ダンジョン攻略開始《4》
魔物どものほとんどは、スケルトン。レイスや他のアンデッドなんかもいるが、大半が剣と盾を武装した骨どもだ。
中には、先程ぶっ殺したようなスケルトンサラマンダーやなんか強そうなデカいゾンビも十数体程混じっている。
恐らく、魔王の方も本腰を入れて攻略者――俺達の排除に動き出したのだろう。
中々奮発するじゃないか、魔王さんよ。
お前が費やしたDP、全てゴミに変えてやろう。
「おにーさんっ、敵の数は!?」
俺のダンジョン関連の機能を見ることが出来るネルが、マップを開いている俺を見て、近づいて来るスケルトンを聖剣でバラバラに砕きながらそう聞いてくる。
「およそ三百程! ほとんどが骨どもだが、さっき言ってた戦災級のヤツがそこそこ混じってやがる! 気ぃ抜くなよ!」
と、俺の言葉に、反応を示したのはネルではなく、レイエスだった。
「んなっ、三百だと!? そんな数、どこから現れやがったんだ……っ!!」
俺は轟滅を振り回しながら、レイエスに向かって問い掛ける。
「レイエス、以前にこういう襲撃は!?」
「ねぇよ! ったく、あんちゃん達と一緒にいると、退屈しねぇな!!」
そう悪態を吐きながらも、しかし今回の攻略の案内人として選ばれるだけの実力を確かに持っているのだろう。
レイエスは構えた弓に矢を番えると、物凄い勢いで連発し、そして彼の放った矢は身の部分が少ないスケルトンの頚椎に寸分違わず突き刺さり、そこから上をすっ飛ばしている。
近づいてきた敵には、手に持った矢を刺突武器として使い、攻撃を回避してから相手の急所へと正確に叩き込んでいる。
まあ、ゾンビやスケルトンみたいな死霊系の魔物は首から上を飛ばしても普通に動くのだが、しかしそうしておくと相手がこちらを視認出来なくなるらしく、撃破とはいかずとも無効化が可能となるのだ。
こうして相手の数が多い時は、そういう対処もありなのかもしれない。
「魔が者達を燃やせ!!『ファイアジャベリン』!!」
その後ろでは、ルローレが険しい表情を浮かべながら、火魔法を発動して敵数体を丸ごと燃やし、レイエスのみならず俺達全員の援護を行っている。
魔法の威力はぶっちゃけ大したことないが……いや、これはわざとっぽいな。
先程から、自身の周囲と俺達の死角にいるような敵に対してのみ攻撃を行い、それ以外はこちらに任せて完全に無視している。
その俺達への援護の精度は非常に高い。
恐らく、こちらを巻き込まず、且つ連戦することを視野に入れ、さらには敵を撃破出来るよう絶妙に力加減を行って魔法を放っているのだろう。
装備からしてもある程度予想はつくが、レイエスが前衛も出来る中衛、ルローレが完全な後衛ってところか。
今は俺とネルが前衛をしているが、いつもはここにグリファが入ることで、バランスの取れたパーティとなるのだろう。
「へぇ、やるなぁ!」
「感心してくれてありがとよ!! けどおじさん、あんちゃんがこっち見てないで戦ってくれるともっと嬉しいんだが!!」
おっと、それもそうだな。
俺も、俺の仕事をするとしよう。
轟滅で死霊どもをぶっ飛ばしながら、俺は魔力を練り上げ――。
「――行け」
放つのは、俺の魔法における常套手段、水龍。
最近さらに練度が上がり、十匹は同時に放って操れるようになった俺は、生み出した我が水龍を骨どもに向かって放つ。
嬉々として空中を駆ける水龍達は、周囲の通路に群がる魔物どもをそれぞれ大量に飲み込むと、最終的にとぐろを巻いて水の牢と化し、内部で渦巻く高速水流が雑魚も戦災級相当らしいヤツらも一緒くたに細切れにする。
やがて出来上がるのは、骨(七十%)と腐った死体(三十%)が原材料の、ミックスジュースである。骨が多めだからか、全体的に白い。
……クソグロくて吐きそう。別の魔法にすれば良かった。
「……なぁ、これ、やっぱり俺達、いらねーんじゃねーかな」
