ダンジョン攻略開始《1》
夏なので、ホラー仕立てでダンジョン攻略していきましょう。
ネルさんのSAN値がゴリゴリ削られますね。
「――それでよ、聞こえて来たんだ。どういう訳かわからないが……その船長の名前を、呼ぶ声が」
語り手の男、冒険者パーティの一人であるレイエスは、おどろおどろしい声色で話を続ける。
「仲間は全員、すでに自分達の船に退去済み。である以上、自分の名前を知っていて、呼ぶ者なんて、当然いるはずがない。訳が分からない。ゾクッと、背筋が凍るような思いの船長は、恐る恐る後ろを振り返り――」
ゴクリ、と誰かが唾を呑む音。
レイエスの語りに、誰も言葉を挟むことが出来ない。
「――そこには、笑って、自分の名前を呼び続ける骸骨の姿があったんだってよ。カタカタ身体を震わせて、笑う骸骨の姿が」
沈黙が、辺りを包む。
ゾっとしたのか、自身の両腕を擦る聖騎士の姿もある。
「肝が太いことで有名だったその船長は、悲鳴をあげて慌てて逃げ出し、それから今に至るってところだな。――気を付けろ、その船長は無事に帰って来れたが、今から俺らが乗り込む幽霊船の奴らは、神に呪われ、二度と陸に上がることを許されず、永遠に海を彷徨うことになった者達。だから、生きた者を羨み、憎み、襲ってくるって話さ」
「……その、神に呪われてってのは、誰から聞いたんだ?」
話を聞いていた聖騎士の一人が、そうレイエスに問い掛ける。
「あぁ、こっちの地方の船乗りに伝わる伝説さ。幽霊船ってのは、神を嘲り、呪われた者が辿る末路なんだとよ」
……さまよえるオランダ人かよ。今から俺達は、フライングダッチマンに乗り込むってか。
同じような話は、どこにでもあるもんだな。
ただまあ、あっちのはただの伝承だが、こっちはこうして、『ダンジョン』という実際に存在する脅威なので、厄介さで言えばこっちの方が圧倒的に上か。
怪談なんかも、作り話じゃなくて実際にありそうなのが怖いところだ。
今の骸骨なんかも、分析スキルを持ったスケルトンの魔物だったら、可能な訳だし。
……なんかちょっと、そう考えると、夢がなくなるな。
「あー……皆さん、あんまりコイツの言うこと、真に受けない方がいいですよ。酒場の酔っ払い達に聞いた話を、それっぽく言っているだけなので」
と、レイエスにジト目を向けながらそう言うのは、冒険者パーティのもう一人、ローブを着た魔術師らしい女、ルローレ。
「何でぇ。いいだろ、こういうのはホントかどうかわからないから面白いんだ」
「そんなこと言って、この前だってホラ話を信じ込んで痛い目見ていたじゃないの」
ウッ、と、痛いところを突かれたといった顔を浮かべるレイエス。
「――お、何だ。楽しそうだな」
「ふむ、交流を深めているようで何よりだ」
二人の様子に聖騎士連中と一緒になって笑っていると、船の中の方から、何かしらの打ち合わせをしてきたらしい、冒険者パーティのリーダーであるグリファとカロッタが現れる。
「あ、リーダーと聖騎士の姉さん」
現れた二人の姿を見て、レイエスが声をあげる。
聖騎士の姉さん……カロッタにはピッタリ来る言葉だ。
「三、四……よし、ちょうどいい。甲板には揃っているようだし、この辺りでミーティングといこう。集まれ!」
カロッタの掛け声一つで、この場にいなかった数人の聖騎士達が瞬時にこちらに駆け寄って来る。
「これで全員だな。これよりミーティングを行う! まずは……グリファ殿。すでにダンジョンに潜ったことがある先駆者として、注意すべき点を聞かせてもらえるか」
カロッタの言葉に、グリファは「あー……」と慣れてなさそうに頭をガシガシと掻きながら、口を開いた。
