滝温泉
「ふー……気持ち良いな」
ちょっと前にネルがガチャで出した『滝温泉』、秘湯と言えるだけの様々な効果があるからか、非常に気持ちがいい。
身体の奥からじわじわと込み上がって来るものがあり、もう一時間でも二時間でも入っていられそうだ。
いやー、自宅に無限に湧き出る湯があることの嬉しさよ。
しかも浸かっているだけで、HPもMPも伸びる訳だし、最高だ。
ネル、本当にいいものを出してくれたぜ。
「おにいちゃんおにいちゃん! 見て見て、タコさん!」
「はは、本当だ。レフィに見せたら嫌がりそうだな」
湯舟に浮かべたタオルで両手で束ね、プクリと丸く浮かばせるイルーナに、俺は笑ってそう答える。
「タコさん、とってもおいしいのに、おねえちゃんは何であんなイヤそーな顔するんだろうね?」
「アイツ、触手とかそういう系、気持ち悪くてダメだって前に言ってたからなぁ。多分それでタコもダメなんだろうさ」
わからなくもないがな。前世でも、日本人は普通にタコ食うけど、海外だと気持ち悪がられるってのは、結構有名な話だ。
それに、レフィも俺と同じく、足多い系とかフォルムが気持ち悪い魔物なんかには、多大な拒否感と嫌悪感を示すタイプだし。
ネルやリュー、特にレイラなんかは、そういうの全然気にした様子もないんだけれど。幼女組も、子供の無邪気さ故か、平気でゲジゲジみたいな虫とか掴み上げたりする。
こっちの世界の住人、逞し過ぎなんだよなぁ……。
「しょくしゅって、ウネウネ?」
「そう、ウネウネ」
指をウネウネさせるイルーナに、俺もまたウネウネさせてそう答える。
「シィもデきるよ、ウネウネ!」
そう言って、湯の中で半分ぐらいでろーんとしていたシィは、自身の身体を変化させて数本の触手を生やす。
「わぁ、ほんとだ! ウネウネ!」
「ウネウネ~」
シィが生やした触手をイルーナがツンツンしていじり、それにシィが喜んで反応し、イルーナの周囲で自身の触手をウネウネさせる。
かつてこれ程までに、ウネウネという単語でこんな可愛い光景が繰り広げられたことがあっただろうか。いや、ない。反語。
「――って、エン、そこ、熱くないか?」
「エンちゃん、あつそー!」
「アつあつー?」
「……滝行だから、大丈夫」
「お、おう、そうか」
滝温泉の、滝の部分で流れる湯に打たれていたエンの答えに、俺は苦笑を浮かべて相槌を打つ。
……滝行って言葉、いったいどこで彼女は覚えたのだろうか。
ウチの不思議ちゃんチャンピョンはシィだと思っていたが、最近はエンも大分不思議ちゃんである。
のぼせないように気を付けてね。
と、そうして幼女達に和んでいると、脱衣所のある旅館の方から、こちらに近付く足音が一つ。
足音の主は――レフィ。
「あ、あぁ、お前か。あれ、レフィ、バーベキューの方の片づけしてたんじゃないのか?」
いつも片付けは全員でやっているのだが、今回に関しては炭の処理などがあって少々危険であるため、幼女組は先に風呂へ行かせ、大人組は後片付けという風に分かれた。
俺も片付けをするつもりだったのだが、幼女達に手を引かれて断り切れず、こうして彼女らと共に風呂に入っている。
なのでレフィは、今は船の方で片づけをしていたはずだが……。
「彼奴ら、儂が炭や生ごみを灰も残らず燃やし尽くそうとしたら、何故かわからんが慌てて止めてきよって、後はこっちでやるから先に風呂に入って来いと言われての。全く、儂が火加減を間違えるとでも思っておったんじゃろうか」
滝温泉に併設しておいたシャワーの方で身体を流しながら、答えるレフィ。
……なるほど、厄介払いされた訳ですね、わかります。
彼女らの判断は的確だったと、俺は支持を表明したい。せっかくゲットした幽霊船ダンジョンを、レフィのうっかりで燃やされたら敵わん。
「それよりユキ、儂の頭を洗え」
「へいへい、そう言うと思ったよ」
自身が座っているものとは別に、もう一つ用意した風呂椅子をぺしぺしと叩くレフィにそう促され、俺は湯の中を立ち上がり、彼女のすぐ後ろに座る。
「あー! おねえちゃん、またおにいちゃんに頭洗ってもらってるー!」
「フッフッフ、羨ましいじゃろう? 此奴は儂にぞっこんじゃから、儂の言うことは何でも聞くんじゃ」
いや、何でもは聞かないけど。
