最古の王
龍歴に名を刻む際の仕様を、「名前を念じる」から「ステータスから名を読み取る」に変更しました。
「うん? うううん?」
龍歴へ刻まれた文字を前に、俺はえっ、と動きを止める。
「カカカ! ユキ=マオウて、お主どれだけ自らが魔王であることを自負しておるんじゃ。今度から魔王ユキ=マオウと名乗るのか?」
刻まれた文字を見て、愉快そうに笑い声をあげるレフィ。
「い、いや、俺も魔王ってのは気に入ってるけど、別にそんなつもりじゃ……な、なぁ、ローダナス、これどうにかなんないのか?」
『そこに刻まれてしまった以上はどうしようもないのう』
えぇ……マジかぁ。
いや、そうだろうとは思ったけどさぁ。
「クックッ、ま、良いのではないか? 家名があった方が威厳を感じられるじゃろう。よし、今日から儂は『レフィシオス=マオウ』とでも名乗ることにするかの」
「そ、それだったらそれで、もっとちゃんとしたものを考えたかったんだが……お前、魔王じゃないしさ」
「じゃが、魔王であるお主の嫁じゃ。うむ、覇龍レフィシオス=マオウ……中々良いの」
何故か存外に気に入ったらしいレフィが、そう言って満足そうに一つ頷く。
「……罪焔=マオウ。いい」
と、擬人化はしていたものの、ここまで俺達と手を繋いで大人しくしていたエンもまた、満足そうな様子で呟く。
……あの、何で君達、そんな気に入っている感じなんですかね。
それだったら俺、まだ前世の苗字の方が――いや……もう、前世の名前は関係ないか。
俺は、『ユキ』だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
『ふむ……お前さんのような例は、過去にも一度あった。恐らくは同じ現象であろう』
俺達の様子を微笑ましそうに見ていたローダナスが、再び龍歴の方に顔を向けながらそう言う。
「え? 勝手に違う名前を刻まれたってことか?」
『そうだ。龍歴の中段辺りを見てみよ。ここだ、ここ』
彼が太い前脚で指差した先に、視線を滑らす。
「ええっと……あぁ、その三節の名前か。『ラルレン=フェルガーダ=ヒュマノ』、か?」
『うむ。この龍王もまた、お主と同じヒト種――人間の龍王だ』
「へぇ、人間の」
ヒト種の中でも、人間が龍王になったことがあったのか。
それは……すごいな。
『第六十七代龍王、ラルレン=フェルガーダ=ヒュマノ。ヒュマノとは、古の人間の呼び名である。遥か昔、この者は龍と心を通わせ、戦乱の世を戦い抜き、果ては龍王にまで至ったそうだ』
「ふむ……儂も、老骨どもの昔話で聞いたことがあるの。確か、人間達の最古の王であったか」
「最古の王……」
レフィはこくりと頷き、自身もまた思い出すようにしながら言葉を続ける。
「その頃、人間は他種族よりも圧倒的に弱い、虐げられる種であったと聞いておる。今より世界的に魔素が濃く、魔物が強かったせいで、他種族に比べ魔素への順応性が低い人間は、絶滅寸前であったと」
……わからない話でもないな。
現在人間は、他種族よりも頭一つ抜けた勢力を誇っており、今も場所によっては魔族や獣人族を相手に、バリバリ戦争を行っていると聞いている。
亜人族とは比較的交流が多いそうだが、それでも小競り合いは絶えないという話だ。
そんな、割と好き勝手やっているイメージの人間だが――彼らは、種として言えば、弱い。
豊富な魔力や、強靭な肉体を持っていたりする亜人族。
獣の特質を持ち、素の肉体能力が高い獣人族。
これ、といった特徴を挙げることが出来ない程、多種多様な能力を持つ魔族。
それら他のヒト種に比べ、人間は特筆して肉体が強靭な訳でもなければ、魔力が豊富な訳でもない、一段劣った身体能力しか有していないのだ。
ネルのような例外も、中にはいる。
だが、あくまでそれは、例外である。
今より技術もなく、種としての絶対数が少なかったであろう古代では、その身体能力の差が顕著に表れていたのだろう。
……人間が他種族と長い長い戦争を続けている理由ってのは、遡ればその辺りにあるのかもしれない。
『だが、人間は滅びなかった。一人の人間が、智謀を以て仲間達を纏め上げ、武を以て脅威と戦い、安寧の地を築き上げたからだ。その人間の傍らには、常に一匹の龍が寄り添い、共に生きたという。ちょうど、今のお前さん達のようにな』
……もしかしたら、ソイツも転生者だったり、とかな。
俺という異世界人がいる以上、同じような転生者が存在することは、ありえなくはないだろう。
その転生者らが、地球出身かはわからないけどな。
多分、世界の『距離』というものは、そんなに遠くないのではないだろうか。
前世においても、神隠しなんて言葉があったくらいだ。地球で発生していた行方不明者の内、何人かが異世界に飛んでいたとしても、考えられないことではないだろう。
