ダンジョン攻略フィナーレ《2》
「二人だけで、か……理由を聞こうか」
スッと視線を鋭くし、まるで睨み付けるようにこちらを見据えながら、そう言うカロッタ。
「おにーさん……?」
困惑した様子でこちらを見て来るネルに、俺は目で「黙ってろ」と制しながら、カロッタへ言葉を返す。
「少し、やりたいことがある。それを、ネル以外の者に見られたくない。勿論、魔王討伐に関しては、ここにいる皆で協力して成し遂げた、ということにしてもらって構わない」
「お前達二人だけで、魔王を倒せると?」
「あぁ、やれるだろうな。奥の手……そう、奥の手を使いたいから、それを他人に見られたくないんだ。――それに、こう言っちゃ何だが……その方が、確実だ。違うか?」
カロッタは、しばし口を閉じて黙考する様子を見せてから、やがてフンと鼻を鳴らして口を開いた。
「……違わないな。確かに、仮面、お前とネルだけの方が、戦闘はやり易いだろう。だが、一つ、言わせてもらうぞ。これは、本来ならば馬鹿を言うなと一蹴するところを、お前の提案だからこそ耳を貸している。失敗は許されないこと、重々わかっているのだろうな?」
「それこそバカ言うな。俺だけならまだしも、ネルと一緒にいて失敗する訳ないだろ」
その俺の言葉に、カロッタは一瞬目を丸くすると、楽しそうに笑い声を溢す。
「クックックッ……そうか。いいだろう! 魔王討伐に関する一切合切はお前達に任せる。二人の愛の力にでも期待させてもらうとしよう」
「あぁ、是非ともそうしてくれ」
「ちょ、ちょっともう……カロッタさんまで一緒になって揶揄わないでくださいよ……」
拗ねたように唇を尖らせる我が嫁さんの姿に、カロッタはしばしの間笑ってから、ふと周囲に視線を向け、若干呆れた様子で口を開いた。
「しかし……それにしても、これだけ色々見せて貰ったにもかかわらず、まだ奥の手があるのか」
ワームと土龍の戦闘跡の方を見ながらそう言う彼女に、肩を竦めて答える。
「手品は、種が割れたら興ざめだからな。ここぞ、という時にしか使わないことにしているんだ」
「そうか、では次にショーをやる時は教えてくれ。お前の持つ手品の数々、じっくりと見させてもらおう」
「……アンタだけには、その招待状は出したくないな」
勘弁してくれと両手を挙げる俺に、カロッタは再び、愉快そうに笑っていた。
* * *
「おにーさん……何で急に、あんなことを?」
魔王を討伐した場合、この造られた空間にどんな変化が起こるかわからない、という理由でカロッタ達が撤退していき、彼女らの姿が見えなくなったところで、ネルがこちらに向かって口を開いた。
「このダンジョンの魔王のヤツ、まず間違いなく俺が別の魔王だってことに気付いてるだろうからな。ここまでの攻略からして、意思ある存在であることはよくわかってるから、実際に相対してポロっと『オノレ、マオウッ!!』とか言われちゃ困る」
「あぁ……確かに、それはあり得そうで困るね。相手も、ただの魔物じゃない知性を持った相手だしね……でもおにーさん、それだけが理由で僕達だけでやるって言った訳じゃないでしょ?」
「お、何でそう思ったんだ?」
「それぐらい、おにーさんを見てればわかるよ。何か企んでる顔してたもん」
ジト目でこちらを見てくるネルに、俺は「敵わないな」と苦笑しながら言葉を返す。
「企んでるって程じゃないんだが……まあ、ちょっと、聞きたいことがあってな」
「え? 聞きたいって……敵魔王に?」
「あぁ」
少し前から、よく、考えることがある。
――魔王とは、そしてダンジョンとはいったい何なのか、という根本的な部分の問いだ。
魔王というのは、非常に興味深い存在だ。
DPという謎の物質を使用することで、様々なものを生み出し、一時的にではなく永続的に活用することが出来る。
極めつけは、異世界――俺の前世の世界のアイテムを、こっちの世界で生み出すのが可能なことか。
DPが足りれば、この世界に存在しないはずの技術が用いられた物ですら、生み出すことが出来る訳だ。
DPで可能なことは、それだけではない。
魔物限定ではあるが、意思ある個性を持った生物を生み出すことも出来るし、『階層追加』という名で、新たな領域――言い換えれば『世界』を生み出すことも出来る。
ダンジョンの力により、その領域で生物を殺す――他者の生を食らっていけば、魔王の肉体を改造し、環境に適した形に『変化』をしていく、なんてことも可能になる。
レベルの概念が存在するため、通常の生物も変化していくことは可能だが、ダンジョンの主たる魔王は、その速度が比べ物にならない程に速い。
そうやって、自身を思うがままに変化させ、世界と生物を新たに生み出す存在は、定義として何と呼ばれるか。
――神、だ。
「……おにーさんが神……こんなに似合わない神様も中々いないだろうね」
