帰還、の前に――
「まさか、こんなあっさり帰って来るとは……てっきり、補給にでも戻って来たのかと。流石、精鋭の方々ですな。ポーザの港に住む者として、感謝を」
「助けになれたようならば、こちらとしても何よりだ。……しかしまあ、正直に言うと、我々の方もこうすんなりと攻略出来たのは想定外でな。一人、予想以上の活躍を見せてくれた者がいたのだ」
プカプカと揺れる船の上で、船長と会話を交わしているカロッタが、意味ありげな笑みを浮かべてこちらを見る。
「……勇者殿の恋人だったか。若いように思っていたが、そこまでの実力があるならば、実はそうでもないのか?」
「いや、ネルより少し年上ぐらいのはずだが……そう言えば私も、歳を聞いたことはなかったな。仮面、今幾つなんだ?」
「一歳と数か月だ」
「……だ、そうだ。この中で最年少だったらしい」
「……なるほど、そのマスクが示すように、正体は隠しておきたいということか。確かに、聖騎士でもなく、冒険者でもなく、どこの組織にも属していない以上、そうしておいた方が余計な勧誘などは防げるでしょうな」
立派な顎鬚を擦りながら、妙に納得した様子でそう言う船長。
いや、まあ、ホントのことなんだけどね。
つか、今更だが、この世界に来てから、まだそんぐらいしか経ってないんだよな。
体感としては、すでに五年も十年も経っているような感じだ。メチャクチャ濃い一年と数か月である。
「そう言えば、おにーさんってまだ魔王になってからそれぐらいだったね。そっかぁ……考えてみると、おにーさんと出会ってからまだ一年経つか経たないかぐらいだったのかぁ……」
と、いつもの軽鎧を脱ぎ、楽そうな恰好に着替えたネルが、周囲のヤツらに聞かれないようこそっと俺の耳元で、感慨深そうにそう言う。
「ビックリだよな。まだその程度なんだぜ、俺とお前が会ってからの期間って」
「そうだね……でも、僕としてはおにーさんの手を出す速さの方がビックリかな? こんな短い間にお嫁さんを三人もゲットするなんて、並の人じゃ出来ないと思うよ?」
「……その物言いだと、俺がすごくチャラ男みたいに聞こえるからやめてくれ」
「フフ、ごめんごめん。おにーさんは誠実だもんね。皆としっかり向き合ってきた結果が、今の状態っていうだけだもんね」
「……あの、ネルさん、それはそれで恥ずかしいのでやめてもらいたいんですけど」
楽しそうにくすくす笑うネルに、目を逸らして頬をポリポリと掻く俺だった。
――俺達はすでに、『船の墓場ダンジョン』からは離れ、行きに乗って来たガレオン船への帰還を果たしていた。
一応、幽霊船群を出る前少しだけ内部に留まり、ダンジョンが確実に討伐されているかどうかを魔物の動向を見て確認したのだが、その結果こちらを視認してもまるで反応がなかったため、これは支配者たる魔王が死に、指示がなくなったからだと判断され、ここにダンジョン攻略が終了したとカロッタによって正式に宣言された。
勿論、このダンジョンの支配権を得ている俺が、新たな配下となった魔物どもに指示を出し、襲わせないようにしてたんだけどね。
ここの魔物どもは、アレだ。ウチのヤツらと違って、自我を全くと言っていい程感じられない。
恐らく、死霊系の魔物の特徴なのだろう。まるで人形でも動かしているかのように、命令に対する反応が非常に希薄なのだ。
というか、実際に人形そのものなのだろう。
魂の抜けた死体を魔力で縛って動かす、操り人形だ。
唯一レイスだけは、憎悪の意思を持って俺の命令に不服従を示したので……まあ、はい。彼らは聖騎士達と合流する前に、全て滅しました。ネルが。
どうも、新たな支配者が生者であることが気に食わなかったらしい。
マップ表示を確認しても、スケルトンやゾンビどもは味方表示となっていたのに、レイスどもだけは敵対の意思が消えず、俺が上位者として君臨しているはずなのにいつまで経っても敵を示す赤点のままだったのだ。
なので、配下の魔物とのみ使用可能な『遠話』の機能を使い、煽りに煽ってこちらまで呼び寄せ、片っ端からネルに斬り捨ててもらった。
俺に従わない以上、それはただの敵だからな。
どうにか俺の言うことを聞かせる方法を考えるより、もう成仏してもらった方が楽だし安全だろう。
このレイスの件でわかったことだが、魔王配下の魔物というものは、絶対服従という訳ではないようだ。
これが、敵からぶん捕ったダンジョンの魔物だからなのか、それともダンジョンの魔物全てに共通することなのか。
恐らく前者じゃないかとは思っているのだが……頭の片隅に、後者の可能性も入れておく必要があるだろう。
ウチのヤツらが従順だからと言って、あまり無下な扱いをしていれば、反抗される恐れがあるということだ。
つっても、シィやレイス娘達は言わずもがな、ウチの可愛い可愛いペット達にもそんなことをするつもりは毛頭ない――あ、けど、リルには色々仕事を押し付けてるな……。
前々からヤツに仕事を放り投げ過ぎてるとは自覚してるんだが……優秀なんだもんなぁ、リル。一応、労ったりはしてるつもりなんだけど。
……高級ドッグフードとかDPで買ってやったら、喜ぶか?
