ダンジョン攻略開始《5》
ホラー仕立てで話を進めると言ったな。
あれは嘘だ。
「師匠! 茶を淹れたぜ!」
「うむ」
茶を淹れたも何も元々水筒に入っていたものなのだが、わざとらしく真面目腐った表情を浮かべるレイエスから茶の入ったコップを受け取り、一口飲む。
「――マズいッ! こんな茶で女性を満足させられるとでも思ったか!!」
茶の味なんて全くこれっぽっちもわからない俺だったが、しかしそれっぽくしかめっ面を浮かべ、レイエスを怒鳴る。
「申し訳ねぇ、申し訳ねぇ! 今後、上手い茶を淹れられるよう、精進するぞ、師匠!」
「そうしろ。考えてもみることだ、例えば普段ガサツな男が、ふとした機会に茶を淹れてみれば、どういう訳かとても美味しい。すると、『あれ? この人のお茶、美味しいな……』と相手の記憶に意外な印象を残すことが出来る訳だ」
「お、おぉ……! 確かに!」
レイエスは感銘を受けたのか、感嘆の声をあげる。
「ということは、師匠もそうやって茶を振る舞った経験があるんだな!」
「えっ、い、いや、どうだったかな……」
茶の淹れ方など露程も知らないため、当然ながら誰かに茶を振る舞った経験もないです。
「……おにーさん、前にレイラからお茶の淹れ方聞いて、でもやっぱりまどろっこしかったから、『今後全部お前に任せるわ』とか言ってなかったっけ?」
俺が口先だけでテキトーなことを言っていると理解しているネルが、ニヤニヤしながらこそっとそう言うが、俺は彼女の言葉を聞かなかったことにして、誤魔化すように一つ咳払いをする。
「ゴホン……とにかく! レイエス、貴様に必要なものは、日常における細やかな技術だ。一つ一つ、着実に学んでいけ」
「わかったぜ、師匠!」
「うむ、ならばよい。肝に銘じておけ、全ての技術は己が糧となり、大いなる財産、そして武器となるのである……」
「へへぇ! ありがてぇお言葉でさぁ!」
そしてレイエスは、恭しく俺に向かって頭を下げた。
「……あー……その……こりゃ、一体全体どうなってやがるんだ……?」
と、俺達の茶番を何とも言えない表情で見ていたグリファが、しばし押し黙ってから、やがてポツリとそう呟く。
「……頭が痛くなるだろうから、聞かない方がいいわよ」
そう、呆れた様子でため息を吐くのは、ルローレ。
何と言うか、彼女からは面倒見の良い年上のおねーさんって感じが漂ってるな。
パーティリーダー自体はグリファのようだが、きっと男連中のまとめ役なのだろう。
「……平常運転のようで、安心したとだけ言っておこう。こちらと同じように、そちらでも襲撃があったようだしな」
「じゃあ、やっぱ、そっちでも襲撃があったのか」
「あぁ、あった。たっぷりと骨どもが現れたぞ。……と言っても、そちらよりは小規模だったようだがな」
俺の質問に、コクリと頷くカロッタ。
――現在俺達は、別行動していた聖騎士連中と合流を果たしていた。
俺達の方に魔物の襲撃があった以上、別動隊の方にも襲撃があったかもしれないと考え、俺達だけで探索を続行するという方針をやめて来た道を引き返し、一度彼らと合流したのだ。
そして、予想通りそちらでもダンジョンの魔物による襲撃があったらしい。
ただ、話を聞くに、どうも襲撃の規模は俺達の方よりも小さかったようだ。
三百近く襲ってきた俺達の方に対し、彼らの方は百ちょっと。戦災級の魔物も現れたようだが、それも数体のみだったそうだ。
その事実から考えると、敵魔王は俺達の方をより脅威であると判断していたのだろう。
……俺のステータスは、今人間に偽装している時の数値に変更済みなのだが、もしかすると相手魔王はそれを、看破しているのかもしれない。
いや、確実に看破しているだろうな。
魔王は、ダンジョンに備わった機能である『マップ』を使うことが出来る。
ということはつまり、対象から取得可能なDPの量を確認することが出来る訳だ。
俺のダンジョンでは、当然ながら俺自身から得られるDPはゼロだったが、こちらのダンジョンでは違うはずだ。
まず間違いなく、俺からの取得DPは本来のステータスからして、この中で一番高い数値を示していることだろう。
敵魔王は恐らく、表示されるステータスよりも、そちらの数値を信用するのではないだろうか。
俺も、ステータスと取得可能DPが噛み合っていなかったら、後者の方の数値を参考にするだろうからな。DPを誤魔化す方法なんて、多分存在しないだろうし。
