精霊王の力
『――さて、覇者たる龍の主たる王よ。貴公には我が輩の娘、吾輩の友を助けられた。礼をさせてもらいたい』
「いや、別に、気にしないでくれていいって。俺は、礼が欲しくてそんなことをした訳じゃねーんだからさ」
『貴公にとっては、そうかもしれぬ。だが、吾輩にとっては、これは大事なことなのである。吾輩がせねばならぬ義理を、代わりに貴公が果たしてくれたのだ。どうか、礼をさせてほしい』
「……わかった」
あまり固辞し続けるのも失礼かと思い、コクリと頷いた俺を見て、精霊王は言葉を続ける。
『では、魔が力を宿し王よ。貴公の心の臓を、吾輩に見せてもらえぬか』
「心臓……?」
服を脱ぎゃあいいのか?
「……って、そうか、ダンジョンコアのことか」
『左様である』
――ダンジョンコア。
ロクに侵入者がやって来ないため、ここまで全く出番のない俺とダンジョンの心臓である。
まあ、出番がないのはとてもいいことだ。
これが物事に絡んで来る時というのは、つまり俺の生き死にが係っている時ということだからな。
いつもは玉座の真後ろに、ダンジョンの力を用いて厳重に保管してあるのだが……。
「……アンタはレフィの友人だし、イルーナとも面識もあるようだから信用するが……頼むから手荒にしないでくれよ? 壊れたら俺、死んじまうからな」
『心得ている。幾度か、吾輩も破壊したことがあるのでな』
……ということは、何度か魔王を殺したことがあるということか。
……なんか、急に見せるのが嫌になって来たな。
若干怖気づく俺だったが……まあ、何かあってもレフィがいるから大丈夫だろうと思い直し、玉座の裏に設置されている分厚い檻を開けて虹色に光る宝玉を取り出すと、それを佇む精霊王の前に置く。
「これだ」
『うむ。では、失礼する』
そう言うと精霊王は、ダンジョンコアに向かって、彼が持っている杖を翳し――。
「ッッ、ガアアあアアッッ――!?」
――同時、俺の内側に迸る、荒れ狂う途轍もなく巨大な力。
思わず膝を突き、頭を床に擦り付けながら、バクバクと暴れる胸を両手で抑える。
全身を巡り始める強烈な力の奔流に、目の端に涙を滲ませ、荒く呼吸を繰り返す。
「お、おにいちゃん!?」
「ユキ!? ッ、貴様、何をしおった!!」
その様子を見ていたイルーナが悲鳴をあげ、レフィが慌ててこちらに駆け寄り、俺の肩に手を置きながら精霊王へと語気を荒げる。
「フゥー……フゥー……レ、レフィ。だ、だい、大丈夫だ……」
だが俺は、レフィの腕に縋り付きながらも、掠れた声で激高する彼女を押しとどめる。
この感覚は……覚えがある。
初めてダンジョンコアに触れた時に感じた、あの死にそうになる程強烈な頭痛と同じ。
つまり――ダンジョンが今、俺の肉体を改造しているのだ。
『安心することだ。吾輩の力を彼の者の心臓に流し込んだだけ故、少しすれば落ち着くであろう』
のんびりしたその言葉に、レフィはギロッとそちらを睨むも、精霊王は飄々とした様子で取り合わない。
「ハ、ハ……お前が、そんな風に心配、してくれるなら、悪くねぇな」
「馬鹿を言っておらんで、お主は大人しくしておれ!」
俺の軽口に、レフィは怒りながらも、心配そうにギュッと俺の手のひらへ指を絡ませる。
……こういう時、コイツの優しさが感じられて、何となく嬉しいもんだ。
やがて、少しずつ少しずつ俺の体内を暴れ回る力が弱まっていき――いや、俺の身体がその力に馴染んでいき、だんだんと気分が楽になっていく。
少し経ち、ようやくまともに喋ることが出来るようになった俺は、レフィに寄りかかりながら身体を起こし、精霊王に顔を向けた。
「何を……したんだ?」
『吾輩が出来ることは、精霊を扱う術を与えることのみ。故に、貴公の身体を精霊が扱えるよう調整させてもらった。具合はどうであるか?』
「あぁ……悪くねぇ」
……精霊王なんて、レフィレベルの強さを持つ強者に力を分け与えられたからだろう。
恐らく、今のでまたダンジョンとしてのレベル――格が、一つ上がった。
詳しくは確認しないとわからないが……俺の内側にある魔力なんかもまた、かなり増えたのではないだろうか。
「……悪くねぇが、こうなるってわかってたんなら、一言言って欲しかったぞ」
『うむ、幼き者のような、素地が新な者ならば、力を与えても苦痛を感じることがないのであるが……興味深い。大丈夫であろうとは思っておったが、無事吾輩の力にも順応したようであるな。迷宮に生み出された魔が王はやはり、器の形が不定形という訳か……』
恨めしそうな視線を送ると、精霊王から返って来るのは、興味津々な様子の視線。目は無いが。
あ、ダメだ。これ、レイラが何かに夢中になってる時の様子とほとんど様子が同じだ。
きっと、何を言っても右から左に聞き流されるだろう。
全く、研究者ってヤツは……。
「お、おにいちゃん……大丈夫なの?」
「大丈夫だ。ごめんな、心配させたか」
心配そうにこちらを見上げて来るイルーナの頭を、クシャクシャと撫でながら、俺は精霊王へと言葉を続ける。
「それで、何だ。これで俺も、精霊が見えるようになったっつーことか?」
『そうである。――幼き者よ、彼の王に見せてやるがよい』
