ヨーソロー
――翌日、早朝。
「……お前達、随分と日に焼けたな?」
「おう、楽しかったぜ」
「ご、ごめんなさい、遊びに来た訳じゃないのに、しっかり楽しんじゃって……」
若干呆れたような顔でそう言うカロッタに、俺はグ、と親指を突き出し、ネルは恐縮した様子で謝る。
昨日はあの後、翌日に疲れを残さないよう一時間ぐらいで切り上げ、着替えて少し町をブラブラしてから、海辺の食堂で二人で飯を食い、宿まで戻った。
非常に楽しかった。海であんな風に騒いだのも、こんなまったりしたのも、久しぶりかもしれない。
ダンジョンじゃあ、良くも悪くも毎日騒がしいからな。ま、いいことだけどよ。
「いや、休めと言ったのは私だからな。別にそのことは構わないのだが……フフ、お前達が十分に休めたのなら、それで良しとしよう」
微笑ましそうに言ってから、コホンと咳払いを一つしてカロッタは表情を切り替え、幾ばくか真面目な様子で言葉を続ける。
「さて、それでは冒険者ギルドに向かうが、二人も準備はいいな?」
「冒険者ギルドじゃあ、何をするんだ?」
「今回我々が潜る予定のダンジョンは、冒険者ギルドが管理していたダンジョンなのでな。冒険者ではなく聖騎士である我々がそこに潜るという事前連絡と、後はダンジョン内部に精通した者を数人、そこで借り受けることになっている」
「なるほど……案内人の確保か」
それは、確かにいた方がいいだろうな。
勝手のわからない他所様のダンジョンなんだし。
「僕達の方は、大丈夫です。部屋を出る前に準備を整えて来ましたから」
「そうか、ならばいい。――では、向かうとしよう」
* * *
「おはようございます、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「連絡が行っていると思うが、我々はファルディエーヌ聖騎士団の者だ。ギルドマスターを呼んでもらえるか」
「聖騎士の方々……少々お待ちを」
受付のおねーさんはピクリと反応を示すと、すぐに裏方の方へと引っ込んで行き……少しして、奥から一人の若い優男を伴って戻って来る。
「どうも、聖騎士団の方々だね。私がこのギルドのマスター、ジェイです。話はアーベル殿から聞いているよ、今回はこちらの都合で、こんなところまで来ていただいて、ありがたい」
「気にしないでいただきたい、我々も我々の都合でここまでやって来ただけ。教会とギルドの利害が一致したからこそ、我々もここにいる」
「そう言っていただけると、こちらとしては助かりますよ。――話はこれぐらいで。さっそく、サポートの者達の紹介をしましょう。グリファ、ルローレ、レイエス」
「お呼びで」
「うす」
「あんた達、もう少しちゃんと返事しなさいよ……はい、ギルドマスター」
ギルドマスターの呼び掛けに返事をしたのは、ギルドに併設された酒場で待機していたらしい、三人組のパーティ。
まず、片手剣に盾という真っ当な装備している男が、グリファ。パーティリーダーだそうだ。
ローブを着た魔術師らしい女がルローレ、軽装で弓を装備している男がレイエスと、それぞれが名乗る。
冒険者のランク的には、赤銅、鋼鉄、銀、金、魔銀、アダマンタイト、オリハルコンと七段階に分かれている内の、魔銀ランクの者達であるらしく、結構高めのランクの冒険者であると言えるだろう。
実際、ステータスを見ても、ネルとカロッタ以外の聖騎士達と、同程度のステータスをしていることがわかる。
「ほう……流石に精鋭を連れて来るか」
カロッタも彼らの実力を感じ取っているらしく、ポツリとそう溢す。
「この三人は、魔王討伐に向かったパーティの中で、正面戦闘を熟しながら唯一被害を出さなかった者達。役には立てると思いますよ」
「それは大したものだな、是非とも働きに期待させてもらおう」
「よしてくださいや、以前調子に乗って、痛い目を見たことがあるってぇだけですよ。魔境の森で一度死に掛けてから、何でもかんでも慎重になってるもんで」
苦笑い気味に謙遜する、パーティリーダー、グリファ。
へぇ、コイツら、魔境の森に来たことがあるのか。
時折現れる、あそこの浅いところへ希少な素材を採りに来ていた、冒険者達のどれかだろうか?
