磯野ォ、野球しようぜ!
杉田好きなんですよ、私。杉田。
あのはっちゃけ具合が好き。
――草原エリアにて。
「行くぞッ、レフィィィ!!」
「来い、ユキっっ!!」
大きく構えを取った俺は、雄叫びをあげながら、グオンと魔王の膂力全快で腕を振り被る。
ムチのようにしなる我が腕から放たれたのは――ボール。
まるでレーザー染みた勢いで放たれるそのボールを前に、レフィはカッと目を見開き――。
「ここじゃあっ!」
両手で握ったバットを、豪快にスイングした。
空を切り裂く、という言葉がピッタリ来るような、というか割とマジで真空波でも飛び出してんじゃないかと思わんばかりの勢いで振られたバットは……しかし、明後日の方向である。
タイミングも振った位置もボールとてんで合っておらず、いっそ見事と言いたくなるような空振りだ。
「な、何!? わ、儂のこの眼を以てして、完璧に捉えておったのに……!!」
「プフーッ、おいおい、レフィさんよ。『ここじゃあっ!』とか言っておいて、全く掠りもしてなかったっすよ?」
「う、うるさいわ!」
若干顔を赤くして、声を荒らげるレフィ。
確かに、お前の眼があれば、向かって来るボールの縫い目までしっかり見えることだろう。それが、大きな強みであることは間違いない。
だがなァ、ボールが見えるからといって、バットに当てられるか、と言ったら、それは別問題なんだよォッ!
「全く、威勢だけは随分と立派なことですねぇ?」
「ぐっ……腹の立つ顔をしよってからに……!」
球拾い係のリルが咥えて持って帰って来たボールを受け取り、にやにやしながらレフィを煽る俺。
ちなみにそのリルは色々と言いたげな顔をしているが、揺れる尻尾を見る限り、飛んでくボールを追い掛けるのはまんざらでもないことはわかっているので、何も問題ない。
いやぁ、それにしても、暇だからとレフィを誘って野球をしているのだが、コイツの悔しがっている顔を見ると気分がいいな!
「フン、まだ一球じゃ! 『野球』というものは三度空振るまでが勝負なんじゃろう!」
「まあ、そうだ。ボール判定はお前じゃ出来ないだろうから、俺がしてやる」
と言っても、俺も野球やってた訳じゃないから正確な判定は出来ないだろうけど。
ま、どうせ俺も投げられるのはど真ん中だけで、コース分けなんて出来ないので、際どいヤツはやり直しでいいだろう。
「おねえちゃん、頑張ってー!」
「がんばっテー!」
この勝負の見物客であるイルーナとシィが歓声をあげ、声は出さないもののレイス娘達が憑依した人形の両手を天に掲げて応援に参加している。
いつもならここにエンも加わるのだが、彼女はレイラと将棋がしたかったらしく、真・玉座の間に残っているため今回はいない。
「見ておれ、童女ども! 儂がこの阿呆のにやけ面を、吠え面に変えてやるからの!」
「ほう、言ったな! 楽しみにしてるぜ!」
そう言いながら俺は、投球フォームに入り、渾身の力を込めて二投目を放つ。
今の俺、確実に歴代のメジャーリーガーよりも速い球を投げていることだろう。
レフィは、くわと目を見開いてボールを凝視し、そして今度は先程と違って良いタイミングでバットを振り――危機察知スキルに反応ッ!
「ぬおおおっ!?」
快音を放ち、レフィのバットがボールを打ち返す。
その向かう先は、真っすぐ俺の顔面。
スキルが反応してくれたおかげで、何とかギリギリ、本当にすんでのところで身体の反応が間に合った俺は、ものすんごい勢いで飛んで来たボールを顔の目の前でキャッチ。
掌に伝わる、大砲の弾でも受け止めたんじゃないかと錯覚する程の、非常に重い衝撃。
ミットに収めたのにもかかわらず、押し切られそうになったところを本気で踏ん張ることで、ボールの勢いをどうにか消すことに成功する。
「ぬっ……! 確か、捕られては『あうと』で負けなんじゃったか……?」
「……あ、あぁ……そうだ。俺の勝ちだな」
悔しそうに「ぬがああ!」と吠えるレフィに、俺は内心のドキドキを隠しながら、頷く。
――こ、こええええ!!
じょ、冗談抜きで死ぬかと思った。
コイツの今のピッチャー返し、キャッチ出来てなかったら俺の脳みそ、爆ぜてたんじゃないか?
