閑話:ガチャ回《1》
忘れ去られた悲しみのガチャ回。
時系列的には、ネルとイリルがダンジョンにいた頃のことだと思われます。
「ネルさん。今からあなたに、ガチャをやってもらいます」
「え? 何だって?」
唐突な俺の言葉に、そう聞き返して来るネル。
「そんな、難聴系主人公みたいなことを言わなくていいので、ガチャをやってもらいます」
「い、いや、聞こえてなかった訳じゃなくて、意味がわからないから聞き返したんだけど……というか、難聴系主人公って何さ」
それは、詳しく語ってしまうと色々マズい問題が生じてしまう気がするので、不問ということでお願いします。
「ガチャはガチャだ。お前も、俺のメニュー画面は見られるようになってるだろ?」
「う、うん。おにーさんの魔王の力――じゃなくて、ダンジョンの力のことだったよね」
「そうだ。その中に、ガチャというものがある。一定量の対価を払うことで、様々なものを生み出すことが出来るダンジョンの能力だ。リルを生み出したのも、この力だな」
「へぇ……! そうなんだ、それはすごい力だね」
リルを生み出した、というところで、かなり驚いた様子を見せるネル。
「あぁ、すごい力だ。何人の戦士達がこの力に魅入られ、そして爆死していったか……」
「えっ、爆死!? 爆発するの!?」
「そうだ。良いものを手に入れようとすれば、当然代償は大きくなる。ガチャという闇は、人を課金地獄という底無し沼に陥れ、不安と苛立ちを煽り、そして運が悪い者は爆死するんだ……」
遠い目をして語る俺に、ネルは何かを感じ取ったらしく、圧倒された様子で黙り込む。
……今思うと、俺は前世から幸運値が低かったのかもしれないな。
あの、次回せば、次回せば、という思考の罠に陥り、永遠に続く無間地獄よ。
そして、ようやく出たSSRに限って、すでに持っていたり、クソ程どうでもいい能力だったりするのだ。
……もうよそう、思い出すのは。
俺は、深く深く深呼吸して忌まわしき暗黒の記憶を追い出すと、一つ咳払いしてからネルへと言葉を続けた。
「コホン……だがまあ、お前なら大丈夫だろう。お前は、俺が見たヤツらの中で、最も幸運値が高いからな。きっと、そんな未来は訪れないはずだ」
「あ、あの、おにーさん。そんな恐ろしいもの、僕やりたくないんだけど……」
「確かにガチャは恐ろしい。だが、安心しろ。対価であるDPはすでに大量に確保してある。爆死という未来は、十分な準備も無しに挑んだ愚か者が陥る未来。お前の幸運と、俺の財力。これが合わされば、万事が上手く行くことは確定的に明らかだろう……」
「え、えぇ……ホントにやるの?」
「大丈夫大丈夫、行けるって! お前なら行けるって! 絶対大丈夫! 諦めんなよ!」
「おにーさん、おにーさんの様子が全然大丈夫そうに見えないよ?」
と、ネルは乗り気じゃなさそうな様子ながらも、どこかの元プロテニス選手並みの俺の熱意を断り切ることが出来なかったようで、小さくため息を吐き出した。
「もう……わかったよ。まあ、おにーさんが僕にやらせるってことは、ホントに危険はないんだろうし……それで、僕はどうすればいいの?」
「あぁ! ちょっと待ってくれ」
メニュー画面を開き、ガチャの項目を開く。
今回ネルにやらせるのは、百DP、千DP、一万DP、十万DPと四つある中で、まず一番どデカい、十万DPのガチャだ。
その後は、桁を少なくして一万DPを何度か、千DPを十数回してもらう予定だ。
正直に言うと――怖い。超怖い。
十万DPと言えば、魔物カタログでもかなりの強さの魔物を出現させることが可能だし、我が家の住人達であれば三ヶ月以上は暮らせる額だ。
さらに具体的に言うと、今日のこの時を思い、貯めに貯めたDPの五分の一がこれで消える。
だが……俺は魔王。魔王はリスクを恐れ、チャンスを逃すようなマネなどしない。
常に命懸け、常に危険と隣り合わせ。
だがそれでも、ロマンを追い求め、その選択肢にベットする。
そう、魔王とは、生まれながらにして生粋のギャンブラーなのだッ!! フハハハッ!
「じゃあ、これ、押しちゃうね?」
そしてネルは、十万DPのボタンの上で手を止め、俺の方を向いた。
「うおおおおぉぉぉ!! 行けぇぇぇぇぇ!!」
「うわっ!? ちょ、ちょっと、急に叫ばないでよ」
ネルは、抗議の目を俺に送りながらも、十万DPのボタンに指を触れ――。
「…………」
「…………」
「…………あ?」
――何も、起きない。
「おにーさん、何も起きないよ?」
「お、おかしいな、光の粒が出現すると思うんだが……」
リルを召喚した時も、魔法短銃なんかをゲットした時も、ガチャを回した後に光の粒が出現したはずだ。
まさか……スカ、だったとか……?
