魔王一家の朝
「おにいちゃん、朝ですよー!」
「ん、んん……あぁ、今起きる、今起きるぞー」
肩をゆさゆさと揺すられ、夢現だった俺の意識が急速に浮上していく。
俺は、ゆっくりと身体を起こし――と、そこでようやく、俺の顔を覗き込んでいるのがイルーナだということに気が付く。
そうだ、俺、旅館の方で寝たんだった。
隣の部屋に布団敷いて、レフィと寝てたんだった。
「イルーナ、風邪は? 起き上がって平気なのか?」
「うん! あのね、多分大丈夫だと思う!」
イルーナの額に手を当ててみると……お、熱は下がってるな。
「喉が痛かったり、頭痛かったりは大丈夫か?」
「うん、大丈夫! とっても元気! だからね、レイラおねえちゃんの病気の時のお料理もおいしいんだけど、ふつーのお料理が食べたい!」
「ハハ、それだけ食欲があるなら大丈夫そうだな。わかったわかった、今日の夜はイルーナが好きなものにしようか」
「ドリア! ドリアがいい! あ、でもハンバーグも!」
「うむ、両方とも検討しよう」
本当に元気になったようで、大喜びで両手をバンザイさせるイルーナの頭をポンポンと撫で――と、真・玉座の間に通じる扉から、レフィとリューが現れる。
二人とも、先に起きてたのか。
リューはいつも早起きだからわかるが、レフィより起きるのが遅かったのは……流石に、龍の里に行って疲れていたのかもな。
レフィ、スタミナに関して言うと無尽蔵だからなぁ。
「む、起きたか、二人とも。イルーナ、熱はどうじゃ?」
「イルーナちゃん、調子はどうっすか?」
「良くなった! 心配してくれてありがと!」
「平熱には戻ったから、多分大丈夫だ。――あ、けどイルーナ、またぶり返してもいけないから、今日は家でゆっくりしてるんだぞ?」
「はーい!」
元気良く返事をするイルーナを見て、レフィとリューは大丈夫そうだと判断したのか、安心したように微笑みを浮かべる。
「そうか、ならばよい。他の者達にも顔を見せてやるとよい」
「シィちゃんとか、すっごく心配してたっすからね、元気になった様子を見せてあげればとっても喜ぶと思うっすよ!」
「わかった!」
そのままトトト、と駆けて行こうとするイルーナを、しかしレフィは止める。
「これ、イルーナ。先に布団を畳むんじゃ」
「あ、はーい!」
「ユキ、お主もじゃぞ」
「へいへい」
うんしょ、うんしょとイルーナが言われた通り布団を畳み始める横で、俺は旅館の縁側の窓を開けて換気し、同じように自身の布団を畳む。
――ちょっと、ニヤニヤしながら。
「いやぁ、なんか、感慨深いものがあるな。リュー、お前ならわかってくれるんじゃないか?」
「そうっすねぇ……ご主人の言いたいことなら、多分わかるっすよ」
「む、何じゃ?」
「「まさかレフィ(様)が、『布団を畳め』と言うようになるとは……」」
「なっ、お主ら……!」
声を揃えてそう言うと、愕然とした表情を浮かべるレフィ。
「あぁ、レフィおねえちゃん、お布団の上でグータラすることが多かったから、なかなかお片付けしなかったもんね!」
「くっ、イルーナまで……いいじゃろう、わかった! 儂かて童女どもの保護者! 今日から、早寝早起きを心掛けると誓おうではないか!」
「ホントかぁ? そう言いつつ、結局夜更かしするんだろ?」
「フン、儂は清く正しい生活をすると誓ったのじゃ。今日からお主は、夜眠れずに遊び相手が欲しくとも、一人寂しく過ごすことになるのじゃ! 残念じゃったな!」
「そうか、清く正しい生活か。なら、余分な栄養である菓子は今日から無しでいいってことだな」
「……い、いや、待て、ユキ。勘違いするでないぞ。菓子は……そう、菓子は確かに栄養としては余計なものかもしれぬが、しかし日々の疲れを癒し、精神を慰撫するもの故、間違いなく必要なものじゃ! それに、菓子を無くすと言うたら、童女達が悲しむでな! 保護者として、童女達の悲しむことをする訳にはいかんぞ!」
「おう、随分いっぱい喋るな」
「レフィ様、こういう時よく口が回るっすよねぇ……」
そう冗談を言い合いながら布団を畳み終えた俺達は、扉を潜って真・玉座の間へと向かう。
と、いつもの生活空間から、漂う良い匂い。
すでに朝食の用意を済ませてくれていたようで、トーストにベーコンエッグ、ブロッコリーがそれぞれの分の皿によそわれており、その隣に置かれたカップには湯気を立たせるコーンスープが注がれている。
よくある朝食だが、それ故にとても美味そうだ。
「あら、おはようございますー。イルーナちゃん、お加減はどうですかー?」
「イルーナ! げんきになっタ?」
「……風邪、良くなった?」
「元気になったよ! 心配してくれてありがとう、みんな!」
「よし、朝飯にすんぞー。イルーナは元気になったかもしれんが、しっかり食べて栄養付けて、ぶり返さないようにしないとな」
そうして全員がテーブルの椅子につき、「いただきます」をして朝飯を食べ始め、少し経った時――ボワリと、真・玉座の間の一角の空間が揺らぎ始める。
「ただいまー!」
空間の揺らぎから現れたのは、ネル。
「あ! ネルおねえちゃんだ! おかえり!」
ネルの姿を見て、まずイルーナが声をあげ、それから他のダンジョンの面々がそれぞれ彼女に「おかえり」を言う。
「おかえり、ネル! 結局、休みを貰えたのか?」
彼女とは『通信玉・改』を使ってよく連絡を取っているので、もしかしたら帰って来れるかもしれないとは聞いていたが……。
俺が問い掛けると、コクリと頷くネル。
「うん、ちょっとだけね! でも、あんまり長くはないから、明日の朝には帰るよ。――それで、イルーナちゃん、風邪引いたっておにーさんから聞いたけど……その様子だと、もう大丈夫なのかな?」
「うん、治った!」
「そっかそっか、なら良かった」
と、トーストをモグモグしていたレフィがゴクリと飲み込み、ネルに問い掛ける。
「ネルよ、朝食は?」
「まだ食べてない。残り物があったら貰おうかと思ってたけど……あ、大丈夫だよ、無くても自分で用意するから」
「いや、お主が帰って来るかもしれんと聞いて、一応用意してある。お主は座って待っておれ、その様子じゃと昨日も遅かったんじゃろうし、まだ疲れが残っとるじゃろ」
「あ……もしかして、くまでもある? 実は昨日も夜遅くて……ありがと、レフィ」
あはは……と頬を掻きながらレフィにそう言うネル。
「そんなに今忙しいのか?」
「うん、実は少し先に大きな規模の遠征計画があってね。今回お休みを貰えたのも、その前に英気を養えってことだと思う」
「そうか……なら、しっかり英気を養ってもらわないとな!」
「ネルおねえちゃん、ゆっくりするの? なら、わたしがいっぱいおもてなししてあげる! あのね、今回みんなにいっぱい心配してもらって、いっぱいありがとうって気持ちになったから、今度はわたしが他の人にお返ししたいの!」
「本当? 嬉しいなぁ。なら、期待しちゃおっかな?」
「期待してて!」
フフ、と笑い、ネルは椅子に座った。
――そして、今日が始まる。




