというものです。本当に……この光景を、どれだけ求めたことか」
そうネルに答えるのは、老執事――先代勇者である、レミーロ=ジルベルト。
他種族同士が理性的に会話を交わしている目の前の光景に、彼は嬉しそうに目を細めてから、ふと思い出したように隣の少女へと口を開いた。
「……そう言えば、話は変わりますがネルさん。あなた、ご結婚なされたそうですね。おめでとうございます」
「えっ、あ、ありがとうございます……もしかして、ロニアから?」
宮廷魔術師の友人の名を言うと、老執事はフフ、と笑って頷き、いたずらっぽい表情で言葉を続ける。
「私も魔界でお会いした、あの彼が夫であるようですね。ネルさんが毎日とても嬉しそうになさっているので、友人としても嬉しいが、延々と惚気話を聞かされて少々困っていると仰っていましたよ」
「い、いや、そんな、そこまで惚気ては……いなかったような、そうでもないような……」
後半声が小さくなる勇者の少女に、微笑ましそうに笑みを浮かべる老執事。
「フフフ、幸せであるのならば、何よりです。それが理由かはわかりませんが、ネルさんが精神的にとても強くなったと聞いています。やはり、環境の差というものは大きいのでしょう」
「……成長出来ているのなら、いいんですけどね」
彼の言葉に何とも言えなくなり、ネルはちょっと照れながらポリポリと頬を掻いた。
――と、そんなのんびりとした会話が交わされている横で、会議は本格的な話し合いへと移行していく。
「さて、本題に入ろう。君達のところとは、これからは仲良くやっていきたい。遺恨は、お互いあることは間違いない。だが、僕達の代でそれを断ち切ることは出来るはずだ」
「同感ですな。もはや、自国のみで一生を終える時代は終わりつつある。これからの時代、さらに他種族との交流は増えていくでしょう。狭い視野の中で生きるのは、終わりかと」
アーリシア国王の言葉に、魔界王はコクリと頷く。
「僕達の持つ価値観は全く違うものだ。けれど、だからと言ってわざわざ殺し合う必要もない。……そうだね、まずは停戦協定を結ぶとして、貿易から始めないか? ヒト種というのは案外皆現金だ、そこに利益があれば多少の価値観の差くらいは目を瞑るだろう」
「ふむ、もっともです。交流が増えれば、そこから互いの文化への理解も深まっていくのは自明の理。やがては、その者を種族ではなく『個人』として見ることが出来るようになり、わだかまりも無くなっていくでしょうな」
「貿易に関する話ならば、エルフも混ぜてもらおうかの。我らは外と関わりを持たんと、生活が著しく偏ってしまう」
「元々君達、狩猟民族だもんねぇ。いいね、こういうのは規模が大きくなればなる程いい」
それからしばし、貿易に関する話を詰めた後、アーリシア国王が口を開く。
「一つ、懸念を聞いていただきたい。我々人間は、貴殿らと比べ命が短い。私自身、五年後は王をやっていても、十年後に王をやっている自信はありません。出来る限り、根回しをしてから次代へと玉座を渡すつもりではあるが……確実なことは言えぬのです。故に、私が王である間に、停戦協定を破棄するよりは継続した方が断然利がある、という状況まで持っていきたい」
「なるほど……わかった。では、こうしよう。表向きは貿易関係のみを公表して、裏で幾度か合同軍事演習でもしようか。少し早計かもしれないけれど、関係強化にはやっぱり軍事から入るのがいい。それに、ここのところの情勢の悪さを見ても、早めに関係を強化することは悪くないからね。魔界も人間界も、大分荒れて来ている以上、味方が多いに越したことはない」
二人の言葉に、エルフ女王がやれやれといった様子で首を左右に振る。
「全く、ヌシらは争いごとが多過ぎる。我らエルフのように、もう少し安定した生活を送ってほしいものであるの」
「耳が痛いね。実際、僕の力が足りないから、魔界を安定させられていないということは確かだからさ」
「うむ……私の方もそうですな。なかなか、安定というのは難しい。是非、ナフォラーゼ殿からはその手法を学びたいものです」
「ほう、人間の割には見どころがあるの! いいぞ、余が是非とも民を纏めるコツを教えてやろう」
「あー、レイド君。彼女、こうなると長いよ」
それからも、濃密な会議は外が暗くなるまで続き――。
ちょい書き直すかも。