「わ、わかった! じゃあ……火精霊さん、おいで!」
そうイルーナが虚空に語り掛けると――すぐ。
ボワ、とその場に出現する、火の玉のような形をした、赤色の光。
「お、おぉ……!」
な、なるほど……これが、精霊か。
赤色の光――火精霊らしいソレは、呼ばれたことが嬉しいのか、クルクルとイルーナの周りを回って、喜んでいる。
この様子を見るに、精霊王程明確なのかはわからないが、ある程度の自我は持っているらしい。
「……ふむ。そこに、精霊がおるのか?」
「あぁ、いるぞ。レフィにはこのヒトダマ、見えてねーのか?」
「ヒトダマ? ……まあ、見えておらん。儂にわかるのは、その場に魔力の塊が浮いておることぐらいじゃ。レイラ、お主は?」
「……私にわかるのは、ただ漠然と何かがいる、という程度ですねー。そこにいると教えてもらっていなければ、全くわからなかったでしょうー」
「え、ウチ、全然何にもわかんないんすけど」
俺の苦痛の叫びを聞いて、さっき心配そうにこちらへ顔を覗かせたリューが、そう言葉を挟む。
『この二人の方が少数派であるため、気にせぬことだ、人狼族の娘よ。適性を持たぬのに、精霊の存在を感じ取ることが出来る者など、吾輩の知る限りでも数えられる程しかおらぬ』
「……アンタの言い方で気になったんだが、なら俺には精霊を扱う才能があったのか?」
『いや、貴公の場合は、少し話が違う。貴公は、迷宮に生み出された者。故に、器の形が吾らと違う。貴公は、今精霊に対しての適性を得たのだ』
……今、適性を得た?
「……さっきも器がどうのって言ってたな。つまり、俺は性質が変化しやすいとか、そんな感じなのか?」
『概ねその理解で正しい。恐らくは、迷宮という生物の特殊性故であろう。通常の者は、そうと決まった性質――「器」の形は後天的にはほとんど変わらぬが、貴公は違う。適宜、器の形が変化し、生存のための力を得てゆく。種族進化を果たしたのならばまだわかるが、そうでもないのに変化を来す。つまり、器の形が定形ではなく、不定形なのだ』
「……なる、ほどな」
確かに、そう言われると思い当たる節はある。
俺がDPを支払い、今まで使えなかった機能を解放した時なんかそうだろう。
例えば、メニューの『マップ』。
これは最初、ダンジョン領域にいる敵性生物しか敵性反応の赤点を示さなかったが、今ではダンジョン領域外であっても赤点を表示させることが出来るようになっている。
少し前には、一部制限が掛かるが、ダンジョン領域外でDP関連の操作が可能にもなった。
これらの変化は、ダンジョンのみならず、俺の方の肉体が変化したことにより、使えるようになった機能だ。
それまで出来なかったことを、ダンジョンの力で以て出来るように変化する。
度々、冗談めかして自分のことを改造人間――じゃなくて改造魔王だなんて考えていたが、精霊王は、それを指して『器の不定形』と言っているのだろう。
それは、俺が迷宮から生み出された、作り出された、という特殊性故だろうと。
「フン……全く、ユキの言ではないが、そういうことをするならば最初からそう言え。お主は昔からそうじゃ。己のみが全てを分かったように話し、勝手に行動に移す。危うく、燃やし尽くすところじゃったぞ」
『それは、恐ろしい。如何に吾輩とて、世の覇者たる汝には敵わぬ。気を付けるとしよう』
レフィの言葉に楽しそうに笑ってから、精霊王は再び俺に向かって言葉を続ける。
『その精霊の扱い方は、幼き者に教わると良い。そこな童女には、精霊の何たるかを全て伝えてある。問題なく扱い方を学ぶことが出来るであろう』
「あ、あぁ、わかった」
「おにいちゃん、私がいっぱい教えてあげる!」
「おう、よろしく頼むぜ」
俺達の会話を聞いて、一つコクリと頷くと、精霊王はその場を立ち上がった。
『では。吾輩はここらで、暇をさせてもらうとしよう。短き間であったが、貴公らと会話を交わすことが出来たこと、誠に有意義で愉快であった』
「えっ、何だよ、もう帰るのか? もうちょっとゆっくりして行けばいいのに」
「そうですー。もう少し、お話を……」
俺の言葉に、心底残念そうに同意するレイラ。
さっきまで、すげー楽しそうに議論を交わしてたもんな。
好奇心お化けの彼女としては、同目線で意見を交換出来る相手がいるのは、恐らく貴重なことなのだろう。
「帰れ帰れ。お主がいると調子が狂う」
『フ、我が旧き友も、こう言っておることであるしな。加え、吾輩にはまだ、せねばならぬことがある。村の者達を見つけ出し、幼き者が無事であることを知らせねば』
「……そうか。そっちのことは……お願いしよう」
「せんせー、ありがとうございます」
いつもニコニコしているイルーナが、珍しく神妙な表情を浮かべ、精霊王にペコリと頭を下げる。
『良い良い。これも、吾輩がするべき義理である故。――では、迷宮の住人達よ。広きこの世界にて、貴公らに出会えたことに感謝を。そして覇者たる龍よ、汝がそのまま、愛在りし者でいられるよう、祈るとしよう』
「……達者でな、爺」
そして精霊王は、最後に頭だけを下げて一礼し、俺が開けた扉を通って去って行ったのだった――。
閑話をあと三話か四話くらい書いて、今章は終わります。