「……彼だけで別に構わない気がするわね。というか、今の無詠唱よ? 無詠唱で何であんな威力が出るのかしら……」
一瞬だが、攻撃対象が全て俺の魔法で吹っ飛んだため、生まれた空白で呆然とそんな会話を交わす二人に、俺は仮面の奥でげんなりした表情を浮かべながら、ただ肩を竦める。
ま、こう言っちゃここを攻略してきた冒険者連中に悪いが……こんなヌルい敵しか来ない環境で生きてきた魔王が、魔境の森で毎日ヒィコラ言って逃げ回ってる俺をこの程度で困らせられるとは、思わないことだ。
俺を倒したければ、リルレベルの魔物でも……いや、本当に出てこられたら割とマジでヤバいな。
やっぱり今の雑魚だけでいいです。
「安心してくれ、まだまだ敵はいるから、活躍の機会はたんまりあるぞ。――と、ネル、レイスの対処頼んだ!」
壁の向こう側から突如姿を現したレイスの、憎悪の表情から放たれる多種多様な魔法を回避しながら、俺はネルにそう叫んだ。
レイスが物理攻撃を透過することは、我が家のレイス娘達と遊んでよく理解している。
実際、今攻撃してきているコイツらも、俺の水龍からすり抜けたヤツらだろう。
レイスに効率的なダメージを与えるには、ネルが持つ『聖魔法』のような、専用の魔法が必要になってくるのだ。
「任せて! 闇を払いし主の光を、我が剣に!!『エンチャント・ブレス』!!」
そう、ネルが詠唱を唱えると同時、彼女が構える聖剣が仄かに光を帯び始める。
レイスどもは、その光を脅威として受け取ったらしい。
俺やレイエス達に魔法を放っていたヤツらは、ネルが魔法を発動すると同時一斉に身を翻して彼女に向かい、生者に対する憎しみの表情を全面に押し出しながら、ただ一人に向かって数多の魔法を放ち始める。
「っ、嬢ちゃん、避けろッ!」
「ネルちゃん!」
レイエスとルローレが慌てて援護に入ろうと動き出すが……我が嫁さんは、人間の国の勇者である。
レイスどもに群がられても、全く焦った様子もなく敵の魔法をヒョイヒョイと避け続け、そしてお返しとばかりに光を放つその聖剣で飛び回っているレイスを斬りつけると、物理攻撃をすり抜けるはずのヤツらが、上下に真っ二つとなる。
見ていて愉快になる程ギョッとした表情を浮かべるレイスどもは、そのままネルの攻撃で、なす術もなくその数をどんどんと減らしていった。
「あー……勇者の嬢ちゃんも、あんちゃんと同じ側の人間だったか……」
「……私達が心配するまでもなかったわね」
うむうむ、ウチの嫁さんの凄さを、彼らもようやく認識し始めたようだな。
でもネルさん、レイスが物陰から突如現れる度、ビクッと身体を震わせるのがなかったら、もっとカッコよかったんすけどね。
ビックリさせられる系は、ダメなのだろうか。
「――って、うおっ!?」
と、その時、敵の骨どもに混じっていた一体の骨のデカブツ――分析スキルによると、『エルダースケルトン』とかって名前のヤツが、新たに通路の奥から現れ、装備しているデカい剣の斬撃をレイエスに向かって放つ。
彼は攻撃を食らいそうになったところを機敏に飛んで回避し、その回避の途中で素早く番えた矢をエルダースケルトンに向かって射るが、矢は弾かれ、刺さらない。
普通の骨よりも、大分硬いようだ。きっとカルシウムたっぷりなのだろう。
「チッ!!」
「代われッ!」
俺の言葉に即座に反応を示し、再度繰り出される大剣の斬撃をレイエスはサッと身を翻して躱してから、大きく退って場を開ける。
そこに突っ込むのは、俺。
エルダースケルトンの眼前に躍り出た俺は、ヤツの重量級の攻撃――と言っても、魔境の森の魔物がしてくる攻撃よりはよっぽど軽い大剣の斬撃を轟滅で弾き返し、魔術回路二つ、『重量倍増』と『爆裂』を発動しながらその場でぐるんと回転して、遠心力を乗せた一撃をデカブツ骨にお見舞いする。
俺の攻撃を顔面に食らったデカブツ骨は、そのまま頭部を吹っ飛ばして、バラバラに崩れ落ちて行った。