……あり得る。見ると、ミットもボールの形に焼け焦げてやがる。
多分、今の球を十発もキャッチしたら穴開くぞ、これ。
俺は、自身のミットの様子を見て冷や汗を掻きながら、ポツリと呟いた。
「……お前のピッチャー返し、死人が出るな……」
「ぴっちゃー返し?」
「ピッチャー……投手に向かってボールを打ち返すことだ」
「ほう。ま、安心せい。仮にお主の頭蓋をかち割っても、儂が完璧に治療して、元通りにしてやる故な」
「いや、それ全然安心出来ないんですけど!?」
じゃあ何も問題ないな! と言える程俺の肝は太くないです。
ただ遊んでいるだけで死の危険に直面するのは、流石に勘弁願いたいところである。
……というか、コイツ、さらっと二球目でバットに当てて来やがったな。しかも正確に。
恐ろしい……これが覇龍の力、ということか。
「それより、もう一回、もう一回じゃ! 儂は今、初めてこの野球なるものをやっておるんじゃ。その辺り、今少し考慮しても良いのではないか?」
「も、勿論いいぜ。俺は心が広いからな。それにどうせ、何度やっても勝つのは俺だし?」
「言っておれ! 今、良い感じであったからな。次こそは打つ!」
余裕綽々といった様子でレフィに言葉を返す俺だったが……マズい。
実際、そんな余裕はない。
二球目にして、ボールを打ち返すまでに至ったレフィのことだ。
今度は、芯で確実に捉え、ホームランを打つかもしれん。
……よし。
お遊びのつもりで用意しておいた秘密兵器を、今こそ取り出す時か。
レフィの脅威にツー、と冷や汗を掻きながらも、ニヤリと笑みを浮かべた俺は、ボールを構えた状態で先程よりも少し長い間を取り……そして投球モーションに入ると、三投目を投げた。
自分でもビックリする程の速度が出ているボールは、ストライクゾーンど真ん中。
だがレフィは、もはや完全にコツを掴んだようで、狙いを定めジャストミートというタイミングでバットを振るい――。
「ぬっ……!? な、何じゃ!?」
――直前でボールが、不自然な曲がり方をし、レフィのバットが空を切った。
「ど、どういうことじゃ! 今のは、完璧に捉えておったはずじゃぞ……!?」
「クックック……ハーッハッハ! どうだ、見たかレフィ! これが俺の本気、俺の魔球!! 『我が覇道を阻む者無し』だァッ!!」
「わ、我が覇道を阻む者無し……っ!?」
ビシィ、と指を突き付けた俺に、愕然とした表情を浮かべるレフィ。
俺、コイツのこういうところ、愛してる。
――当然ながら、俺は変化球など投げられない。そんな才能はない。直球だけである。
ならば何故、今のボールの軌道が変化したのかと言うと――このボールが、仕込みボールであるためだ。
内部に鉛が仕込まれ、投げると俺にも予測できない無規則な変化をし、打者も投手自身をも惑わす。
先程構えている間に、掌に収まるよう口を小さくしたアイテムボックスを開き、通常ボールはしまって代わりにこの仕込みボールを取り出していたのだ。
クックック、野球素人のレフィは、このカラクリに気付くはずがない。これ即ち、完全犯罪。
イカサマはなァ、バレなければいいんだよォ!!
「さぁ、レフィ! お前に、この俺のボールが敗れるか!!」
このイカサマが、敗れるか!!
「……いいじゃろう、破ってみせよう!! これこそが勝負の醍醐味、世界の頂点に立つこの覇龍の力を以て、お主の力に打ち克ってみせる!!」
「フッ、流石は俺の嫁! その覚悟、しかと受け取った!! 我が全霊にて、お前を打ち負かしてやる!!」
カッコいいことを言いつつ、ネタを明かせばただの仕込みボールなのだが……完全にそのことに目を瞑っている俺は、投球モーションに入る。
「うおるるぁぁぁああああ!! くらえ、レフィィィィイイ!!」
「来るがよい、ユキィィィィイイ!!」
そして、しなる腕が振り切られ、俺の指の先からボールが放たれる。
先程はレフィの手元で変化したボールだったが、今度は俺の手元を離れた瞬間から、ブレブレになるボール。
まるで、幾つもに分裂したかのように見える我が魔球(仕込み)は、そのままレフィの手元まで伸びて行き――。
「!! 見切ったぁぁっ!!」
「んなっ、何ぃぃぃ!?」
まるでコースが定まっていないボールを、レフィは見事バットに当て、かっ飛ばす。
しかも、またもやピッチャー返し。
顔面に向かって飛んで来たボールを、危機察知スキルのおかげで再度キャッチには成功するも――今度のボールは、鉛入り。
先程よりも重いせいで、完全に捕らえることが出来ず押し切られ、ミットから抜け出たボールが俺の頬にぶち当たる。
「ブフゥッッ!?」
「あ」
そのあまりのボールの重さに、俺の身体は宙を浮き、軽く後ろに吹っ飛んで頭から地面に転がる。
「わ、我が魔球、破れ、たり……」
そして……慌てて駆け寄ってくるレフィの姿を最後に、俺の意識は暗転した。
――やっぱりイカサマは、しちゃダメだね!