狂い獣《2》
すいません、師走らしくリアルの方がちょいゴタゴタしてまして、投稿が遅れてしまいました。
本日から通常投稿に戻ります!
前回のあらすじ:魔境の森に、クトゥルフの邪神が出現。人々は発狂し、目から血の涙を流し、腸が捩子切れ、死屍累々の地獄がこの世に顕現する。全て崩壊した世界でユキは、愛する者達を守るため、邪神とその配下となった死人達に対し、壮絶な戦いを開始するのだった……。
撤退した俺達が急いでやってきたのは、魔境の森の南エリア、その一番端っこの人間の街までもう少しという場所。
「ヤタッ!! 状況は!?」
迎撃準備を急ピッチで進めながらそう問い掛けると、偵察を行っているヤタから『遠話』で返事が戻ってくる。
――変わらず、邪神野郎は人間の街、つまりこちらに向かっていると。
俺が放った精霊魔法と、道中の哀れな魔物達が犠牲になることで、少しは時間を稼げているらしいものの、ヤタの見立てでは残り三十分もせずこちらに到達するそうだ。
迎撃準備を続けながらチラリとだけマップを確認すると、確かにそれぐらいの位置にいやがる。
これで、俺の策が不発になることはなくなった訳だが……ヤツがこっちに来ないなら来ないで、別に良かったのだ。
俺の目的は、ネルに無茶な討伐依頼が行かないようにすることなのだから。
……やはり、やるしかないか。
覚悟を決めていると、ふと俺の隣から、呑気な声が聞こえてくる。
「ふむ、なるほどの。確かに強い魔物の気配があるな」
「…………あの、レフィさん。いつの間にそこに?」
いつの間にか隣に立っていたレフィに対し、思わず唖然と問い掛けると、彼女は飄々とした様子で答える。
「いや何、お主の支配領域に、何か強い魔物の気配を感じたのでな。これは何かあったのやもしれんと、念のための」
……正直、非常に心強い。
まだ応援要請をするつもりはなかったが……今俺達がいる場所をヤツに突破されると、人間の街には一時間もせず到達されてしまうだろう。
この策が失敗した時のことを考え、一応彼女にもいてもらおうかと思っていたところなのだ。
「……レフィ、お前が来てくれたのは本当に嬉しいんだが――」
「わかっておる。儂は手出しするな、じゃろう? 元よりそのつもりじゃ。……じゃが、お主の手に負えなくなったら、いつでも泣きつけ。大きい子供であるお主の保護者として、しかと行動の責任は取ってやるでの」
俺の言いたいことを完全に理解し、おどけるようにそう言うレフィ。
……いつもはどうしようもなくグータラなくせに、相変わらずこういう非常時には、すげー頼りになる女だ。
「……あぁ、そん時は是非手を貸してもらおうかな。けど、ま、今は見てろ。いつまでも俺が、強者を相手にする時、お前におんぶにだっこじゃないということを教えてやるぜ!」
「カカ、そうか。ならばお主がどのように成長したのか、見せてもらおうかの」
内心で感じていた焦りが、レフィと言葉を交わしているだけで、だんだんと落ち着き始める。
何でも出来るんじゃないかと、そんな気さえしてくる。
俺は、彼女が隣にいる心強さに、内心で感謝しながら迎撃準備を進めていった。
* * *
「――来たか!」
それからすぐに、森の奥からのそりと姿を現す、気持ち悪い邪神野郎。
道中の魔物でも食らってきたのか、口から血を垂らし、クチャクチャと何かを咀嚼しながらこちらへと近付いてくる。
俺が放った精霊魔法の疑似生命体達は、すでに全員通常の精霊に戻ってしまったようで、姿がなくなっている。
「行儀の悪いヤツめ……お前ら! あの邪神野郎にマナーを叩き込んでやるぞッ!!」
俺の言葉に、我がペット達が気合の入った鳴き声をあげる。
邪神野郎は、俺達の姿を見ても何の反応も示さず、ただ己が道を行くと言わんばかりにこちらへと向かって来る。
……レフィがいるのに、怯む様子すら見せない。
やはりヤツは、頭がどこか、おかしくなっているのだろう。
いや、それはあの外見を見れば一発でわかることか。
「オラッ、そのままこっちに来いよ気色悪いバケモンが!! その触手とか身体とか、見てるだけで怖気が走るんだよ!! 吐き気がするからホントにやめてくれ!!」
「挑発というか、大分お主の懇願が入っておるの」
レフィ達がいる場所より少し前に出ている俺は、ヤツを挑発しながら水龍の魔法を放ち、攻撃を加える。
邪神野郎は、俺の魔法を避けようともせず真っ正面から水龍に食われ、だが全くダメージを受けた様子もなく、まるで条件反射のように俺に向かって闇魔法で反撃。
ヤツの闇魔法は食らったらひとたまりもないので、俺は死に物狂いで空中へと飛んで逃げながら、尚も攻撃を止めることなく水龍を放ち続ける。
邪神野郎は、釣られて俺の方を見上げ――瞬間、俺は、ダンジョンの罠を起動した。
同時、ヤツの立っていた地面が消失。
そこに出現したのは、バックリと口を開けた、半径五十メートル程の落とし穴。
物理法則に従い、邪神野郎は落下を開始。
「やれッ!!」
我がペット達は俺が合図をするや否や動き出し、準備した土砂を穴へと流し込み始める。
