裏側《1》
「っ、何事だ!」
執務室で書類の処理でもしていたらしいポーザの港の領主、アーベル=レブリアードは、突然踏み込んで来た俺達に、若干動揺しながらも、毅然とした様子で椅子を立ち上がる。
「ふむ、てっきり逃げ出す算段でも整えているかと思ったが……まあいい。アーベル=レブリアード。貴様には色々と聞かせてもらうことが出来た。我々ファルディエーヌ聖騎士団がその身柄を押さえさせてもらう。――拘束しろ」
カロッタの指示に従い、部下の聖騎士達が動き出し、手際よく領主アーベルに手枷を嵌める。
だが――彼は顔色一つ変えることなく、堂々とした態度でそれに応じた。
「フン……いいぜ。煮るなり焼くなり好きにしやがれ」
アーベルの態度が予想外だったようで、カロッタは意外そうな声色で口を開く。
「覚悟はできているようだな。面倒が省けて結構なことだ」
「覚悟、か。やはりテメェら、ダンジョン攻略は建前で、密輸の件で俺を調査しに来たか。だがな、先に一つ言わせてもらうぞ。俺は後悔などしていない。国の中枢がバカみてぇに荒れたせいで、ウチは大打撃を受けた。俺からすりゃ、色々甘い国王に――」
何かを勘違いし、そう話を始めたアーベルに、カロッタはピクリと目の端を反応させる。
「……待て。貴様はいったい、何を言っている?」
「あ……? 密輸を摘発しに来たんじゃねぇのか?」
怪訝そうな表情で、そう言う領主アーベル。
その顔からは、こちらを謀ろうとしている様子は微塵も見られない。
「……どうやら、これは、予想が外れたようだな」
と、俺と同じことを感じたのだろう、カロッタはポツリと呟いた。
――海賊討伐を終え、海賊船長への尋問を行ったところ、やはり彼らは何者かに依頼され、俺達を襲いに来たという話だった。
その海賊船長によると、その何者かは顔を隠し、正体を明かすことはなかったそうだが……少なくとも聞いたことのある声ではなかったため、恐らくあの港の『裏』で生きる者ではないだろうとのこと。
そして、問題はやはり――俺達の乗った船が帰港に向かい出した、ピンポイントで海賊どもが襲いに来たことだ。
海賊船長は、その依頼者に合図を出され、それからアジトを出港したと言っていた。
それはつまり、海上にいる俺達がどこにいて、どこを進んでいるのか知っていたということである。
考えられる理由は……一つある。こちらからの定時報告だ。
モールス信号のようなものを送ることが出来る魔道具が、俺達の乗った船には置いてあり、それで領主館の方に『ダンジョン攻略完了』の報を伝えてあったそうなのだ。
となると、領主館の者であればこちらの動きを知ることも可能であり、故に領主アーベルに色々とお話を聞くため、船がポーザの港に到着すると同時一気にここまで詰めかけて来た訳だったのだが……。
俺は、彼女らのやり取りを横目に、マップを開いて確認する。
それらしい敵性反応は、この領主館には存在していない。
街の方には……幾つかあるな。
ただ、場所を見る限り、スラム街のような一画に集中しているので、あれは恐らくどこかの裏の組とかその辺りだろう。
俺達を殺したいヤツは、そっちの方に逃げ込んだか?
