海に来たらすることは一つ
「さて、後は冒険者ギルドだが……今日は、これで休みにするとしよう」
領主館で挨拶を済ませた後、案内された豪奢な宿で領主館の使用人の一人が受付を済ませている間、カロッタがこちらに向かってそう言った。
「よろしいのですか?」
聖騎士の一人、セローがそう問い掛け、カロッタはコクリと頷く。
「休息も必要だ。二日馬車に揺られて来たのだ、特に御者をやっていたセローとナズルは、疲れも溜まっているだろう。――それに、普段はあまり会えない者達もいることだしな」
ニヤリと笑ってそう言ったカロッタを見て、何かに気付いたような表情を浮かべた他の聖騎士連中もまた、意味ありげに笑みを浮かべる。
「なるほど……それでは、お言葉に甘えて、私はこれで休ませていただきましょう」
「俺も、そうさせてもらおうか」
「フフ、じゃあ、私達の方も休ませてもらいますね」
各々、ニヤニヤしながらこの場から去って行き――残されるのは、俺とネルのみ。
全く……余計な気を利かせてくれちゃって。
俺は一つ苦笑を溢し、聖騎士達のからかい混じりの気遣いに「もう、皆ったら……」と気恥ずかしそうな様子のネルへと声を掛ける。
「ネル、何かすることとか行きたいところとかあるか?」
「ううん、特にないよ」
「よし、なら、ちょっと遊びに行こう」
「え? うん、いいけど、どこ行くの?」
海に来たら、何をするか?
――当然、海で遊ぶしかないだろ!
* * *
この人はバカなんじゃないか、と思うことは今までも多々あったけれど……やっぱりその通りであるらしい。
「うむ……うむ」
いや、うむじゃないけど。
満足そうに何度も首を縦に振る目の前の恋人に、恥ずかしさで若干自身の顔が熱くなるのを感じながら、ジトッとした目を向ける。
「……おにーさん、何さ、この下着。ここにいるのがおにーさんだけだから、着たけどさ……」
人気の全くない海辺まで連れて行かれ、そこで彼から渡されたのが、厚手の生地の上下分の下着だった。
柄は可愛いもので、そこは素直に嬉しくはあるのだが、如何せん布面積が少な過ぎる。
自身の索敵スキルと、勇者として鍛えられた気配を感じ取る力で、この場にいるのが彼と自分だけだということがわかっているため、彼の望み通りに着はしたが……。
「それは下着じゃないぞ。水着だ。海とか川とか泳ぐ時に着るヤツだな」
「……いや、水着って、もっと服みたいなヤツでしょ? こんな布面積が少ないの見たことないけど……」
水夫が訓練用に水着を着ているのは見たことあるが、間違ってもこんな、ピラピラしたものではなかった。
町中の女性の服なんかは、確かに大分はだけてはいたが、それでもこの下着と大差ない服よりはしっかりと着込んでいた。
よっぽど、今の自分の方がはだけた格好をしていることだろう。
「安心しろ、超絶似合ってるから、誰が見ても目を奪われること間違いなしだぜ! ……まあ、俺以外の男が今のお前を見たなら、ソイツの目ん玉くり抜くのも吝かじゃないが」
「やめてね」
思わず、苦笑を溢す。
ちなみに、彼もまた、今はハーフパンツのような水着を着ているのみで、上半身は裸だ。
筋肉隆々、といった程ではないが、程よく引き締まった身体付きをしており、割と好みの体形である。
薄く浮いた腹筋も、男の人らしさを感じるもので……ふへへ。
「ひぃあっ!? な、何だよ急に!」
「え? あっ、ご、ごめん」
無意識でさわさわと触り心地の良い腹筋に触れていた指を、慌てて引っ込める。
し、しまった。彼の腹筋を見ていたら、勝手に指が伸びていた。
「――って、いいのか、別に。僕もう、おにーさんのお嫁さんなんだし、おにーさんの腹筋は僕のものってことで」
「いや、俺の腹筋は俺のものだけど!?」
愕然とした表情を浮かべる自身の恋人に、グッと力を込めながら言葉を続ける。
「でも、おにーさんだって、よくリューの耳とかレフィの角とか『俺のもの!』って言ってるでしょ? その理屈で言うとおにーさんの腹筋は僕のものだし、おにーさんのものであるリューの耳もレフィの角も、僕のものでいいよね!」
「すげぇ暴論を吐いてきたな!? た、確かに俺も、そんなこと言ったことはあるけど――ってひょあっ!?」
普段あまり聞けないような高い声を出す彼の脇腹を、さすさすと触る。
「そういう訳だから、おにーさん! 大人しくそのお腹を、僕に差し出すのだー!」
「ちょ、あひひひっ、やめっ、くすぐってぇ!」
「あははは、待てー!」
逃げ出した彼の背中を、笑いながら追いかける。
じんわりと、胸の奥が温かくなるのを感じながら――。