ダンジョン攻略開始《2》
ゴソゴソと、アイテムボックスの中を漁り出した俺を見て、幽霊船群に乗り込む緊張からか強張り気味の表情で隣に腰掛けていたネルが、声を掛けてくる。
「? おにーさん、何して――えっ、おにーさん!?」
俺が取り出した数本のソレ――ミスリルナイフを見て、これがバ火力魔法を発動するための装置であるということを知っているが故に驚いた表情を浮かべる彼女へ、俺はニヤリと笑みを浮かべて言った。
「ま、見てろ。――カロッタ! そこで一旦ボート止めてくれ!」
「む……?」
別のボートに乗り込んでいたカロッタは、一瞬怪訝そうな表情を浮かべながらも、味方に指示を出し、ボートを停止させてくれる。
最後のもう一隻も同じように止まったのを確認した俺は、数本構えたミスリルナイフに魔力を流し込んで魔力回路を起動すると、船に向かって連続で投げ付けた。
投げ飛ばしたナイフは、見事全て幽霊船群の側面にズカカ、と突き刺さり――瞬間、発生するのは、五感が破壊されそうになる程の、音と光の乱舞。
赤黒い光が辺り一面を染め上げ、爆風が水面を叩き、熱波が離れた位置にいる俺達のところまで襲って来る。
「ひゃっ!?」
「ぬおっ!?」
驚きと恐怖混じりの短い悲鳴が、幾つか聞こえてくる。
幽霊船群を飲み込んだ爆風は海面を大きく揺らし、発生した波が俺達のボートを揺らす。
――今回俺が使用したのは、魔術付与スキルのレベル『10』で覚えた、対軍殲滅用魔術回路『爆炎轟』が仕込まれたミスリルナイフである。
ひと度魔力を流し込んで起動すれば、何かに突き刺さると同時凶悪な温度の爆発が発生し、塵一つ残すことなく全てを溶かし尽くし、消滅させる。
周囲は、ただその余波だけで燃え上がり、さらに被害を増していくのだ。
まあ、一言で言うと、ナイフの形をした爆弾だな。前世だと条約で規制されそうな威力の、だ。
例に漏れずMPをバカ食いするので、レフィと比べれば微々たるものでも、人間と比べれば化け物染みた魔力を持つ今の俺ですら、十本ちょっとも放てばMPが空になる代物なのだが……ただ、その効果はあったようだ。
今の一撃で、索敵スキル及びマップで見られる範囲での敵性反応が大幅に減ったのを確認出来た。
実際目視で幽霊船群の様子を確認しても、未だ爆風で半分くらい隠れているが、見える部分は大穴が開き、至る所から火柱が上がっており、大惨事、という言葉がピッタリ来るような有様だ。
いやー、それにしても、俺も大分投擲術が上手くなったな。
以前の俺だったら、多分十本投げて二本でも刺さればいい方だったろう。
「クックック……残念だったな。このまお、じゃなくて、仮面に目を付けられたこと、後悔――って、あ……?」
もはやこのまま、燃え尽きて海の藻屑になるんじゃないか、といった様子だったのだが……何か、ダンジョンの機能が用いられたらしい。
穴の開いた部分の周囲の板がグネグネと蠢き始め、穴の部分を塞ぎ、数分も経つと何事もなかったかのように元の姿に戻ってしまった。
火災は未だ発生しているものの、見る限りだと大きな傷は全くなくなり……いや、けど、俺自身がダンジョンの運営をしているからこそ言えることだが、今の修復の仕方はまず間違いなくDPを余計に使用しての修復だ。
それに、表面上は元に戻っていても、あの大穴が開いた部分に設置されていた魔物は確実に死んでいるため、新たな配下を再配置しない限りは空白地帯のはずである。
全くの無意味だった、ということはないだろう。
うーん……どうしようか。
このまま、俺のMPが空になるまでナイフを投げ続けるか、それともそこらの効率を考えて地道に攻略をしていくか。
前者の場合は、耐久勝負だな。
敵のDPが空になるのが先か、俺のMPが空になるのが先か。つっても、俺のMPが空になったら引いて、回復するまで待てばいいんだけど。
……まあ、でも、今回はダンジョン攻略しに来たんだしな。
他の魔王がどんなダンジョンを造っているのか、っていうのはこの目で実際に見てみたくもあるし、今後のために正攻法で行くか?
そんな風に思案していると、近くにボートを止めていたカロッタが、こちらに声を掛けてくる。
「……仮面、そういうことをするならば、事前の会議の際に言っておいてくれないか」
はい、すみません。ぐうの音も出ない正論ですね。
だ、だって、さっき思い付いちゃったからさ……。
「な、何でぇ、今のは。仮面のあんちゃん、やべぇ実力じゃねぇか!」
こちらに向かってそう言うレイエスに、手をヒラヒラと振る。
ちなみに仮面は、今朝冒険者ギルドに寄った時からずっと装着したままである。
今回も、カロッタからの要望だ。
「……それと、仮面。今のはまだ投げられるか?」
「投げられる。けど、同じような結果になりそうではあるな。あっちも削れているとは思うが、魔力のことを考えると、地道に攻略した方が効率は良いかもしんねぇ」
「確かに、あの威力で連発は難しいか……と言っても、今ので相当数の敵の数が減ったこともまた確かだろう。これ以上を望むのは、贅沢が過ぎるか」
いや、連発は出来るんだけどね。
MPも上級マナポーションがあるから結構すぐ回復するし。
ま、今回は『君の心を燃やせ!! バーニングッッ!!』作戦は中止して、正攻法で攻略するとしようか。
まだ見ぬ冒険が、俺を待っているッ!
