訪問者《4》
『精霊王の加護』に関して質問がありましたが、精霊王の加護は精霊が見え、操れるようになり、熟練すると相当強くなりますが、イルーナはまだ子供なので加護の力を半分くらいしか扱えていません。
――とりあえず皆が落ち着き、ダンジョンの住人達にレフィの友人だと精霊王のことを軽く紹介した後。
「えっとー……お茶はお飲みになりますのでしょうかー?」
我が家のデキるメイドであるレイラが、若干戸惑いながらそう問い掛ける。
この謎の生物を前に、流石の彼女もどうもてなせばいいのか困惑気味らしい。
『羊角の一族の娘よ。吾輩、物を飲み食いはせぬ。配慮に感謝する』
「アンタ、それでどうやって生きているんだ?」
霞でも食って生きてんのか?
『吾輩は、精霊種である。魔力を糧とし、魔力を媒介に存在する。故に、貴公らのように物質を栄養源としては生きておらぬのだ』
……なるほど、そういう感じね。
異世界らしい生物だ。
と、妙な納得していた俺に、レフィが口を挟む。
「騙されるでないぞ、ユキ。昔、トチ狂った冥王屍龍との争いで、此奴が儂の目の前で一帯の魔力ごと爆散したことがあっての。周囲の空間の一切合切に魔力が無くなり、流石に死んだかと思ったんじゃが……此奴、何事もなかったかのように再生して、冥王屍龍を逆に血祭りに上げておったからな。魔力を媒介にして生きる、というところからすでに眉唾物じゃ」
『ふむ、そんなこともあったか。懐かしきものだな』
レフィの言葉を否定せず、さらりと肯定する精霊王。
「……色々言いたいことはあるんだが、とりあえず冥王屍龍ってのは何だ?」
「昔、死霊術に長けた暗い龍がおったんじゃがな? 其奴、あんまり死霊術を使い過ぎたせいで、ある時魔法の発動に失敗して本人が死霊の屍と化しての。生者の肉を食らう死霊に、生きたままなってしもうたもんじゃから、トチ狂って大暴れし始めたんじゃ。其奴のことを、ヒト種の者どもが『冥王屍龍』なぞと呼んでおってな」
「それって……もしかして、『冥界神話』の話でしょうかー……?」
そう話していると、思わずといった様子で、横から口を挟むレイラ。
「冥界神話?」
「地方に伝わっている伝承の一つですー。冥界の王たる龍がヒト種の愚行に怒り、地上にやって来て亡者を溢れさせ、世界を滅ぼそうとしたところ、神の使いによって退治された、という話なんですがー……」
「ふむ、恐らくその話じゃな。あのどうしようもない根暗龍も死霊を溢れさせておったし。まあ、実際には別に冥界になぞ住んでおらん陰惨な龍が、阿呆になって暴れておっただけじゃし、そこにおる爺も神の使いでも何でもないが」
「……まさか、ここで神話の元となった出来事を知ることが出来るとはー……」
興奮した様子でそう言いながら、どこからともなく取り出したノートに、何かのメモを取り始めるレイラ。
……あなた、見間違いじゃなければ今そのノート、スカートの中から取り出しませんでしたか?