詳しく見たいところではあるが、建物の内部の方などはマップで見ることが出来ない。
アタリを付けて、イービルアイを送り込んだら見えるだろうが……。
――と、その時俺は、ふと以前見た者の姿がないことに気が付く。
「あれ……? 領主さんよ、アンタの補佐をしていた執事のにいちゃんはどうした」
この領主以外の使用人は今、全員中庭に出され、聖騎士の一人から事情聴取を受けているのだが……その中に、以前この領主館に来た際仕事を取り仕切っていた執事の姿が見当たらない。
「? ケルワのことか? ここにいるはずだが」
だが領主は、俺の質問に、よくわかっていなさそうな顔で、そう答える。
……なるほど。ここにいるはずの者が、いないと。
「……探すべき者がわかったようだな」
俺の質問の意味をすぐに察し、カロッタはス、と眼光を鋭くさせ、そう言った。
* * *
「――見つけた、ここだ」
俺は、マップとイービルアイで見つけたソイツの位置を、それらしくスキルを使っているようなフリをしてカロッタに教える。
場所は、スラム街と海辺の波止場の間にあるような区域で、多数連なった倉庫の一つ。
見張りなのか、近くの船で数人が作業しているように見えるが、意識が倉庫の方に向いているのがバレバレだ。
「よし、聞いたなお前達! 仕事の時間だ。仮面にばかり活躍させていると、後でネルの惚気を聞くことになるぞ!」
彼女の言葉に、聖騎士連中から笑いが漏れ、その笑いのタネにされたネルが顔を赤くしながら、不満そうに唇を尖らせている。
だが、表情を見る限り、満更でもなさそうなのが最高に可愛いヤツである。
――それからの聖騎士達の動きは、凄かった。
見張りを伸した後に、盾持ちを先頭に一気に倉庫内部へと突入すると、「な、何だ!?」「誰だテメェら!?」と出て来た破落戸どもを張っ倒し、制圧を開始。
さながら特殊部隊ばりの動き――いや、実際コイツら聖騎士は、前世ならば特殊部隊に分類されるヤツらなんだろうな。
ただの破落戸では、そんな彼らを相手にまともに戦えるはずもなく、突入開始から十分も経たずしてそれは完了した。
どうもここは、所謂『逃がし屋』と呼ばれる仕事を生業にしている者達が拠点にしている場所だったようだ。
見ると、どこかの貴族のものらしい紋章の彫られた馬車が数多置いてあり、形式が違う幾つもの身分証など、それらしい物品が大量に置いてある。
あれらは、追跡を逃れたり関所を誤魔化したりするためのものなのだろう。
そして――俺達の前に転がる、両手を縛られた執事服の男。
特急で用意されたのか、若干荒れているものの準備の整っている馬車が一台あったのだが、その中に隠れていたヤツは聖騎士達に引きずり降ろされ、その際に抵抗したため顔面を剣の柄で殴られ、歯が数本欠けて無残な顔になっている。
顔面を大きく腫らしたその執事に対し、カロッタは嘲笑するような口調で、口を開いた。
「随分急ぎのようだったが、執事。どこかへお出かけか?」
「チッ……俺は貴族籍を持っている、アーベル様も黙っていない! こんなことをして、どうなるかわかっているんだろうな!」
「ほう、いったいどうなるのか、是非とも教えてもらおう。領主館の仕事を放り投げ、逃がし屋どもにコンタクトを取る貴様を我々が捕らえたことで、いったいどうなるのか。誰かが庇いに来ると?」
カロッタの言葉に、執事の一瞬顔を歪ませるが……しかしこの状況はもうどうしようもないと観念したのだろう、あっさりと白状を始めた。
「クッ……わかった、いいだろう。話すからこの縄を解いてくれ」
「先に話せ。それから判断する」
「……全て、アーベル様の指示だ。お前らが海賊すら退けて帰って来やがったから、裏でやっていることがバレたと判断して、逃げる算段を俺にやらせていたんだ」
「では、我々に海賊を嗾けたのもアーベルだと?」
「そうだ。ヘタに勘繰られる前に、消してしまえば全てカタが付くって判断からな」
「そうか、なるほどな」
カロッタは、突然執事の髪を無造作に掴み上げると、思い切り壁にガッと叩き付ける。
「ッ――!!」
「――猿芝居はやめることだ」
鼻を折ったらしく、鼻血をダラダラと流す執事の髪を掴んだまま、酷薄な笑みを浮かべて彼女は言葉を続ける。
「ヤツからはすでに話を聞かせてもらった。色々とやっていたようだったが、我々の知りたいことに関してはシロだった。貴様の本当の主を言え」
「グッ……教会の狗が……!!」
「狗で結構。貴様らのような恥知らずに成り下がるより余程マシだ。――さぁ、五体が満足の内に口を割ることだ。我々は別に、貴様の指が全て無くなろうが、手足が無くなろうが、喋ることさえ可能ならば一向に構わん。根気良く付き合ってやろう」
そうして、カロッタが非常に活き活きと尋問を開始する横で俺は、ボソっと隣に立つネルに耳打ちする。
「……なぁ、ネル。どうしよう、ちょっと怖いんだけど」
「あ、あはは……僕も」
若干引き攣ったような笑みを浮かべ、我が嫁さんはコクリと頷いた。