* * *
「うお、危ね」
ビシリ、と踏み抜いた板から、足を抜く。
――一番初めに『爆炎轟』をかましたためか全く襲撃を受けず、斜めに半分沈没していた幽霊船から乗船した俺達は、冒険者パーティの三人の案内に従い、甲板を伝って幽霊船群の中央付近に存在する一際大きな一隻へと乗り込んだ。
このデカい幽霊船が、幽霊船群の中でも旗艦に相当する船らしく、敵魔王の下まで行くのに一番近道であるらしい。
「ふむ、情報通り足場が悪いな。足元は十分注意しろ。――行くぞ」
カロッタの号令の後、俺達は船の内部へと入り込む。
中は、外の様子と同じく大分朽ち果てており、幽霊船じゃなかった時の名残なのか木製のジョッキや皿、崩れかけの棚などがチラホラと見られる。
ふと置いてあった木椅子の背もたれに手を置くと、全く力を込めていなかったのだが、そのままバキリと折れてしまった。
また、俺のダンジョンと同じく空間が拡張されているらしく、不自然なくらいに広い空間が内部には広がっている。
幽霊船群の様子を見てかなり規模が大きそうだと思っていたが、この様子だと俺が考えていたものよりもさらに数倍広いかもしれないな。
幽霊船のボロボロの壁から光が差し込んできてはいるが、それ以外の明かりが一切ないために薄暗く、聖騎士達が魔法で明かりを出現させ、視界を確保している。
「グリファ殿、魔物の様子は、以前もこんな感じだったか?」
「いんや、前回よりも圧倒的に少ないですよ。あん時もこんだけ楽だったら良かったんですがね……」
無造作にすら見える一撃で、スケルトンをバラバラにしながら問い掛けるカロッタに、そう言うグリファ。
魔物の襲撃は、彼らの言う通り少ない。
やはり、最初の『爆炎轟』で大分削れてくれていたようだ。
ダンジョンらしく、スケルトンやらゾンビやらも数匹襲ってきたが、聞いていたより大分少ない。
そして、数も揃っていないそんな一般徘徊モンスターはこのメンツだと相手にならないので、もはやないものと一緒だ。
ちなみにネルも、今んところは平気のようだ。
暗がりから「やぁ、こんにちは」と不意打ちで現れたりしなければ、緊張はしてもそれぐらいで済むらしい。
そうして、とりあえず順調な滑り出しでダンジョン攻略を行っていると――。
「お、こりゃ……宝箱か?」
俺の視界に映ったのは、樽や木箱がなどが乱雑に置かれた倉庫らしい部屋の隅っこに、隠されるようにして置かれた一つの宝箱。
倉庫部屋を守るように、鎧を身に纏った、他のヤツらよりも一段階上のステータスを持ったスケルトンが二体いたが、ぶっちゃけ全然強くなかったので今回の我が主武器である轟滅でバラバラにした。
戦棍、いいわ。
このダンジョンだと、相性が非常に良い感じだ。
「あんちゃん、気を付けろ。宝箱ってのは、五割が侵入者をハメるための、侵入者の気を逸らすための罠だ。中身が入っている場合しかり、入っていない場合しかり、な。それに、以前ここを通った時はこんな部屋なかったからよ」
と、宝箱に気を引かれている俺を見て、注意を促してくる冒険者のレイエス。
む……まあ、ゲームじゃないんだし、そりゃそうか。
俺だって貴重品はダンジョンである城の方にはおかないし、それでも途中で宝箱を設置したとなれば、十中八九罠とするためだろう。
ちなみに、城はもうほぼただの幼女組の遊び場と化しているため、壊されたら困るようなものはそっちに置かないという理由もあったりする。
「オーケー、十分気を付けるよ。ま、けど任せろ、こういう時のためにいいモン持って来てんだ」
見逃す手もあるが、初めての宝箱だしな!
仮に罠だとしても、これは是非とも開かなければならんだろう。
一応カロッタに確認を取ると、「まあ、お前がやるのならばいいだろう」と許可を貰えたので、俺は宝箱の観察を開始する。
索敵スキルが反応を示さないので、コイツがミミック的な魔物ではないことは確定。
魔力眼で確認してみると……あぁ、何か仕掛けられてはいるようだな。内部に魔力が一定箇所で固まっているのが確認出来る。
錠前も、宝箱自体の内部に組み込まれているものが一つ。フタを開きたければ、コイツもどうにかしなけりゃいけない。
しかし、俺はそんな、罠なんかを解除するような技術は持っていない。
ならば、どうするか。
――今こそ、今回のダンジョン攻略のために準備しておいた、魔王の秘密道具を使用するのだ!