「そんじゃ、僭越ながら、幾つか。まず、乗り込む前に一つ気を付けてもらいたいのが――海中だ」
「海中?」
女聖騎士の一人が、疑問の声を漏らす。
「あの幽霊船に近付こうとすると、周囲の魔物どもが襲ってくるんだが、それは飛んでいる奴らだけじゃなく、海中の奴らも襲ってくるんだ。調査初期の頃、ボートの下に現れたサーペント系の魔物に食い破られ、一隻やられたことがある。注意してくれ」
なる程……海の下は、確かに見難い。
索敵スキルがあるから、そう簡単に不覚は取らんと思うが、警戒はしておくべきだろうな。
「そんで、実際に見てもらえばわかるんだが、中は相当入り組んでやがる。不意を突かれねぇよう、物陰や角は注意だ。後は、以前とは内部の造りが変わっていたりすることもあって、何が起こるかわからない怖さもある。周辺警戒は密にやってくれ」
「内部が変わるのか?」
俺の質問に、コクリと頷くグリファ。
「あぁ。どうも、一定時間で構造が切り替わる造りらしい。描いた地図も、何度か更新している。これがなけりゃあ、攻略ペースはもっと早くなってたろうな」
そう言って彼は、羊皮紙に描かれた数枚の手書きの地図を、ヒラヒラと見せる。
へぇ……この様子だと、ウチのレイス娘、ローの使う精神魔法みたいなもので侵入者を惑わしているんじゃなく、本当に構造が変わっているっぽいな。
ダンジョンってそんなことも出来るのか。覚えておこう。
「出現する魔物は、ある程度聞いていると思うが、レイスやアンデッド、スケルトンなど、死霊系の魔物がほとんど。魔王も死霊系だ。――ま、聖騎士の方々にとって、そういう化け物退治は本職だろうから、そこんところは期待させてもらうぜ?」
肩を竦めてそう言ったグリファの後に、カロッタが言葉を続ける。
「聞いたな、お前達。相手は教会に属する我々にとって、相性が良いとも言える相手だ。不覚を取ろうものなら、本部の連中にクビにされてしまうぞ。……あー、だがまあ、今回に限って、ネルは例外としておこうか」
「ちょ、ちょっと、そこで僕をやり玉に挙げないでくださいよ……」
もう、と不満そうに唇を尖らせるネルに、俺達は笑った。
* * *
そうして、ダンジョンに関する話し合いをしながら船に揺られていると――望遠鏡を覗き込んでいた水夫の一人が、声を張り上げる。
「見えたぞー!」
船の甲板で待機していた俺達は、水夫の指差す方向に揃って顔を向けた。
――遠くに見える、海上に浮かぶ点。
船が近付くにつれ、その姿はどんどんと大きくなっていき――。
「うぉぉ……」
やがて、露わになる幽霊船。
その全貌を前に、俺は小さく声を漏らした。
コイツは……すごいな。
幽霊船なんて聞いて、漠然とボロボロの一隻の船を想像していたが……それは、違ったようだ。
幽霊船は、複数だった。
何隻ものぶっ壊れかけの船が積み重なり、それが一塊となって、海上に存在している。非常にデカい規模だ。
言うならば、『船の墓場』が、丸ごと海を漂っている感じか。
そんな状態でどうやって海に浮いているのかが不思議だが……恐らくは、ダンジョンの不思議力でも作用しているのだろう。
……なるほど、これは案内人無しじゃあ、どうしようもないな。
闇雲に魔王のいる場所を探そうとすれば、何十時間、下手すれば数か月も掛かることだろう。
船の様子を観察していると、さっそく俺の索敵スキルが敵性反応を感知し始め、幽霊船群の上や周囲を漂う火の玉やらレイスやら骸骨やらが目視で確認出来るようになる。
うーん……全然可愛くねぇな。
例えば俺の中のレイス像なんかは、レイ、ルイ、ローの三人娘達が基本になってるから、大分可愛いことになってるんだが……やっぱり普通のレイスはただの化け物だ。