「そ、そんなバカな……十万DPも支払って、スカ……?」
「あっ、おにーさん、おにーさんのソレに、何か記号みたいなのが出てるよ」
ネルの言葉に、ハッと我に返った俺は、慌ててメニューに目を向ける。
そうだ、ガチャを回した後は、何が出たのかちゃんとリザルト画面が出るはず。
案の定、ガチャの画面には先程まで出ていなかった表示が現れており――そこに書いてあったのは、『獲得:滝温泉』という文字。
「あん? 滝温泉……?」
「え、これ、記号じゃなくて文字なの? 前から時折見掛けるけど……何だかカクカクした文字だね」
これは……もしかして――。
「施設か!」
俺の予想は当たりだったらしく、見るとメニュー画面の『ダンジョン』の項目、その中の追加可能施設欄に『滝温泉』の項目が追加されている。
消費DPがゼロで表示されていることから察するに、さっきのガチャでこの滝温泉の追加権利を得た、ということなのだろう。
「ネル、付いて来い! 確認するぞ!」
ネルの手を取り、外に繋がる扉を草原エリアに出られるよう変更する。
「ちょ、ちょっと……僕もわかって来たよ、今のおにーさんが、何を言っても聞いてもらえそうにない時なんだね。わかったわかった、付いてくから」
呆れたような、微笑ましそうな表情の彼女を連れ、俺は滝温泉を追加すべく真・玉座の間から出て行った。
* * *
「うおおおお!! こりゃご機嫌だぜ!!」
両手をグッと握り締め、快哉を叫ぶ俺。
――目の前に広がるのは、滝と、池のようになっている滝壺。
流れる水から蒸気が立ち上っているのを見るに、あれは全て湯なのだろう。
ザーザーと音を立て落ちる滝は、小さめだが結構な量の水が流れている立派なもので、滝壺は大人が十人入っても余裕がありそうなサイズ。底が浅いようだが、風呂として考えれば恐らくちょうど良いぐらいの水深ではないだろうか。
ちなみにこの滝は、積まれた石の山のようなものから流れ出しており、例の旅館のすぐ傍に設置した。
小道でも追加すれば、旅館の脱衣所から真っすぐここまで来られるだろう。
「これが滝温泉……素晴らしい」
DPカタログを確認すると、この滝温泉、普通に出そうとすれば十万DPは余裕で超えるDPを消費するようなので、当たりの部類なのは間違いない。
と言っても、これがただの滝が付いている温泉であるというだけならば、消費DPが多過ぎるように思うだろうが……凄まじいのは、この滝温泉の特殊効果である。
まず、温泉らしい効果として、『美容効果』、『若返り効果』、『代謝促進』、『疲労回復』、『HP回復』、『MP回復』などなど、温泉と言われれば思い付きそうなものは一通り発揮してくれるらしい。
これだけでも十分、秘湯として通用しそうな温泉だが、一番凄まじいのは――『HP増加』、『MP増加』の効果である。
なんとこの温泉、浸かっているだけで、HPとMPが増えて行くのである。
増加率は、三十分で一ポイントなど微々たるものだが……この温泉に、毎日入ったとしたら?
十年二十年、浸かり続けたとしたら? 人外になり寿命が大幅に伸びている俺が、百年二百年、さらに飛んで五百年でも浸かり続けたら?
それはもう、物凄い数値となることだろう。
先々のことまで考えれば、コイツは確実に超大当たりの部類である。リルレベルだ。
ダンジョンの施設であるこの温泉が、途切れることはダンジョンが壊滅する時以外にないから、半永久的に入れるしな。
流石、勇者様、といったところか……。
と、温泉を前にテンションだだ上がりの俺を見て、まるで子守している最中の母親みたいな顔をしているネルが、やれやれと言いたげな様子で口を開いた。
「おにーさんって、ホントにお風呂好きだよねぇ。まあ、僕ももう、お風呂のない生活はちょっと辛くなっちゃったけど」
「何を言う、ネルよ。いいか、お前にいいことを教えてやる」
「え、うん」
「我ら、ジャパニーズ。ジャパニーズは皆、風呂、そして温泉が大好きなのだ……」
高温多湿という、お国柄な……。
これが例え、俺じゃないとしても、こんなどデカい温泉が自宅にあったら確実に歓喜することだろう。そうじゃないヤツは非国民だ。間違いない(過激派)。
「ジャパニーズ……? 魔王のこと?」
「あぁ、そうだ」
話ながら俺は、ダンジョンの機能を用いて滝温泉の周囲を整えて行く。
ここに、敷き詰められた砂利と飛び石の小道を作って、その周囲に竹……はちょっと高いから、小さめの木を数本生やして――。
「お、おぉ……! すごいよ、おにーさん! あっという間に風情ある温泉になっちゃったよ!」
どんどん整えられていく滝温泉の様子に、ネルが感動の声を漏らす。
フフフ、クリエイティブ魔王の我にかかれば、これぐらいは容易いことなのだよ……。
「――よし、整備終了! そんじゃネル、部屋に戻って、ジャンジャン次を回してもらうぜ!!」