むしろあんまり聞かないことの方が多い気がする。
「ううん、あんまりうらやましくない! だってもう、洗ってもらったから!」
「ほう、そうじゃったか。しっかり洗って貰ったか?」
「うん! おにいちゃんにしっかり洗ってもらったー!」
二人がそう会話を交わす間、俺は黙々とレフィの頭を洗う。
……水が滴り、髪が張り付く彼女の艶やかな肢体に思わず目が行きそうになるが、ここには幼女達もいるということを考え、鋼の意思で彼女の頭部のみに視線を固定する。
でも正直、コイツの髪も非常に触り心地が良いので、気を抜くとこの感触に夢中になってしまいそうになるため、精神の強さが試される。
もう何度もコイツと風呂を共にしているが、未だ慣れそうもない。
心臓に悪いヤツめ。
「んっ……相変わらずお主が頭を洗うのは、心地が良いの。色々ぽんこつのお主じゃが、その特技だけは誇ってよいぞ」
「おう、お前にだけはポンコツとは言われたくはないが、一応ありがとうと言っておこう」
そうして彼女の頭を洗っていると、未だ触手を生やしたままのシィが、何やらニコニコ顔でこちらに近付いてくる。
「おねえちゃンおねエちゃん! ウネウネ~」
「ほわっ!? な、何じゃこれは!? その声はシィか!?」
身体から触手を生やしているシィが、その触手でレフィの身体に巻き付き、ウネウネと弄り始める。
「や、やはりこの感触はシィじゃな!? うひっ、や、やめ、んぅっ、やめるんじゃ!」
それがシィの身体だと理解せど、自身の全身を蠢くその感触が気持ち悪いらしく、シィの動きに合わせてくねっくね身体を捩らせるレフィ。
しかも今、コイツは俺に頭を洗われているので目も見えず、下手に暴れてシィに怪我をさせられないので身動きもロクに取れない状態である。
触手に全身を弄られる美少女。絵面が大分エロい。
「いいぞ、シィ。レフィも喜んでいるようだし、もっとやってやれ」
「えへへ、ほんト? なら、もっとやっテあげる!」
「違うからな!? シィ、儂は全然喜んでおらんから、この阿呆の言うことは聞いては駄目じゃぞ!」
――それからしばらく、シィが満足するまで全身を弄られたレフィは、ぐったりした様子で俺にもたれかかり、ただ為されるがままにシャワーで頭の泡を流される。
まあ、実際のところとっくに洗い終えてはいたのだが、シィが彼女を弄るサマをもっと見ていたかった――もとい、日頃の感謝を込めて念入りに洗ってあげたかったので、こんなに長引いてしまった。
「全く……阿呆な遊びを覚えおって。お主もお主じゃぞ! わざと洗うのを長引かせておったじゃろう!」
「いやいや、そんなことはないぞ? お前への溢れ出る感謝を少しでも表現しようと、念入りに洗っていただけさ」
「フン、相変わらず、よく回る口じゃの!」
レフィの悪態に、俺は声を出して笑った。
――しばし俺達の間に、沈黙が流れる。
聞こえてくるのは、滝の流れる音と、幼女達の声。
束の間の、おだやかな時間。
「……ユキ」
その時、こちらにもたれかかったままのレフィが、ポツリと俺の名を呼ぶ。
「何だ」
「……いや、何でもない」
「あん? 何だよ?」
コイツが言葉を濁すなど、珍しいなと不思議に思いながら聞き返すと、何故か彼女は小さく微笑みを浮かべ、と、次に良いことを思い付いたとばかりにニヤリと口端を吊り上げ、口を開いた。
「そうじゃ、儂が洗ってもらってばかりでは悪いからの。次は、儂がお主の頭を洗ってやろう」
シャワーで彼女の頭を流し終えた俺は、その言葉を聞くと同時ガタリと椅子を立ち上がる。
「いっ、いや、遠慮しておこうかな。もう洗った後だし」
「いやいや、そう言うな。お主と儂の仲じゃろう、遠慮などせんでよい」
「お前と俺の仲だからこそ言ってやるがな、お前が洗うと超痛ぇんだよ! この前なんて、頭皮がめくれるかと思ったわ!」
「安心せい、儂もいつまでも力加減が出来ぬ訳ではないのでな。今ならば、きっと、恐らく、大丈夫であるはずじゃ。多分な」
「そこまで曖昧な言葉を並べておいて、何でそんな自信満々!?」
「うむ、さっきの仕返しがしたい」
「言い切りやがったコイツ!?」
その後、俺の悲鳴が周囲一帯に響き渡り、しばし言い合う声が続いたが……まあ、概ねいつも通りだ。
今日もダンジョンは、平和だ。