「そう言うな、お前達にも活躍してもらわないと、ギルドの立つ瀬がなくなる。ビシバシ働いてくれ」
「……ま、やれる限りはやりますけども」
窘めるギルドマスターに、覇気のあんまり感じられない様子でそう答えるグリファ。
あぁ、なるほど……案内人役の彼らは、冒険者ギルド側のメンツのためでもあるのか。
教会は聖騎士達を送っているため、教会の力で民の敵である魔王を倒した、と宣伝出来るが、ここに冒険者を混ぜることで、冒険者ギルドもまた自分達も討伐に協力したと声高々に言うことが出来ると。
カロッタも何も言わないところを見るに、その辺りの話はすでに付いているのではないだろうか。
……そう言えば俺、一回も依頼を受けたことないけど、冒険者ではあるんだよな。レフィと一緒に、身分証のためだけに登録したヤツ。今もアイテムボックスに眠ってるわ。
そのことは……黙っておいた方が良さそうか。あれ、名前も『ワイ』じゃなくて『ユキ』で登録されているし。
まあ、カロッタであれば、今更名前を誤魔化す必要もないだろうが……つっても、カロッタは俺のことを『仮面』と呼ぶし、ネルも『おにーさん』って呼ぶから、別に今のままでも支障はないしな。
何らかの機会があれば、明かすとしよう。
* * *
それから、カロッタが幾ばくかの手続きを終えてから、全員で移動を開始し――やって来たのは、海辺の桟橋。
「へぇぇ! コイツで移動するのか!」
目の前にある、結構なデカさをした一隻の帆船に、俺は歓声をあげた。
こっちの世界じゃ何て言うのか知らんが、確か前世だと、ガレオン船って括りにされる船だ。
大きさから見ても予想が付くが、やはり数十人体制で動かす船であるらしく、多くの水夫達が現在張り切って物資の積み込みを行っている様子が窺える。
こういうガチの帆船を見るのは、生まれて初めてだ。
何と言うか、こう……ワクワクするね、見ていて。
前世で安めの遊覧船ぐらいは俺も乗ったことがあるが、こういう帆船のロマンはまた別物だろう。
「……いや、つか、待て。すっごい今更なんだが、何で船?」
と、根本的な俺の質問に答えたのは、隣に立つネル。
「あ、そっか、おにーさんダンジョンについてまだ聞いてなかったよね。あのね、今回のダンジョン、海の上にあるんだ」
「海の上……?」
海上にポツンと洞窟の口でも浮いてんのか?
いや、それだと離れ小島ってだけで、海の上とは言えないか。
そう、頭にハテナを浮かべる俺に対し、何だか嫌そーーな表情のネル。
「? 何だよ、そんなピーマンを皿に置かれた時のイルーナみたいな顔して」
「すっごく想像しやすいところで例えてきたね……」
一瞬フフっと笑ってから、ネルは言葉を続ける。
「正しく言うとね――海を漂う幽霊船に出来たダンジョンなんだよ」
「は? 幽霊船?」
詳しく話を聞くに……どうも、ある頃からレイスやスケルトンなどのゴースト系の魔物が、この港の付近の海域に多数確認されるようになったらしい。
原因を突き止めるため、その海域の探索を行ったところ、発見されたのが――海を漂う幽霊船。
最初は漂流船か何かと勘違いし、救助のために乗り込んでみれば、出るわ出るわ、魔物どもが。
一番初めに船を発見した彼らは慌てて逃げ帰り、その後何度か調査を経た後、その幽霊船がダンジョンとなって魔物を生み出している、ということがわかったのだそうだ。
これから俺達が乗り込むこの船がデカいのも、海上にある幽霊船を攻略するためだとのこと。
必然的に、攻略の拠点が幽霊船へと近付くためのこの船になるため、多くの物資を積み込む必要があり、船もデカくなる、という訳だ。
俺のアイテムボックスのような、収納の魔法なるものもあるが、誰も彼も持っているもんじゃないしな。収納限界もあるし。
「……お前、大丈夫なのか? ビビリのお前が、幽霊船探索て」
コイツのビビリ具合は、一級品やぞ。可愛いからいいけどさ。
「う……自覚があるだけ、ビビリを否定出来ない……まあ、仕事だからね、仕方ないかなって……」
達観したような、遠い目をして答えるネル。
……そうか。仕事か。
なら、まあ……お前がどれだけ嫌だろうが、関係ないよな。
「うぅ……最初はダンジョン攻略ってだけ聞いてたから、特に何にも言わず引き受けたのに、それがまさか幽霊船なんて……はぁぁぁ……」
クソデカ溜め息を吐き出す我が嫁さんに、俺は苦笑を浮かべ、励ますようにその頭をポンポンと撫でる。
「……ま、安心しろ。お前一人で攻略するって訳でもねーし、何かあっても必ず守ってやるからよ。お前がビビるのだけはどうしようもないけど」
「……おにーさん、その最後の余分な一言が無ければ、カッコいい一言で終わったんだけど?」
「悪いな、俺は最近、お前のことが好き過ぎて、お前を揶揄うのが生き甲斐の一つになりつつあるんだ!」
「ビックリするぐらい嬉しくない告白だね!?」
隣で「むー!」と頬を膨らませるネルに笑いながら、俺は聖騎士達と共に板のタラップを上ってガレオン船へと乗船する。
数分した後、積み込みも全て終わったらしく、船長らしい偉丈夫が野太い声を張り上げる。
「帆ぉー上げー!」
「帆ぉー上げー!」
復唱される掛け声。
もやい綱が解かれ、水夫が数人掛かりで何本もあるマストにそれぞれ帆を張り――そして、俺達を乗せたガレオン船は、ゆっくりと発進した。