「助かったぜ、あんちゃん!」
「おうよ」
ホッと一息吐くレイエスに、俺は短く返事をする。
……つっても、俺が手を出さずとも、何かしらの倒す手段はあったみたいだな。
さっき俺が声を掛ける前に一瞬、何か魔術回路のような紋様が描かれた、通常矢には見えない矢を矢筒から取り出そうとしていた。
恐らく、彼なりの強敵に対する攻撃手段は、しっかりと有しているのだろう。
* * *
――そうして、俺達四人で骨どもを粉々に粉砕していっていると、溢れるように続々と現れていた魔物どもは瞬く間にその数を減らしていき。
「うし! これで最後か」
最後に残ったアンデッドを肉片に加工した俺は、ビュッと振るって轟滅についた肉片を払い、肩に担ぎ上げる。
「……一時はどうなるかと思ったんだがな。なんつーか……あんちゃん、冒険者になってウチのパーティに入らねーか? 嬢ちゃんも一緒に入ってくれていいぞ」
「悪いが、あんまり長く家を空けられない身でな」
「ふふ、お誘いはありがたいですが、仕事がありますから。それに、おにーさんの――ううん、僕達の家、ちょっと遠いんですよ」
……僕達の家か。
嬉しいこと言ってくれるな。
俺達の断りに、本人も冗談で言ったのだろうが、割と本気で残念そうな顔をするレイエス。
「そうかい、そりゃ残念――待て、ということは、二人は同棲してんのか?」
「あらあらあら、その辺り、お姉さんも興味あるわね!」
興味津々な様子で、目を輝かせてそう言うルローレ。
女って、やっぱりその辺りの話は誰でも好きなのね。
「あー、まあ、同棲、ではあるのか? 二人だけで住んでる訳じゃないが……」
「うーん、確かに、何て言ったらいいか微妙なところだね」
「あん? 二人だけじゃないってことは、その歳で子持ちってか?」
微妙に言葉を詰まらせる俺とネルに対し、怪訝な表情を浮かべながらも茶化すような口調でそう言うレイエス。
「まあ、子供もいるな。俺の子と言えるのが一人――いや一振りと、妹と言えるのが二人と、住み込みメイドさんが一人と、後他に嫁さんが二人に、ペットが数匹と住んでるんだ。ネルだけは仕事で、時折ウチに帰ってくる感じだな」
そういや、レイス娘達は俺にとって何に相当するんだろうな。
妹、という感じとはちょっと違うし、娘、という感じともちょっと違うし、かと言ってリル達のようなペットではないし……あぁ、いたずら仲間か。
「は!? つ、つまり、あんちゃんは嫁さんが三人いるのか!?」
「まあ、そういうことだな」
愕然とした表情を浮かべるレイエスに、肩を竦めて答える。
「……仮面君、誠実そうでいて、実はとんでもない誑しじゃないの……」
戦慄した表情を浮かべるルローレ。
誑しとは失敬な。何故こうなったのか、俺でも謎だというのに。
「……じょ、嬢ちゃんは、その、いいのか? そんなたくさん、あんちゃんに別の嫁さんがいて……」
「おにーさんと出会ったのは、僕が一番後でしたから。それに、二人ともとってもいい子で仲良くしてますし、一緒にいると毎日すっごく騒がしくて楽しいんです」
ニコニコ顔のネルの言葉に、しばし口を開けたアホ面のまま固まっていたレイエスは、突如キリっとした顔を浮かべ、こちらを見る。
「あんちゃん」
「何だ」
「師匠と呼ばせてくれ」
「ふむ……道は厳しいぞ」
「覚悟の上だ。俺は、俺は……あんちゃんみてぇに女にモテてぇ!!」
グッと、拳を握り締め、力強くその願望を言うレイエス。
「……本気のようだな。その覚悟、しかと受け取った」
へへぇ、と平伏する彼の姿に、俺は「うむ」と真面目腐った顔で一つ頷く。
「……ネルちゃん、こう言っちゃ失礼だけど……ウチのが一番馬鹿なのは間違いないけれど、その……仮面君も相当アレね」
「あー……気付いちゃいましたか」
呆れた様子で「男って、どうして皆こう、馬鹿なのかしら……」と呟くルローレに、ネルは特に否定することもなく、ただ曖昧に笑っていた。