「――って、そんなすげー人間がいたことはわかったけど、それとこの龍歴と、何の関係があるんだ?」
『つまり、龍族でない者が龍王の地位に就くことは、長い龍の歴史を見ても二例しかないということだ。元々龍歴は、龍のために造られたもの。故にそれ以外の種族の者の名を刻む際は、その偉業を記すべく、種族名もまた刻まれる仕様になっている、と聞いておる。この龍歴もまた、儂らからしても途方もなく昔に造られたものである故、詳しいことはわからぬがな』
「……なるほどな。じゃあこれは、家名というよりは種族名を表している訳か」
「別に、家名にしてしまっても良いと思うがのう……というか、今更じゃがお主、龍語も読めるのじゃな。お主が持つ『言語翻訳』のスキルによるものか?」
「ん、あぁ……多分そうだな」
確かに龍族の文字、当たり前のように読めたな、俺。
今まであまり気にしたことはなかったが……転生した時から持っている『言語翻訳』の固有スキル。
これはこれで、なかったら相当に大変だったろうなぁ。
初めのレフィとの遭遇時に、俺がこのスキルを持っていなかったら、普通にぶっ殺されていたかもしれない。
「言葉が通じるって大切なことだよなぁ……俺、お前とこうして、話が出来てよかったと心底思うよ。そうじゃなかったら、愛も囁けないしな!」
「な、何じゃ急に! やめんか、外でそういうことを言うのは」
「じゃあ、家でならいいんだな? やったぜ」
「…………」
ちょっと顔を赤くしたレフィが、照れ隠しからか、無言でパシンと俺の肩を軽く叩く。可愛い。
「……主。今日からエン、『罪焔=マオウ』って名乗ってもいい?」
「え? あ、あぁ、いいけどよ。それじゃあ、エンも魔王みたいになっちまうぞ?」
「……ん。かっこいいから、今日からエンも魔王になる。一緒に主と魔王する」
「う、うーん、そうか。それなら、一緒に魔王するか」
「……ん」
一緒に魔王するとは何なのだろうと思わなくもないが、エンがとても嬉しそうにしているので、良しということにしておこう。
『フフフフ、お前さん達は、本当に仲が良いのう』
そんな俺達を見て、ローダナスは愉快そうに笑った。
* * *
――禁域を後にし、里の広場だという広い空間。
『ほうほう……このヒト種が、新たな龍王とな』
『それも、魔王か。長生きはしてみるものか』
『同感である。それなりに世界を見てきたつもりではあるが、これはまた珍しいこともあったものである』
物珍しそうな様子で俺のことをまじまじと見詰める、多くの龍達。
近くからこちらを覗き込むように見ている者もいれば、遠巻きに様子を窺っている者もいる。
こうして見ていると、龍の一体一体に結構違いがあることがよくわかる。
若い龍か、老いた龍か。
雄か、雌か。
鱗の色艶、肉体の大きさ、牙の長さ、角の形状などから、それなりに判別がつくのだ。
……だがまあ、やっぱり、レフィが一番綺麗な龍だな。
龍形態の時のレフィからは、神々しさすら感じられたが、ここの龍達からはそれを感じられない。
圧倒的な強さは感じられるが。
「えー、俺が百三十二代目龍王、ユキだ。どうぞよろしく」
彼らの放つ圧力の強さに、俺は若干引き攣った笑みを浮かべながら挨拶する。
『うむ、よろしくのう、新龍王。――これは、時代の移り目かの』
『番がレフィシオスならば、新龍王は数千年は安泰か』
『新たな英雄の誕生だな。面白いものである』
そんなことを、口々に言う龍達。
「英雄ねぇ。つっても俺、アンタらの足元にも及ばない強さしかないけど……」
『いやいや、レフィシオスというじゃじゃ馬を乗りこなしているだけでも、十分英雄と言えるであろう。我らの誰も、そこな覇龍には逆らえんからのう』
『そうだな、いつかレフィシオスが暴れた時など、里が半壊したものよ』
「おいお主ら、いらんことを言うとまとめて灰にするぞ」
不機嫌そうにフンとレフィが鼻を鳴らすと、多分龍の中で若い連中がビクッと身体を縮こませ、逆に年寄連中はからからと愉快そうに笑う。
『おぉ、怖や怖や。また此奴に暴れられても敵わん、今度こそ里が崩壊してしまうぞ』
『クカカ、長い生の中であそこまで傷を負ったのは生まれて初めてだった。全く、とんだおてんば娘よ』
「よしユキ、用も済んだしさっさと帰るぞ。これ以上ここの阿呆どもに付き合うくらいならば、さっさとダンジョンに帰った方が余程マシじゃ」
龍達に揶揄われ、ぶすっとするレフィに苦笑を溢していると、まあまあと取り成すようにローダナスが口を挟む。
『レフィシオスよ、とりあえず一泊はしていけ。お前さん達も、そのつもりでここに来たのであろう?』
「ま、そうだな。もうちょっと、話を聞いてみたい気はするかな。レフィの過去とか」
「……ん。お姉ちゃんの話、聞いてみたい」
俺とエンが揃って言うと、我が嫁さんはなお不機嫌そうなまま、口を開く。
「……フン、仕方がないの。じゃが、長居はせんからな!」