「うわぁ……おにーさん、何それ? なんか禍々しい感じだね」
「ほう、見たことのない魔道具だな」
俺がアイテムボックスから取り出したのは――『手』。
ナイフのように鋭く尖った細長い指を五本持ち、掌の部分は骨のようなもので構成されたフォルム。
全面に魔力を流しやすくするための紋様が走り、それが指先まで広がっている。
コイツは、『イービルハンド』。今まで何度も使っているイービルアイやイービルイヤーと同じシリーズの、ゴーレムである。
出来ることは、罠の解除、鍵の解錠など、まさにダンジョン攻略にうってつけのもの。
仕組みとしては、指先から発した魔力を対象に当てることで、その構造、例えば罠ならばどういう仕組みの罠なのか、鍵ならば鍵穴の中がどうなっているのか、などの状態を確認し、その後五本の指を駆使して解きにかかるらしい。
物によって解くのが完了するまでの時間が変化するが、実験した限りだと今のところコイツが解けなかったものはない。
DPで交換した前世の錠前なんて、一瞬で開けやがったからな。
こんな便利なアイテム、もっと早くに欲しかったところではあるが、少し前に精霊王が来て、彼に力を貰ってダンジョンの格が一つ上がった後DPカタログに出現したゴーレムなので、その辺りは仕方がない。
結構なレアゴーレムではあるのだろう。
「やれ」
すでに魔力が充填済みであるイービルハンドをポンと放ると、器用にナイフの指をしならせて宝箱上に着地。
親指部分と小指部分だけで身体を支えながら残りの三本の指が魔力を発ち、宝箱の状態を確認し始める。
そして、少ししてそれが終わると、今度はカサカサとまるで生物のように蠢きながら宝箱中を徘徊し――やがて、カチャリと宝箱の内部から音が鳴った。
「よし、開いた!」
『おぉ……』
様子を窺っていた後ろの連中が、感心した声を放つ。
俺は、さぁ初めての宝箱だ、とワクワクしながら宝箱のフタを開け――。
――『ゴー〇トシップ』という映画がある。
少し前のホラー映画なのだが、あの映画の中で、俺のトラウマになったシーンが一つある。
それは、缶詰の飯を食っていたら、実はそれが……というシーンだ。
あれを見た後、俺自身も吐き気がして、しばらく何も食う気が起きなかったのだが……今、何故それを思い出したのかと言うと――。
「…………え」
――俺の視界に飛び込んできたのは、宝箱いっぱいにビッシリと詰まった、大 量 の ウ ジ 虫。
開いた瞬間、フタの裏側にくっついていたソイツらが、何匹も俺の指を伝って掌を上り始め――。
「んぎゃああああああああッッ!?!?!?」
俺は、悲鳴をあげて宝箱のフタから手を離し、腕をブンブンと必死に振って引っ付いたウジ虫を払い、転げながら大慌ててで後退って、たまたまそこにいたネルにあまりの恐怖から縋り付いた。
ひ、ヒィ……と、取れた!? 全部取れたか!?
「わっ、ちょっと……あー、まあ、今のは確かに気持ち悪かったね……ほら、もう大丈夫だよ」
よしよし、と慰めるように頭を撫でてくる彼女の腰の辺りに、膝立ちの状態で抱き着いたまま、俺は唇を震わせて言う。
「ネル……お、俺はもうダメだ。死ぬかもしれない」
「蛆にビックリしたぐらいじゃ人は死なないから、安心しておにーさん」
その彼女の温もりと苦笑気味の優しい声色にどうにか精神が落ち着いてきた俺は、我ながら無様極まりない姿であるとは思いつつも、彼女に縋り付いたまま深呼吸を幾度か繰り返して、ようやく立ち上がった。
「フゥ、フゥ……び、ビビった……マジで。ホントに。全身がゾゾゾって、こう、もう、ゾゾゾって、ヤバかった」
俺の語彙力も大分ヤバくなっているが、無理。
今のは、ホントに無理。今世紀最大級に鳥肌が立ったかもしれない。
クッ……罠は解いたから、後は中身を確認するだけと、初めての宝箱にかなりワクワクしていたのに……まさかこういう精神的苦痛を与えるトラップを仕掛けてくるとは。
しかもウジ虫以外何にも入ってなかったし!
おのれ魔王、絶対に許さん!
「……あのあんちゃん、何だかんだ言ってたのに、結局彼女ちゃんよりも先に悲鳴あげてんじゃねぇか……」
「……言ってやるな。あの者が、我々の中でも飛び抜けて強いことは間違いないのだ。強いことは」
と、未だネルに引っ付いたままの俺を呆れた様子で見ながら、そう言うグリファとカロッタ。
その後ろで、聖騎士連中も苦笑いを浮かべている。
お、お前ら、言っておくがな、今のは宝箱を開けたのが俺じゃなくたって、絶対ビビったからな! 絶対同じようなリアクションしてたからな!
手に何匹もウジ虫が引っ付いて来たら、余裕なんてかましてらんねぇからな!




