決戦ごっこ
俺は、思った。
――あれ、なんか最近俺、全然魔王っぽくなくない? と。
ダンジョンに大した侵入者もなければ、城の防衛機能も全く使っていない。
興が乗って、アホ程整えた城の迎撃用トラップなど、まだ一つも使っていないのだ。
ちょくちょくダンジョン領域内の魔物を狩っていたりはするが、ヤツらは侵入者というよりただそこに住む野生生物で、言うならばヤツらを狩るのは迎撃ではなくただの狩猟である。
唯一やっている魔王っぽいことと言えば、俺の支配領域であるダンジョン領域をどんどん拡張しているということくらいだろうか。
いや、別に、だからと言って危険を求めている訳ではないのだ。
平和であることは何よりだし、それにウチの面々、特に幼女達の安全を脅かす訳にはいかない以上、今のままの生活で悪くはないのだ。
むしろ、充実していて日々幸せだと臆面もなく言い放つことが出来るだろう。
でも、こう……微妙に寂しいものがあるのも確かなのである。
だって、ねぇ。
真・玉座の間ではなく、俺の魔王城の方に造ってあるもう一つの玉座の間とか、もうただの通路になっているし。
多分、内装を作りに足を踏み入れて以来、一度も入っていない居館とかいっぱいあるし。もしかするとウチの幼女達が遊びに行っているかもしれないが。
今のままでは、マズい。
いや、全然マズくはないが、やっぱりもうちょっと、魔王っぽいことがしたい。
そこまで考えたところで、俺はふと思いついた。
そう言えば我が家には現在、俺が魔王として振る舞うのに、相応しい相手がいると――。
* * *
――我が、魔王城。
その、玉座の間。
「……来たか」
現れた侵入者を前に、俺は、ゆっくりと玉座から立ち上がる。
「待っていたぞ、勇者……聖剣の、担い手よ」
「とうとう辿り着いたよ、おにーさん――じゃなくて魔王! 今日で、悪逆非道の……ええっと、何だったけ」
「悪逆非道の限りを尽くし、世界を混沌と恐怖に陥れる」
「あ、そうだったね。……魔王! 今日で、悪逆非道の限りを尽くし、世界を混沌と恐怖に陥れるのはおしまいだよ!! 僕がここで、君を食い止めてみせるっ!!」
そう言って彼女は、腰に下げた美麗な彫刻の入った剣をシィン、と抜き放つ。
あ、ちなみにあの剣はネルのいつもの聖剣ではなく、俺が作ったもので、その名も『聖剣ヨク=ヒカール』。
魔力を込めるとよく光る。刃部分がプラスチックなので殺傷能力はない。
多分、懐中電灯代わりとして使うのが最も適した使用方法だろう。
「フハハハ、いいだろう、勇者よ。我が覇道を阻む者は、すべからく我が剣の錆にしてくれるわ!!」
高笑いし俺は、空間に亀裂を生み出すと、その中からおどろおどろしい紋様の走った黒の大剣を取り出す。
こちらもいつものエンこと罪焔ではなく、その名も『獄剣トテモ=ウク』。
以前レフィと行った空島でゲットした素材、『飛行石』が組み込まれているので、魔力を込めるととても浮く。
刃部分がスポンジなので殺傷能力はない。
こちらはもう、おもちゃとして以外の使い道はない。
ウチの幼女達、武器には興味ないから俺以外に使わないし。
エンは『種族:魔剣』な訳だから、そういう武器には興味ありそうなものだが、彼女は自らが俺の主武器だという自負があるため、他の武器に対抗意識を燃やすことがあっても然して物欲が働いたりとかはしないのだ。
――と、そんな感じで世界の命運を掛けた一大決戦を行っていると、多大な呆れを感じさせる声音が近くから聞こえてくる。
「……何をしておるんじゃ、お主らは」
いつの間にかそこにいたのは、レフィ。
「あ、レフィ。なんかおにーさんが、『魔王らしいことがしたい』って言うから、それに付き合ってるところ」
