閑話:イグ=ドラジール
フゥーハハハハ、俺は自由だああああ!! フゥーハハハハ!!
精霊王は、森の中を歩く。
『フ、フ……こうも感情が揺り動かされるのは、久しいな。幼き者の無事も確認出来た。あの者達の下にいれば、以前よりも安全に過ごすことが出来るだろう』
――面白い者達だった。
まず、自身にも関わりのある吸血族の幼き娘に始まり、飽くなき探究心を一族で有す羊角の娘に、人狼族の溌剌な娘。
どういう訳か剣と深い繋がりが見える民族衣装を着た娘に、吸血族の幼き娘の姿を模した、人語を解すスライム。
そして――古い友人の覇龍に、あの迷宮の主である魔王。
よくこんな、図ったかのようにバラバラの種族が揃ったものだ。
それでいて、特に問題がある様子が全く見えないのも大したものだと思う。
しかも聞いたところによると、現在は仕事でいないが、あそこには人間の勇者も出入りし、仲良くやっているという。
他種族の共存というのは、聞こえは良いが、良いだけだ。
実際には食性、生活習慣、常識、価値観など、種族間における様々な差異のせいで、上手くいかないことの方が圧倒的に多い。
精霊王自身も、そのように理想を掲げ、しかし内部の争いから滅びの運命を辿ることになった国を幾度か見て来ている。
そこまで大袈裟でなくとも、人間、亜人族、獣人族。それぞれの街や村で、他種族が暮らしている例はどれだけあるだろうか。
魔族は種族など関係なくごった返して生きているような者達もいるが……しかしそれでも、大多数の魔族はそれぞれの部族ごとで纏まって生きている。
他種族が同一の共同体で生きるということは、それだけ難しいのである。
彼女らのように、互いに尊重し合いながらも、自由に生きるとなると、相当珍しい部類であることは間違いない。
そして……彼らと会話を交わし、精霊王が非常に驚いたのは、友人である覇龍の変化だ。
以前――数百年前に出会った頃は、何に対しても面白くなさそうな、冷めた様子が特徴的だったのだが、あの場で見た彼女は表情に溢れ、周囲に対する『愛』があった。
退屈そうな表情は鳴りを潜め、幸せそうな、覇龍以前にただ一人の『女』であるというのを感じさせる顔をしていた。
精霊王には、友人のその幸せそうな姿が、見ていてとても嬉しかった。
彼女がそこまでの変化を果たした理由は、恐らく――。
『ユキ、だったな……覚えておこう』
脳裏に思い浮かぶのは、あの場所で出会った、一人の魔王。
魔王という者の中にも様々いることは知っていたが……その中でも彼の者は、ずば抜けて変わり者であったように思う。
魔王の割には大いなる力を得た傲慢さも無く、理知的で、そして何より価値観が違っていた。
魔王という括りのみならず、この世界に生きる者達とは、一つ異なったところで物事を判断していたような様子があった。
あの場において、あの青年が、最も異質な存在であった。覇龍よりも、だ。
周囲の者達も、あの者に影響を受けていたのだろう。彼女らと言葉を交わして、そのような様子はありありと感じられた。
そして、最も近くにいて最も影響を受けたのが……精霊王の古き友人であったのだろう。
『異世界の魔王……この世界とは別の場所にある世界の存在は知っていたが、よもや魔王がおるとはな』
クックッ、と一人笑う精霊王。
短い時間だったが、それでも、あの魔王と覇龍の間に特別な絆があることは、見ているだけでよくわかった。
互いに信頼し、互いを愛し、互いのために生きる。互いが互いを、必要とする。
あの青年が彼女に世界の温かさを教えたからこそ、彼女はああも変化をしていたのだろう。
世界の頂点を争う程の実力を持つ覇龍に『愛』を教えるなど、どんなもの好きがいるのかと信じられないところだろうが……まあ、あの青年が夫であるというならば、そこまでの驚きもない。
これ以上ないくらいに、お似合いの二人であると言えるだろう。
『あの二人には、願わくば末永く幸せに、幸福のままに世界を生きてほしいものだ。友人と殺し合いなどしたくもない』
仮に、あの覇龍が暴走した場合、世界の守護者となってしまった自分は、刺し違えてでも彼女を止めなければならなくなる。
そしてそうなった場合、自分は彼女には負けるだろう。
彼女と同レベルの強さを持つ生物は……数体は心当たりがあるが、それでも確実に勝つことを考えれば、束になって掛かる必要がある。
覇龍の実力は、他の生物と比べても、それだけの隔絶したものがあるのだ。
だがまあ、どちらにしろ、そんな事態にまで陥った時点で、戦闘の余波のみで文明の二つか三つは確実に滅ぶことになるだろう。
以前の彼女には、そんな未来を想像してしまうような、不安になる危うさが存在していたのだ。
精霊王としては、このまま彼女が幸せに、あの青年と仲睦まじく生きていくことを願うばかりだ。
『良き時間であった。フ、フ……この世はやはり、面白い』
――あの迷宮は恐らく、世界でも有数の迷宮となる。
その時にまた、訪れてみるのも一興だろう。
精霊王は、愉快に笑いながら、魔境の森を去って行った。