いや、むしろ悲しそーーな目で俺のことを見てくる気がする。
「……なあ、我が嫁さんよ。俺、日頃の感謝を込めてリルに何か褒美でもやろうかと思うんだけど、何かいいモンないか?」
「褒美? うーん……まあ、普通に考えたら、リル君の好物とかがいいんじゃないかな。リル君って何が好きなの?」
「……わからん。肉は、多分好きだと思うが……」
ダンジョンの魔物は、ダンジョン空間に満ちる魔力さえあれば、何も食わんで生きていくことが出来る。
そのため、何かを食べるというのは嗜好品としての意味合いが強く、ウチのペット達も何か食いたければ自分達で勝手に狩りをして食ってるので、どういうものが好きなのかは、正直なところよく知らないのだ。
リルに関してだけは、美味そうに肉を食っている場面を何度か見ているので、少なくとも肉は嫌いではないということはわかるのだが……。
「それなら、リル君も呼んで、皆でバーベキューとかするのがいいんじゃないかな。それで、お肉いっぱい焼いてあげて、おにーさんが食べさせてあげれば感謝しているのは伝わると思うよ」
「ふむ……」
なるほど、物ではなく、好意で感謝を示すと。
「よし……決めた。帰ったら海鮮バーベキューでもするか。ネル、お前も一回、一緒に帰ろう。バーベキューするぞ、バーベキュー」
「あ、でも、僕、仕事が……」
「カロッタ、そう言う訳で、数日コイツを借りたいんだが、ダメか?」
「えっ、ちょ、ちょっと、おにーさん!」
「む? あぁ、いいぞ。元よりこの仕事が終われば、今回の遠征に参加した団員には休みを言い渡すつもりだったからな。長くは無理だが、数日程度なら構わん」
「流石、話がわかるな! お許しが出たぞ、ネル。やったな」
「……ハァ、全く。強引なんだから……」
ネルは、一つ溜め息を吐き出し、しかし嬉しそうに頬を緩ませながら、そう言った。
* * *
それから、ネルと雑談したり、レイエスやグリファ、聖騎士達と談笑しながらガレオン船の上で揺られ、二時間程が経った時。
「……? あれは……」
双眼鏡を覗き込んで航路を確認していた船長が、突如怪訝そうな声を漏らす。
「どうした、船長殿」
「……こちらに近付いて来ている船が、四隻ある。だが、所属を示す旗を出していない」
「……所属不明の艦隊か。それは、つまり……」
何かに気付いたような声を漏らすカロッタに、コクリと頷く船長。
「えぇ。恐らく――海賊かと」
「ほう! 海賊!」
「いや、何で嬉しそうなのさ、おにーさん」
だって、海賊だぜ、海賊。
幽霊船に続いて、海賊!
海のロマンたっぷりじゃないか。
まだ距離があり、点と同じくらいの大きさだが……魔王の超視力で見る限り、確かに四隻の船が、こちらに頭を向けて進んで来ている。
船の大きさは向こうの方が一回りぐらい小さいようだが、そのためスピードがあり、ぐんぐんと近付いているのがわかる。
「野郎ども! 戦闘よぉぉい!」
カンカンカンと舵の横に付けられた鐘が鳴らされ、同時に船の水夫達が慌ただしく、しかし規律正しく一斉に動き出す。
船上が一気に厳戒態勢となり、備え付けられている大砲に弾が装填され始める。
「レイエス、俺海に関してはよく知らないんだが、四隻ってのは、海賊にしては結構な艦隊なんじゃないか?」
「あぁ、大規模だな。四隻ともなれば、全部で百五十から二百程度は乗ってるはずだ。――つっても、こっちに師匠がいる以上、なんつーか……ご愁傷様って感じだが」
近くにいたレイエスが、あまり焦った様子も見せず、哀れみの込められた視線を迫り来る海賊船の方へと向けながら、そう言う。
まあ……そうだな。
相手がダンジョンでもない普通の船である以上、『爆炎轟』の魔術回路を仕込んであるミスリルナイフだけでお陀仏な訳だし。
というか、ここが海上である時点で、俺の独壇場だ。
海水を使うことによって、魔力消費を少なめにしつつ、デカい水龍を何匹も生み出してヤツらに嗾ければ、それで終わりだろう。
「カロッタ、アレ、潰すか? もう少し近付いて来たら、やれるぞ」
「いや、待て。――船長殿、我々も助太刀をさせていただきたいのだが、あの船、拿捕するか? 今の我々の戦力ならば、それも可能だぞ」
「……それが出来るのであれば、勿論そうしたいが……」
言外に「そんなことが本当に出来るのか?」という顔を浮かべる船長。
「やるのは私ではないがな。――だ、そうだ、仮面。潰すのはやめておこう。まずは、そうだな……ヤツらの度肝を抜かしてやれ」
「アイアイマム」
不敵な笑みを口元に携えるカロッタに、俺もまた仮面の奥で笑みを浮かべ、魔力を練り始めた。
早く海鮮バーベキュー回を書きてぇ……。