「何を言う。俺程慈悲深く愛に溢れた神なんて、古今東西見渡しても多分見つからないぜ?」
と、冗談めかして言ったところで、隣の少女が不安そうな顔を浮かべていることに気が付き、怪訝な思いで声を掛ける。
「ネル? どうした?」
「……ねぇ、おにーさん。おにーさんが、本当に神様だって言うなら……その内、僕達のところからいなくなったり、しないよね?」
「へ?」
「だって……神様でしょ? 神様っていうのは、人と同じところにはいられないものだし、ならおにーさんも……その、僕達と同じところにはいられないんじゃないかって、そう思って……」
ポツポツと、そんなことを言うネルに、俺は――彼女の両手を取って、間近からその整った綺麗な顔を覗き込んだ。
「ひゃっ……! あ、あの、お、おにーさん……?」
「なぁ、ネル」
「う、う、うん」
顔を赤くし、伏し目がちに返事をするネルに、俺は、言った。
「お前……バカだな」
「…………え?」
予想外のことを言われたためか、ポカンとするネル。
「何を言うかと思えば……俺が、どこかへ行く? そんな訳ないだろ。いいか、ネル。よく聞け。俺は、俺だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「…………」
そう、俺は、俺なのだ。
俺のいる場所が、俺の世界なのである。
そして、俺のいる場所とは、あのダンジョンだ。ならば、それ以外の場所に行く訳がない。
魔王になろうが、龍王になろうが、神様になろうが、それ以外の何になろうが、それらは等しくどうでもいい。
……いや、魔王の称号は結構気に入っているので、今後も魔王ということでやっていきたいとは思うが……ただ、それだけだ。
「俺は、いつでも俺のやりたいことをやるだけだ。今までもそうだし、これからもそれは変わらん。である以上俺にとって、仮に俺が神になろうが、他の何かになろうが、全くこれっぽっちも関係ないんだよ。――俺のやりたいことは、ただ、あのダンジョンで生きていきたい。それが全てだ」
「……うん」
コツンと、俺の胸に頭を当てるネル。
「全く……お前は相変わらず心配性なヤツだな」
「だって……僕は、『魔王』っていうのがどういうものなのか、全くわからないからさ。急に神様がどうの、なんて言うから、もしかしたら、おにーさんがどこか遠くに行っちゃうんじゃないかー、って、思ってさ……」
あぁ……そうか。
知らないから、不安になる。
考えてみれば、当たり前のことか。
「……まあ、今のは仮定と定義の話だ。俺自身、自分が神様だなんて毛程も思っちゃいないさ」
「……うん」
「そうだな……じゃ、我が嫁さんが安心出来るよう、しばらくこうしていてやるとしよう」
「……ん、そうして」
ネルはクスリと笑い、俺と繋がれた手を、キュッと、強く握った。
――それから、しばし互いにくっ付いたままでいた後、彼女は俺の胸に当てていた顔をあげ、ニコッと笑った。
「さ、いつまでもこうしてられないからね! ずっとくっ付いていたいところだけど、仕事しないと」
「俺としては、このままでいてくれても一向に構わないぜ?」
「ダメダメ、先に仕事」
冗談ぽく首を左右に振りながらそう言うネルに、俺は「へいへい」と言葉を返す。
「了解、ボス。仰せのままに」
「よろしい。それで……おにーさんがやりたいことはわかったよ。でも、そんな簡単に、敵の魔王が知りたいこと教えてくれるの?」
「ダメ元ではあるがな。とりあえずボコボコにして、『やぁ、知っていることを教えてくれないか?』って仲良くお話しようかと」
「うわぁ……やることがチンピラと一緒だよ、おにーさん」
「いいんだよ、和解の余地のない相手だし」
どうせ、最後には殺すことになるのだ。
正直、対話が成立する確率すら二割ぐらいだと思っているが……他の魔王のダンジョンに突撃して話を聞くことなんて早々ないだろうからな。
いい機会なのは間違いないから、心置きなく敵魔王と話せるようネル以外の者達には退散していただいた訳だし。
「じゃ、ネル、扉の向こうに入って、魔王以外のヤツがいるようなら、露払いを頼む。それ以外は……ま、出たとこ勝負だ」
「フフ、つまりはいつも通りだね。ん、わかった」
「よし……行くぞ」
そして俺達は目の前にある扉を開き、中へと足を踏み入れた。
そこは、先程までいた墓地とは違って船の一室らしく、全面が木造り。
今まで通って来たどの部屋よりも大きく――一番奥に設置されている玉座に、ソイツは、座っていた。
見た目は、ボロボロのローブを纏った、多少皮が残っているスケルトン。
だが、当然ながらただのスケルトンではなく、その身に宿す魔力は魔力眼で見る限り莫大で、眼窩の奥に青白い光が覗き、激しい憎悪を感じさせる眼差しをこちらに送ってきている。
――不死王である。
いつも感想、ありがとうございます。