「……ネル、お主、疲れておるのじゃろう? この阿呆の相手なぞせずに、休んでおってもいいんじゃぞ?」
「えへへ、いいのいいの。こうしておにーさんの相手をしてると、僕も大分癒されるから。むしろ、こうしている方が休めるかも」
「そ、そうか……まあ、お主が良いのであれば別に構わぬが」
ニッコニコ顔のネルに、何とも言えない苦笑気味の表情を浮かべるレフィ。
「何だレフィ、お前も一緒に世界の命運を掛けた決戦がしたいのか? まあいいぞ、ならお前は魔王の悪の手下その一な。鳴き声は『ヒヒヒ、ヒヒヒ』だ」
「何じゃそのそこはかとなく気持ちの悪い鳴き声は。やらぬわ。……というか、鳴き声て」
あ、そう。
魔王の悪の手下っぽくていいと思うんだけど。
「……そもそもユキ、『魔王らしいことがしたい』って、そんなごっこ遊びで満足出来るのか?」
「超満足」
「…………」
そのままレフィは、何事かを言いたげに口元をもにょもにょさせ、去って行った。
いったい何をしに来たのだろうか、アイツは。
「それでおにーさん、この後はどうするの?」
「あぁ。俺、爆発して死ぬから、それを見て満身創痍のお前は『魔王……君は強かったよ。でもね、教えてあげる。悪が、最後まで栄えた例はないんだよ……』って捨てゼリフを吐いて、足を引き摺って片方の肩を押さえて去って行くんだ」
「え、ば、爆発? わ、わかった」
――そんな感じで、その日俺は、ネルと一日を過ごした。
すっごく楽しかったです。
* * *
翌日、早朝。
「それじゃあ、おにーさん。僕はもう行くよ」
「あぁ、気を付けてな。何かあったら、すぐに俺を呼ぶか、こっちに帰って来ていいからな。魔界の時みたいに、死ぬギリギリまで戦い続けるとかやめろよ」
「フフ、わかってるよ。僕はもう、死んでも生きたい理由があるからね。本当にマズくなったら、何が何でも生き残るために全力を尽くすさ」
「ん、ならいいんだ。近く、大規模遠征に参加するって話だし、十分気を付けてくれ」
「わかってるって。もう、おにーさんは心配性だなぁ」
そう笑ってネルは、俺と共に見送りに来ていたレフィ、リュー、レイラと言葉を交わし、最後にギュッと俺の身体に抱き着いて、ダンジョンを去って行った。
もうちょっと、長く一緒に過ごせればいいんだが……こればかりは、ネル自身がこうすると決めたことだ。
その覚悟に、俺が口を挟むのは野暮というものだろう。
だから俺は、ネルがその意思を貫き通して――いや、仮に貫き通すことが出来ずとも、我が家で暮らせるようになるその日まで、彼女のことを陰から支えて生きて行くとしよう。
「ユキ。彼奴のことは、お主が支えてやるんじゃぞ。彼奴の精神の主柱にあるのは、お主じゃ。儂らは近しい友人として共に生きることは出来ても、彼奴の生きる理由になることは出来んからの」
「あぁ……俺も今、支えられるように生きようって思ってた」
「代わりに、ご主人のことはウチらが支えてあげるっすから! それでみんながそれぞれ柱になって、一緒に寄りかかり合いながら、一つの『家』になるんす!」
「……リューよ。とても良いことを言っておるが、一つだけ言わせてもらうと、柱が寄りかかり合うとは、それはつまり斜めの柱ということじゃよな。倒壊寸前の家になってしまうぞ」
「おい、レフィ。言ってやるなよ。良いこと言ってくれてたのは確かなんだからさ」
「うふふ、なら私は、皆さんが倒れてしまわれないよう、つっかえ棒のような柱を目指しますねー」
俺達は、顔を真っ赤にするリューをからかいながら、真・玉座の間に帰って行った。
――この後、ネルの参加する大規模遠征には、俺も大きく関わることになる。




