ダンジョンへ《3》
それから、特に何事もなく馬車を進め、道中の宿場町で一泊し、次の日。
前方に広がるのは、陽の光に反射して煌めく広大な青と、入り江に形成された港町。
海には十数隻の船が並んでおり、今も数隻が出入りしている様子が窺える。
かなりの規模だ。
この国の中でも、有数の港町なのではないだろうか。
「へぇぇ、すげえな!」
目の前の光景に歓声をあげる俺を見て、ネルが声を掛けてくる。
「あ、おにーさん、もしかして海は初めて?」
「あー、いや、初めてって訳じゃあないんだがな」
けど、久しぶりなのは確かだ。
魔境の森の奥にも海は広がっているし、飛んでいると地平線の果てに見えたりするんだが……海のある地域が、西エリアのいっちゃん奥とレフィが元住処にしていた北エリアの山脈地帯の裏側なので、「海が見たい」なんてぐらいの軽い気持ちじゃ行くのは無理な場所だったりする。
本気の装備をして、外で三泊は覚悟しなきゃいけないだろうな。
なので、こっちの世界に来てからこんな海の近くまで来たのは初めてだったりする。
目の前の光景を堪能していると、カロッタが横から口を開く。
「ここが港町『ポーザ』だ。ここを拠点に、ダンジョン攻略を行うことになる。その前に一度、ここの領主に挨拶をすることになるのだが……仮面、悪いがお前にも付いて来てもらうぞ」
「へいボス、お供しやすぜ」
「……いや、私は別に、お前のボスというつもりじゃないんだが……」
「カロッタさん、彼は大体いつもこんな感じなので、スルーで大丈夫ですよ」
「……初めて会った頃は、もう少し真面目な人物だと思っていたのだがな」
そう言って、苦笑を溢すカロッタ。
失礼な、俺はいつも大真面目に人生送ってるぞ。
あ、ちなみに、全く関係ない話だが、トランプはあの後、俺がぼろ負けしました。
まあ俺、偉そうなことを言っても、別に賭け事のプロでも何でもないしね!
対してカロッタは、日常的に駆け引きをしているお偉いさんだしね!
そりゃあ、一般人――いや一般魔王の俺が負けるのも、道理だよね!
ネルも、何だか最近トランプが強くなってきているし……くっ、やはり異世界の住人、侮れん。
と、そう話している間にも馬車は進んで行き、港町の関所に辿り着く。
こちらの馬車の御者をしている聖騎士の男――確かセローという名前だ――が関所に詰めていた兵士と二、三のやり取りを交わした後、通行が許可されたらしく、ゆっくりと町の中を進み出す。
やはり海の町であるためか、町中を歩く住人達は日に焼けた浅黒い肌をした者が多く、全体的に服も薄着だ。
うむ……ネルにジト目を向けられそうなので、詳しくは言わないが、見ていて男に嬉しい町だな。詳しくは言わないが。
それから、数分程港町の風景の中を進むと、すぐに大きな屋敷が現れる。
先に連絡が回っていたのか、屋敷の前に数人の使用人らしき者達が待機している様子が見える。
ここが、領主の館なのだろう。
「皆さん、到着しました」
「わかった、ここまで御者、ご苦労だった、セロー」
「セローさん、ありがとうございました」
「いえ、これが私の仕事です故」
徐々に減速していき、その屋敷の前で馬車が停止すると、俺達はタラップを降りる。
もう一台の方の馬車も俺達が乗っていた馬車の後ろに停止すると、他の聖騎士達が降りてこちらにやって来る。
そして、全員が揃った段階で、待ち構えていた使用人の一人、結構若めの執事が俺達に頭を下げた。
「聖騎士様ご一行ですね。主の下までご案内させていただきます。馬車は、こちらに任せていただいてもよろしいでしょうか?」
「了解した。セロー、ナズル、手伝いを。――それでは、案内を頼む」
* * *
「――お初にお目にかかる、俺がこの町の領主、アーベル=レブリアードだ。よろしく頼む」
俺達を出迎えたのは、海の男、という言葉がピッタリ来るような、短髪でガタイの良い男。
刈り上げ頭で、浅黒い肌をしており、腕には入れ墨が入っている。
こうして屋敷で相対していなかったら、一見どっかの組の組長と勘違いするんじゃないだろうか。