いや、いいんだけどさ……傘にSPAS、スカートの中にグレネードの、どこぞの反政府左翼ゲリラから逃げ出した、狂犬メイドさんみたいにはならないでくださいね。
「……? どうかしたか、ユキ。そんなボケっとレイラの方を見おって」
「ちょっと、レイラのスカートの中が見てみたくなって……」
「……ユキ……お主、そこまで拗らせておったのか」
「は? ……あ、ち、ちげぇぞ!! ヘンな意味じゃねぇ!!」
自分が何を口走ったのか、今頃になってようやく理解した俺は、若干引き気味の目をこちらに送って来るレフィに、慌てて弁解する。
「スカートの中が見たい云々に、変じゃないものがあるのか?」
「……た、確かに!」
ぐうの音も出ない正論に、何も言うことが出来なくなる俺だった。
「魔王様が、お望みになるならー……」
「お前、俺をレフィに殺させたいのか!?」
恥じらった様子でそんなことを言うレイラに、力強くそうツッコむと、彼女は表情を一転させクスクスと笑う。
くっ……コイツ、からかいやがったな。
『ク、ク。仲が良いのであるな。ここはいつもこうなのか?』
「そうだよ、せんせー! あ、でもでも、一番仲が良いのは、おにいちゃんとおねえちゃんかな? 見てて、ちょっと羨ましくなっちゃうくらい!」
『そうかそうか。それは、とても良きことであるな』
心底楽しそうに笑う、精霊王。
イルーナが精霊王のことを『先生』と呼ぶのは、その呼び名から察せられるように、村にいた頃彼――光なので彼か彼女かはわからない訳だが、レフィが『ジジイ』と呼んでいるので、彼でいいだろう――に色々と教えてもらっていたからだそうだ。
村の皆が知らないことをたくさん知っていて、何でも質問に答えてくれるのが面白く、それで『先生』と。
と言っても、そう呼んでいたのはイルーナだけではなく、村の者達もまたそう呼んで慕っていたそうだがな。
「コホン……それよりレフィ、一つ聞こうと思ってたんだが、お前の出身って龍の里なのか?」
誤魔化すように咳払いをしてから、俺はレフィにそう問い掛ける。
「まあ、そうじゃな。一応、生まれとしてはあの地になる」
「じゃあ、親とかもいんのか?」
「いや、儂に親はおらん。龍族にも二種類おってな。以前お主に話した、『魔族』の成り立ちについて、覚えておるか?」
「あぁ、覚えてるよ」
何かの拍子に魔素が凝結し、生まれ出でたのが魔族の先祖って話だ。
「龍族もまた、同じようなものじゃ。番から生まれる龍もおるが、魔族のように生まれる龍もおる。儂は後者じゃ、故に親はおらん」
「む、そうか。じゃあ……俺と同じなのか」
「そういうことじゃな」
……ちょっとだけ嬉しく思ってしまったのは、一生黙っておこう。
そう言えば、龍族の話で思い出したが、いつかイルーナを救う時に協力してもらった魔境の森の龍族は、レフィのように外部から来た龍ではなく、土着で生きている龍達なのだそうだ。
時折、彼らと遭遇することがあるのだが……いやぁ、それはもう、気味の悪いものを見るような、畏怖の籠った視線を俺に対してよく送って来る。ステータス的には俺の方がまだまだ格下なんだがなぁ。
何やら、覇龍であるレフィの夫ということで、「よくあんな恐ろしいのと一緒にいられるな……」みたいな感じで、俺もまたレフィとは別の意味で恐れられているらしい。
レフィと同種ということで、俺としては仲良くやっていこうと考えているのだが、近付こうすると必ず避けられる。悲しい。
どうも昔、先住民族である魔境の森の龍族達の下に、外部の龍であるレフィがやって来たため、数に物を言わせ「ゴルルァァ!!どこのシマのもんじゃい!!」と調子に乗って攻撃を仕掛けたところ、レフィが全員返り討ちにしたのだそうだが……。
レフィ曰く、覇龍となってからあんまりケンカを売られなくなり、退屈していたところに久しぶりに絡んで来た相手だったため、楽しくて少々やり過ぎてしまったそうだが……あんまり詳しく聞きたくはないな。
と、そんなことを思っていると、ふと聞こえて来る会話。
「では、精霊という種の在り方は、自然界の状況に依存している、ということですねー? 仮にその地域で、魔素関連に異変が発生した場合、精霊の存在は歪になり、想定し得ない方向への変化を――」
『そうである。その変化如何によっては、吾輩のように明確な自我を持つ者が出現する訳である。ただこれは、精霊種に限った話ではない。魔素を吸収し、魔力を持つ生物もまた、多かれ少なかれ同じように変化を――』
「魔力が、自我と精神の形成に関与している、という訳ですかー……。ならば、ヒト種が持つ自我、精神もまた、同じように――」
見るといつの間にか、レイラが精霊王を質問責めにしていた。
お前結構、怖いもの知らずだよな……。
……イルーナといる時の精霊王は、博識じいちゃんって感じだが、レイラといると大学教授とその生徒って感じに見える。
その子、ちょっと知識欲が凄いんです。
迷惑掛けてすんませ――いや、よく見ると精霊王もどことなく楽しそうだ。
物分かりの良い生徒だから、教えるのが楽しいのかもしれない。
ならまあ……いいか。