こうやって見ると、あの子らはかなり特別な存在だったのだろうということがよくわかる。
普通にレイスを召喚したつもりで現れた子達だったしな。
「ヒッ……」
と、まだ船に乗り込んでもいないというのに、俺の隣でネルが小さく息を呑む。
「お前……まだ乗り込んでもないぞ」
「だ、大丈夫……全然大丈夫だから」
「いや、どう見ても大丈夫そうでは――」
「大丈夫だから!」
「お、おう……そうか。大丈夫か」
グイと顔を近付けてくるネルに、俺は上半身を後ろに仰け反らしながら、そう答える。
何だろう、そうやって強く言うことで、自分に言い聞かせでもしているのだろうか。
「カロッタ殿。これ以上近付くと我々の船が捕捉され、攻撃を受けてしまう。……申し訳ないが、ここからはボートであそこまで向かってもらうことになる」
帆を畳んで船を停止させてから、寄って来た船長の言葉に、カロッタはコクリと頷く。
「あぁ、わかっている。我々が戻るまで、この場での待機を頼む。――さて、お前達。楽しいクルージングの時間は終わりだ。武装の最終確認を」
カロッタの言葉に、聖騎士の連中が揃って武装の確認をし始める。
俺も、確認しておくとしようか。
そうして、アイテムボックスから取り出したのは――。
「……おにーさん、今回は大剣じゃないんだね。それは……メイス?」
「おう。場が狭いってお前から聞いてたからな。新しいの準備してきた」
エンを連れて来なかった今回のダンジョン攻略で、俺が使用する武器は――『戦棍』である。
轟滅:魔王ユキの作成した、黒の戦棍。立ちはだかる全てを破壊し、己が覇を突き進む。品質:S-。
銘は、『轟滅』。
アダマンタイト製で、金属の棒の先にかなり大きめの突起の付いた球が装着され、長さは両手剣と同じ程。
重量は、なんとエンよりもこちらの方が重く、無造作にそこらの床へ置こうものなら、恐らく床が凹む。ダンジョンの床なら大丈夫だけど。
魔術回路は二つ仕込んであり、『重量倍増』と『爆裂』。魔力を込めて殴ると、一撃の重さが増し、そして爆発する害悪仕様だ。
何にも考えず、ただ力任せのごり押しを可能にする、というコンセプトで、コイツを造った。
あと、剣系の武器を持つと、ナイフぐらいならまだ許してくれるが、それ以外はエンが若干拗ねるので、全く剣に見えないような外見の武器にした、という事情もある。
魔王が絶対に勝てないものを教えてやろう。
それは、嫁さん、妹、自身の娘の三つである。悲しいね。
「――確認は終わったようだな。出発するぞ!」
カロッタの号令の後、俺達は縄の梯子を下り、海上に下ろされたボートへとそれぞれ乗り込む。
ボートは三隻。
コイツは舵の部分にエンジンとして魔道具が備え付けられた特殊仕様で、前世のボートのように漕ぎ手がいらず自動で動かすことが可能なものらしい。
非常に高価なもので、普段滅多に使われることはないそうだが、このダンジョン攻略のため以前港町ポーザの領主が奮発して揃えたのだそうだ。
それだけ、この幽霊船の退治を、彼も重視しているのだろう。
「ご武運を。敬礼!」
そして俺達は、船の水夫達に敬礼されながら、ボートのエンジンである魔道具を起動した。
そこまでスピードは出ないが、それでも着実に波を搔き分け、突き進んでいく。
視界に映る、どんどん近くなるボロボロの幽霊船群の姿は見れば見る程に不気味で、ネルじゃないがゾクッとしたものを……そう言えば、よく考えてみればこれ、木造だよな。
木造ということは、つまり――燃えるよな?
…………。
(おや、魔王が何かを思い付いたようだ……)