オロチとセイミは毒が使えるので、ヤツに効くのかどうかはわからないが、土砂に全力で毒を混ぜ込んでいる。
飛んでいる俺もまた、穴の真上から、アイテムボックスに限界まで詰め込んだ土砂をドバドバと、さながら滝の如く流し込んでいく。
一緒に、予め生み出しておいた数匹の土龍もその穴の中に向かわせ、大盤振る舞いだ。
――俺が考えた迎撃作戦、その名も『おいでませ、地底世界~テメェなんか怖かねぇ! 野郎ぶっ殺ッシャアアア~』。
地下一キロ程の深さの落とし穴を掘って邪神野郎をそこに落とし、上から土砂やら何やらを流し込んで、埋める作戦だ。
俺達の攻撃じゃ、邪神野郎には全くダメージが入らないことはこれまでの戦闘でよくわかっていた。
故に、ヤツを倒すには、俺達以外の攻撃手段が必要だと俺は考えたのだが……。
そうして邪神野郎を観察していた時、ヤツには皮膚が全く存在せず内臓がほぼ見えていたため、肺が動いているのがよく確認出来た。
つまり、異形の怪物であっても、呼吸をしていたのだ。
ならばと俺が狙ったのは、窒息である。
呼吸をする生物である以上、息が出来なくなったら、死ぬだろうと。
迎撃準備でしていたのは、ほぼこの穴掘りだ。
ダンジョンの落とし穴を何重にも何重にもここに設置し、加えて自分達でも掘っていたのだが、出来るだけ深く掘りたかったため完成はほぼギリギリだった。
これで間に合わなかったらお笑い種だったな。いや、全然笑えないけど。
「フーハハハ!! 落ちろアホめ――あ、落ちろカトンボ!!」
「何故わざわざ言い直したんじゃ」
俺達全員でどんどんと土を流し込んでいくことによって、数十秒程で大穴が埋まり――。
「『硬化』!」
さらにそこに、ヤツが地底世界から出て来られないよう、ダンジョンを保護する機能の一つである『硬化』を半径一キロ程に使用する。
これで、俺のやれることは全部だ。
ここまでやってダメだったら……大人しくレフィに助けを求めよう。
と、地面の下でボンと何かが爆発するような音。
次に、ガガガ、と連続で地面が削れるような振動がここまで伝わってくる。
邪神野郎が、土の下で暴れているのだろう。
緊張しながら、どんな状況になろうとも対応出来るよう身構え続け――やがて、何の音もしなくなる。
所持DPの値を確認してみると、少し前と比べ、額がべらぼうに増えていた。
ヤツは無事、土の肥やしになったようだ。
「ふぅぅ……何とかなったか。ヤツが翼持ちじゃなくて助かったな」
安堵から、詰めていた息を大きく吐き出す。
魔境の森の魔物だし、何かしら対処して這い上がってくる可能性も考えていたのだが……そのまま死んでくれたか。
やっぱり、ダンジョンの力は強いな……俺が魔王じゃなく、普通の戦士とかだったら、ヤツには勝てなかっただろうな。
ありがとう、ダンジョン。ありがとう、魔王の身体。
「ほー、やるのう。てっきり、儂に泣きついてくる結果になるかと思うたのに」
「フフフ、見たかレフィよ。ダンジョンの力があれば、あんな獣、俺の敵ではないのだよ。もうお前の力を借りる日は来ないかもしれんなぁ」
「そうか、では次からはお主を信じて、何が出て来ても儂はのほほんと菓子でも食っていようかの」
「すいません嘘です。やっぱりお前の力を借りたい日も来るかもしれないので、どうしようもなくなったらご助力の程、お願いします」
「素直なのはいいことじゃと思うが、お主は折れるまでが早いのう……」
呆れたように笑い……と、レフィは突然、上空へチラリと目をやる。
「? どうした?」
「……此奴の方は問題ないか。いや何でもない。それでは、儂は城に戻るとしよう。お主はどうする?」
「俺は後片付けしてから帰るよ。夕飯前には帰るつもりだけど、もしかすると遅くなるかもしれんから、俺が時間までに戻って来なかったら先に皆で食っててくれ」
「うむ、わかった。伝えておこう」
そう返事をして彼女は、飛んで我が家の方へと帰って行った。
「よし、そんじゃあもうひと頑張りするかな。お前ら、もうちょっとだけ手伝ってくれよ。あの邪神野郎が荒らしたところをどうにかしないとな」
俺の言葉に、我がペット達がそれぞれ返事をし――その時、ヤタが俺に、上空からこちらに近付く影が一つあると、報告を送ってくる。
すぐにマップを開いて確認してみると……む、確かに敵性反応が一つある。
邪神野郎の位置を確認するため、さっきまでは開きっぱなしにしておいたのだが、そのせいで気付けなかったのだろう。
また侵入者か、と思ったのだが、その敵性反応はすでに俺の索敵スキルの効果範囲内にいるのに、そちらに反応がない。
索敵スキルは対象の敵意を感知して反応するスキルであるため、これに反応がないということは、相手がこちらに対して敵対意思を持っていないということだ。
そして、この反応は……。
少しその場で待っていると、やがて肉眼で確認出来るところまでヤタが気付いた影が降りてくる。
『あの獣を狩るか……流石だな、覇龍の婿殿よ』
それは、一匹の龍だった。