「カロッタ=デマイヤーだ。こちらこそ、よろしく頼む」
互いに名乗り、彼らは固く握手を交わす。
俺含め、それ以外の者達は一歩下がったところで、彼らのやり取りを見守っている。
「さっそく話を――と、あー……その前に一つ聞いてもいいか?」
「何だ?」
「そちらの者は? 聖騎士ではないようだが、もしや……」
何かを察したような様子で、仮面を装着した俺を見ながらそう言う領主――アーベル。
「あぁ、彼は我々の助っ人のワイだ。確かな実力を持った者なので、今回こうしてダンジョン攻略に協力してもらうことになった」
「どうも、よろしく」
手をヒラヒラさせて、そう答える俺。
この仮面は、カロッタに頼まれたために被っているものだ。
一応、ネルのためにこちらの国では結構頑張ったので、仮面を被っておけば俺がどういう者かを察してくれるだろうという判断らしい。
実際、このガテン系おっさんも気付いているようだしな。
昨日ネルも言っていたが、やはり、顔を隠すためのこの仮面の方が、今はもう有名になっているのだろう。
「へぇ……この男が……」
ガテン系おっさんは、こちらを見定めるように一瞬だけスッと眼差しを鋭くさせ、しかしすぐにニヤリと口端を吊り上げ、言葉を続ける。
「……正直に言っちまうと、教会が出張って来ると聞いた時は、聖職者が何様のつもりだ、なんて思ってたんだが……どうやら俺は、アンタらを侮っていたらしいな」
「アーベル殿の歯に衣着せぬ物言いは、噂通りのようだな」
苦笑気味にそう言ったカロッタに、肩を竦めるアーベル。
「悪いな、海の男ってのは、そういう生き物なんだ。船の上じゃあ、皆運命共同体。故に、何より重要になるのは信用だ。信用出来ない相手と同じ船に乗ることは出来ないし、そうである以上事前に相手がどんな奴なのか、というのを知ることが必要不可欠になる」
「フッ、そうか。では我々は、同じ船に乗せてもよいと、貴殿に判断してもらえそうかな?」
「勇者殿まで連れて来てもらった上に、そんな者まで連れているのを見るに、アンタらが本気の姿勢でここにやって来ている、ということは重々に理解した。であれば我々も、それ相応の態度でアンタらを迎え入れよう。――ようこそ、ポーザの港へ。我々は貴殿らを、大切な同胞として歓迎する」
* * *
「……まさか、あそこまで教会が本腰を入れてくるたぁな」
聖騎士の一行が屋敷から帰った後、アーベルはポツリとそう呟いた。
「そうですね、頭……勇者まで連れて来るとは」
自身の主の言葉に、部屋にいた彼の部下――年若い執事が、余所行きの言葉遣いをやめ、気安い様子で相槌を打つ。
「いや、勇者の嬢ちゃんもそうだがな。そこに加えて、『剣姫』サマに例の『仮面』だ。凡そ教会が持つ最高戦力を連れて来たんじゃねぇか?」
「仮面の男は、教会所属ではないって話じゃ? 実際、聖騎士連中が着ていた鎧も着ていなかったようですし」
「そこは大して重要じゃねぇ。実際、こうして教会の仲間として行動している以上、奴らの味方ではあるんだろ。……あぁ、だが、そうか。むしろそんな、教会所属でもない奴を連れてここまでやって来たってのは、疑問ではあるな」
年若い執事はしばし押し黙ってから、再度口を開く。
「……いったい、何が目的なんでやすかね」
「さてな。表向きの理由通り、ダンジョン攻略だけに注力してもらえるんなら万々歳だが。――ま、どちらにしろ、教会は敵に回すと厄介だ。そうでなくとも、あの剣姫サマはかなりのやり手って話だしな。仲良くするに越したことはねぇ。歓迎するとも言っちまったし、町の連中にゃあ愛想良くするよう伝えろ」
「了解です、頭」
「あとお前、ここで俺を頭って呼ぶのはやめろ。今は偉い偉い領主様だ」
「ハッ、ご領主様。大変失礼致しました」
途端にわざとらしい真面目腐った様子で、余所行きの言葉遣いをする自身の部下に、クックッと笑いを溢すアーベル。
「――とりあえず、今は様子見だ。強いのは間違いなさそうだしな。是非とも討伐に尽力してもらわねぇと」
そう言って領主は、椅子の背もたれに身体を預け、彼らの去って行った方に顔を向けた。