加えて、こっちにはネルもいた。
聖騎士連中も強いは強いし、カロッタも相当な実力者であるのは間違いないが、それはあくまで人間の範疇の中での強さだ。
魔王が俺とネルがいる方をどうにか潰そうと考え、多くを寄越した可能性は高い。全て無駄な足掻きだったがな。
「それで……こっちは空振りだったんだが、そっちは何か、魔王への攻略ルートに進展あったか?」
「あぁ。恐らく、という道は見つけた」
「へぇ……え? 見つけたの?」
正直なところ、今日中に見つけるのはもう無理じゃないか、などと考えていたので、頷いたカロッタを思わず二度見しながらそう言う。
「ただ、一つ問題、というか、面倒があってな。そのため、襲撃がある前から一度お前達と合流しようと思っていたのだ」
「……確かに、問題というよりは、面倒でしたなぁ」
カロッタの言葉に、グリファが苦笑いを浮かべて同意する。
……面倒、ね。
俺の内心を読み取ったのだろう、カロッタはこちらを一瞥してから、言葉を続ける。
「口で説明するよりは、実際に見てもらった方が早いだろう。――そういう訳だ、付いて来い」
* * *
「あー、なるほど……」
目の前に広がる光景に、俺はポツリと呟く。
こりゃあ……確かに面倒だな。
――カロッタに連れて行かれた先にあったのは、墓地だった。
空には曇り気味の暗い夜空が広がり、濃い霧が辺りを立ち込め、そして朽ちた墓石が点々と土の地面に建てられている。
空間は見渡す限りだと際限なく広がっており、ついさっきまであった船の揺れはこれっぽっちも感じられない。
全くの別空間が、ここには広がっていた。
恐らく、俺のダンジョンの草原エリアと同じようなものだろう。
ここだけ新たに階層を追加し、墓地エリアを追加してあるのだと思われる。
そして――俺の魔力眼に映る、幾つもの魔力反応。
魔物らしき生物の形状をしている魔力反応もあるが、その多くは地面から感じ取ることが出来る。
地面にある、魔力の塊とは何か?
それは、トラップだ。
この墓地エリアには、どうやら暗闇に紛れさせた罠が大量に仕掛けられているらしい。
「罠か」
「うむ、そういうことだ。この薄暗闇に紛れ、大量の罠と魔物が潜んでいることが確認出来ている。それも、相当な数のな」
「確かに、結構な数がありそうだな……」
魔力眼があれば、その構造の内部に魔力を有しているような、魔法を発動して攻撃するような罠であれば見抜くことが可能だが、それ以外の純物理的な罠、例えば落とし穴や落石、剣山のような罠には反応を示さない。
この墓地にあるのが魔力式の罠だけであるとは考え難いから、十中八九両方のタイプの罠があちこちに仕掛けられているだろうし、魔力式の罠だけでかなりの数があるのを魔力眼で確認出来る以上、同じ数だけ純物理的な罠も仕掛けられていると考えるべきだろう。
「この墓地の先が、魔王に繋がるっていう根拠は?」
「以前魔王にまで至る際、付けておいた目印が残っていたそうだ。そうだったな、グリファ殿?」
「えぇ、前回のがまんま残ってますね。つっても、以前はこんな墓地なんかなく、このまま階層主の部屋まで繋がってたんで、もしかするとこの先もスカになってる可能性は残ってるんすが」
そう言ってグリファは、トントンと墓地に繋がる扉の外側、まだ普通の船の様相を成している側の壁を叩く。
確かにそこには、チョークのようなもので書かれた印らしきものが描かれている。
こうやって目印を記すことで、通った道と通っていない道を区別しているのだ。
ここに来るまでも、そうして幾度か記している様子を見ている。
「おぉ……こりゃ、確かに前に俺らが付けた印だぜ、師匠。前はこの先で階層主が待っていやがった。階層が追加されてるってんなら、魔王の野郎がビビッて、新たに侵入者を阻む仕掛けを追加したんじゃあねぇか?」
「ふむ……あり得そうだな。となるとやっぱり、他の道を探すよりは、この先を覗いた方が可能性は高そうか」
さて、どうしたものか、と考えていると、俺の横でグリファがレイエスに向かって問い掛ける。
「……なぁ、レイエス。やっぱり気になるから聞いておきたいんだが、何でお前、仮面のあんちゃんのことを師匠って呼んでるんだ?」
「そりゃ勿論、俺の心の師匠だからだぜ、リーダー!」
「……いや、全然わかんねーんだけど」
グッとサムズアップするレイエスに、グリファは呆れた様子でそう言葉を返した。