旅行帰りの我が家は安心する
「ただいまー」
「帰ったよー」
真・玉座の間に戻り、かなり遅い時間なので二人して小声で帰りの挨拶をすると、一つ返事が返ってくる。
「む、帰ったか。おかえり、二人とも」
声の主は、レフィ。
幼女組はすでに布団で深い眠りについているようで、メイド隊も彼女らの寝室に引っ込んでいるようで、姿が見えない。
レフィは……まあコイツ、夜型というか、自堕落なせいで基本的に夜が遅いので、今日も起きていたのだろう。
「ネル、この阿呆が阿呆なことを仕出かさなかったか?」
「うーん……ちょっとそういうとこもあったけど、まあしっかり仕事して、活躍してたと思うよ? カッコよかったところもあったから」
「そうか、ならば――いや、しかしお主は少々、ユキを甘やかす面があるからのう。あまり信用ならんな」
「え、そ、そうかな? 僕としては、そういうつもりはないんだけど……」
「いいや、儂ら三人の中では、間違いなくネルが一番甘いの。まあ、お主だけは、毎日会える訳でもない故に、ある程度は仕方ないかもしれんが……気を付けるのじゃぞ。あんまり甘やかし過ぎて、此奴に駄目男になられても困る。童女どもの教育に悪いからの」
「う、うん。わかった、気を付けるよ」
そう、まっとうな保護者みたいなことを言うレフィに、納得したようにコクリと頷くネル。
ちなみにこの間、俺は黙して布団の準備である。
こういう会話を我が嫁さん達がしている時は、色々言いたいことがあったとしても、口を挟むと火傷をするということをよく理解しているが故の対応だ。
フッ、慣れたもんさ、俺も。……尻に敷かれている今の環境に。
……まあ、ぶっちゃけ、その環境を嫌じゃないって思っている俺がいるのも確かなんだがな。
「あー、お二人さん、ご歓談中申し訳ないが、そろそろお休みしないかい。時間も時間だし、流石にちょっと疲れた」
「む、そうか、お主らは仕事から帰ったばかりであったな。もう少し話をしたいところではあるが、それはまた明日にしよう」
「おう、そうしてくれ。――という訳で君達、一緒に寝ないかい」
ニヤリと笑って、ポンポンと敷いた布団の両側を叩くと、レフィとネルは互いに顔を見合わせる。
「……まあ、儂は良いが」
「う、うん、僕もいいけど……」
レフィは「困った奴だ」とでも言いたげな様子で肩を竦め、ネルは若干気恥ずかしげな様子で頬をポリポリと掻き――そして二人は、俺の両脇に身体を横たえた。
両側から感じる、彼女らの温もり。
一つの布団に三人で入っているため、少し狭くはあるが……何というか、その狭さが、とても心地良い。
「両脇で嫁さんに添い寝されての就寝……最高に素晴らしい。惜しむらくは、ここにリューがいないことか」
「リューには、後日頼むことじゃな。きっと彼奴も、アタフタしながらも嫌とは言うまいて」
「あはは、そうだね。明日辺り頼んでみたら?」
「うむ、是非ともそうしよう」
俺は、至福の時を感じながら、眠りについた。
* * *
翌日。
「海の幸、いっぱい買ってきたどおお!」
「きタどー!」
「うおー!」
「……海の幸」
俺の言葉に、ノリ良く両腕を振り上げるシィとイルーナに、味を想像しているのか、むむむ、と一人唸っているエン。
エン、元々が無機物で、『食べる』という行為を以前は知らなかったからか、意外と食いしん坊な面があるからな。
フフフ、いいことだ。そのまま食通となって、異世界の食べ物を食いつくすといい……。
「見よ、この魚の大群を! 海産物の大行進だ!」
「だいこーしん!」
「いっぱいクるぞー!」
「……美味しそう」
かごに入った大量の魚を机に並べる俺に、幼女達が歓声をあげる。
「……彼奴、何故あんなにてんしょんが高いんじゃ?」
「確かにご主人、楽しそうっすねぇ」
「フフ、皆と一緒にいるのが嬉しいんだよ、きっと」
「あの量、料理のし甲斐がありそうですねー」
そう、大人組がのんびりと会話を交わす中で、俺はちょいちょいとレフィを手招きする。
「レフィ、レフィ」
「何じゃ」
「タコだああああ!!」
「ぬわあああああ!?」
「ぶへぇ!?」
俺が突然、目の前に新鮮なタコを翳した為か、ビックリしたレフィが俺の顔面をパーでバチィンと叩く。
多分、突然のことで力加減を誤ったのだろうレフィのそのビンタを食らい、俺の身体はさながらトリプルアクセルが如き勢いで回転しながら吹き飛び、そのままダンジョンの壁に派手にぶつかったところでようやく停止する。
今ので、俺のHPの半分が消し飛んだ。
ここ最近で、一番のダメージ量である。死ぬかと思いました。
「ぐ、ぐおおお……い、痛ぇ」
「おにいちゃん……今のはおにいちゃんが悪いよ?」
「あ、はい、ごめんなさい」
冷静にイルーナに注意され、吹っ飛ばされたヘンな体勢のまま普通に謝る俺。
つい、出来心で……へへ。
「フー、フー……そ、そうじゃぞ、お主! 気色悪いモンを突然目の前に出しおって! 心臓が飛び出るかと思ったわ!」
「すまん、すまん、悪かったって」
でも正直、クソ程痛かったが、お前のその驚く顔が見れたので大満足です。
まだ頬がジンジンと痛むが、とりあえず動けるところまで回復した俺は、一緒に吹っ飛んで俺の頭の上に乗っかっていたタコをベチョリと剥がし、立ち上がる。
「……ゴホン、さ、気を取り直して! この大量の海の幸! いったい、どうすると思う?」
「はい! お魚のこーしんごっこをすると思います!」
「シィ、しんかいギョやる!」
「……うつぼ」
「なら、わたしはヒラメ!」
「い、いや、お魚の行進ごっこは、また今度ね」
幼女組の三人が、それぞれ自分が言った魚のマネをし始めたので、俺は苦笑を溢しながら否定する。
あと君達、何故そう、チョイスがそんなのなんだ……もうちょっとあるだろ、他にさ。
「するのか? 魚行進ごっこ」
「……その内な。その時にはお前も魚役やってもらうぞ。な、イルーナ」
「うん! おねえちゃんも、お魚の一匹をお願いね!」
「えっ……う、うむ、そ、その内な」
俺とイルーナの返答に虚を突かれたのか、ニヤニヤしながら俺に話し掛けたレフィは、次に若干動揺しながらそう答える。
フッ、バカめ。俺が答えに窮する様子を見たかったのだろうが、お前も道連れだ。
お魚行進ごっこの際お前には、シィと一緒に深海魚でもやってもらうとしよう。
俺は、マグロ辺りをやって、荒波の中を優雅に泳ぎ回るさ。
「ぐ、ぐぬぬ……墓穴を掘ったか」
「クックック、お前の考えなど全てお見通しだよ、レフィ。伊達に毎日一緒にいる訳じゃないんだからな。――ってか、そんなことはどうでもいいんだ」
俺は、ゴホンと一つ咳払いしてから、幼女組のみならずこの場にいる面々全員に向かって言った。
「諸君――海鮮バーベキューをするぞ!!」