閑話:悲劇のヒロインごっこ
少女は、慟哭していた。
「ねぇ……ヒグッ、何で……何でよ……」
「…………」
「お願い、目を開けて……お願いだから……!」
目の前にある、ソレ――ただの物と化してしまった青年の身体を、彼女はゆさゆさと揺するが、反応は返ってこない。
青年の身体は、動かない。
「どうして、どうして何も言ってくれないの……? 何か言ってよ、おにいちゃん! おにいちゃんってば……」
少女は、青年の身体に縋り付き、ただむせび泣き続けた。
「…………何をしておるんじゃ?」
「「悲劇のヒロインごっこ(だよ!)」」
揃ってそう言った俺とイルーナを前に、呆れた表情を浮かべるレフィ。
「……お主らは、何故そう、普通の遊びが出来ないのか……というか、シィのそれは何の役じゃ?」
「シィはね、かなしムともだチを、うしろからみまもるやク!」
「……その割には、随分とニコニコしておったが?」
「だって、みんナくらいかおじゃあ、なんだカくらくなっちゃうでしょ? だから、シィはニコニコしてたノ!」
「そ、そうか……」
元気良くそう言うシィに、色々言いたいことがあるのを我慢するような顔で、相槌を打つレフィ。
諦めろ、レフィ。
シィはウチの住人の中でも一番の天然ちゃんだ。
この子に、我々の常識は通用しないのである。
「ね、おねえちゃんもやろう!」
「えっ」
レフィの手を握り、ニコニコ顔で誘うイルーナ。
「おねえちゃんも、ひげきのヒロインごっこ、一緒にやろう!」
「よし、じゃあ、レフィも交えてテイク2行こうか」
「イこう!」
「……い、いや、あの、儂はまだやるとも言ってないんじゃが」
* * *
少女は、慟哭していた。
「何で……何でよ……!」
「わ、ワンワン!」
「…………」
「お願い……お願いだから、目を開いて……!」
「クゥゥン……ワンワン!」
目の前にある、ソレ――ただの物と化してしまった青年の身体を、彼女はゆさゆさと揺するが、反応は返ってこない。
「ヒグッ、うぐっ……もう一回、もう一回だけでいいから、声を聞かせてよ、おにいちゃん……!」
「ワンワン! ……ちょっと待て」
レフィが、思わずといった様子で口を挟んだ。
「どうした、レフィ」
「どうした、じゃないわ! 悲劇のヒロインごっこじゃろう!? どうして突然犬が出て来るんじゃ!」
ぐわぁ、と吠える犬耳と犬鼻を装着しているレフィに、俺は淡々と答える。
「青年は犬のペットを飼ってたって設定だからな。アホだから飼い主が死んだことにまだ気付いてなくて、必死にエサをねだり続けるアホ犬」
「随分とぴんぽいんとな設定を持って来たの!?」
愕然とした表情で、そうツッコむレフィ。
俺、コイツのこの表情を見たいがために、生きてる説あるわ。
「わかった、じゃあ、ちょっと設定を変えて、飼い主に忠実で、飼い主が死んだことにもちゃんと気付いていて、悲しみに暮れる犬の役に――」
「いや、待て。待つんじゃ。儂が悪かったから、犬以外の役を頼む」
「何だ、注文が多いな。なら……すまん二人とも、レフィがわがまま言うから、役を代わってやってくれないか?」
「じゃあ、イヌのヤく、つぎシィがやる!」
「なら、おねえちゃんが次、ひげきのヒロインね! イルーナが後ろで友達を見守る役!」
「オーケー。それじゃあ、俺は変わらず死体役で、テイク3な」
「くっ……此奴らの遊びに、思わず横槍を入れてしもうたのが、運の尽きじゃったか……!」
その通りです。
* * *
少女は、慟哭していた。
「え、えー……ゴホン、おぉ、青年よ、死んでしまうとは情けない」
「ブフッ」
青年は、吹き出した。
「……お主、死んでおるのではなかったのか?」
「おにいちゃん、死体は喋っちゃメ! だよ!」
「メ!」
「す、すまん、今のは不意打ちだったし……つ、次はちゃんと死体やるから」
横たわる、死体の青年。
そして少女は、再度動かなくなった青年の頬に、手を当てた。
その冷たくなった頬を、悲しみからか、少しだけ指を震わせながら、優しく撫でる。
「おぉ、何故、何故こんなことに……四肢をもぎ取られ、腸をねじ切られ、臓物を貪り食われ……こんな、こんな悲惨な死に方をすることもなかろうに……」
「ブハッ」
青年は、吹き出した。
「……ユキ、人に注文が多いだの何だの言っておきながら、お主かてちゃんと役を演じられておらんではないか」
「い、いや、けどお前、余計な設定を付け足すのは卑怯だぞ! しかもムダにグロいし!」
いったい、何が理由で死んだんだ、青年は。
「お主かて犬の役に無駄な設定を付け足しておったじゃろうが。……というか、そもそもとして、いらんじゃろう。犬は」
「えー! イヌは、ひつよウだよ!」
「……シィ、お主はその耳と鼻を着けたかっただけではないのか?」
「あ、エヘヘ……ばれちゃっタ?」
照れた様子でそう言うシィ。
可愛さが天元突破グレ〇ラガンである。
「……よし、わかった。じゃあ次は、お前が青年の死体役やれ。俺が悲劇のヒロインをやるから」
「……お主がひろいんか。まあ良いが」
「んじゃ、テイク4だ!」
* * *
少女――ではなく青年は、慟哭していた。
「あぁ、何で、何でこんなことに……」
「…………」
「わんわーン!」
「お願いだ、もう一回、もう一回だけ声を……そう言えばこれ、今死体だよな」
「……ひぅ!?」
脇腹をツゥ、と撫でられ、ビクッと身体を反応させる死体の少女。
「おや? おかしいな……今、死体が何故か動いたぞ?」
「こ、此奴……!」
「おねえちゃん、死体は動いちゃメ!」
「メ!」
「ぐっ……」
背後から見守る友人とペットの飼い犬に諫められ、しばし唸ってから、観念したように再度死体に戻る少女。
「あぁ、あぁ、悲しいぜ……俺の大事な大事な人が、こんな姿になっちまって……」
「わひっ……んぐっ……!」
さわさわとセクハラを続ける青年に、死体の少女は喘ぎを漏らしながらも、必死に声を押し殺し、死んだフリを続ける。
「お前が死んじまって、俺、俺……あまりの悲しみのせいで、この油性ペンでお前の顔に落書きをしてしまうよ……」
「ぬ……? ゆ、ユキ!! それは、確か消えない方のぺんではないか!?」
流石に黙っていられなくなったらしく、ガバッと起き上がり、自身の頬に手を当てながら目の前の青年に向かってそう言う少女。
「お、よく覚えてたな。そうだぞ、しっかり洗っても落ちない方」
「落ちない方、じゃないわ阿呆が!! しかもお主、儂が動かないのをいいことに、今色々と書きまくりおったじゃろう!? どうすんじゃこれ!?」
「安心しろ、俺はお前がどんな姿になっても、一生愛すって心に決めてるからよ!」
「良いことを言っている風でも、誤魔化されんからな!?」
ギャーギャーと、言い合いを始める青年と少女。
その彼らの横で、ポツリと友人の少女が呟く。
「あらら……これはもう、ダメそうだね」
「うーン、そうだね……イルーナ、おそといこう!」
「そうしよっか!」
友人の少女と飼い犬――イルーナとシィは、口論を続ける二人を置いて、真・玉座の間から外へ遊びに出て行った。