訪問者《3》
やっべ、ネルがダンジョンにいる間に、ガチャやらそうと思ってたんだ。すっかり忘れて、王都に帰らせちまった。
……後で閑話で追加しようか。
……なる、ほど。『意思を持った光』か。
実際に会ってみると、その表現がピッタリだったということが、よくわかる。
――俺の目の前にいるのは、片手に古めかしい杖を持った、子供の背丈より少し大きいぐらいの、ローブ。
ローブを着た何者か、ではない。ローブそのもの。
もっと詳しく言うと、人型に膨らんだ、中身の無い宙に浮かんだローブである。
本来肉体があるべき場所は空洞になっており、そこに、拳程の大きさの光が淡く輝いている。
当然、顔もなければ口もない訳だが……脳みそに直接話し掛けられているかのような、そんな感じで無機質な声が聞こえて来ている。
杖も、本来手があるのだろう場所に、一人でにふよふよと宙を浮いているのだ。
そして、こうして相対して、何よりも強く感じるのは――強烈な、圧迫感。
存在感、と言い換えてもいいだろう。
やはり、レフィ並、ということか。
ある程度抑えてはいるようだが、それでも目の前の存在が、どうしようもなく隔絶された実力を持つ強者であるということを、ビンビンに全身で感じ取ることが出来る。
……やっぱ、いるところにはいるんだな、こういうヤツは。
「……どうも、精霊王さんよ。俺は魔王ユキと言う。んで、まず一つ聞きたいんだが……迷宮と龍族の王ってのは、何だ? 迷宮はわかるが、龍族の王は?」
『貴公、龍族の王を殺したろう。龍族の王とは、継承するもの。故に現在、龍族の王の座は、貴公に渡っておる』
精霊王は、静かな口調で、淡々とそう答えた。
……確かに、以前黒龍をぶっ殺した後、俺の称号には『龍魔王』が追加されている。
その称号の説明欄にも、俺が現龍王みたいなことが書いてあったが、レフィに聞いたら「別に気にせんでよい。現龍王と言うても、ただの称号じゃ」と手をヒラヒラさせながら言われ、実際特に変わったこともなかったので、気にしないことにしていたのだが……。
『ふむ、現在龍の里がかなり荒れておるのは聞き及んでいたが……なるほど、龍王の座が外に渡っていた訳か』
チラリとレフィに顔を向けると、サッと顔を逸らされる。
「……知ってたな?」
「い、いや、そんなことはないぞ? 全く想像も付かんかったの」
シレっとそんなことを言うレフィに、俺はジト目を向け続けていると、やがてその視線に耐えられなくなったのか、ポツポツと言葉を溢す。
「……まあ、まずギュオーガの奴が龍王になっている時点で、里が混乱しているだろうとは思っておったが。さらにお主が彼奴を倒したことで、今頃相当荒れておるじゃろうとな」
「……何で教えてくれなかったんだよ」
「……昔、あの里で暴れ、滅茶苦茶にしたことがあっての。それ以来、あそこには少々近づき難いというか……お主に詳しく教えて、龍の里に向かうなどと言われては、困るのでな」
「え、何、お前他の龍族と敵対してんの?」
「いや、敵対はしておらん。むしろ逆というかの……」
珍しく煮え切らない態度のレフィに対し怪訝に思っていると、その俺の疑問に答えたのは精霊王だった。
『貴公の隣におる龍は、世界の覇者たる龍。同族からはもはや崇拝される域に達しておる。故に昔、現在貴公が継承している龍王の座に就くよう乞われ、だがそこな覇龍はそれを嫌い、里で暴れ、逃げ出したのである。吾輩が知る限り、その時龍の里は壊滅寸前にまで至り、龍族達も半数が負傷でひと月行動不能に陥ったのだったな』
レフィ、まさかのおてんば娘だった。
「お前……ここに来て新しい属性増やすなよ」
「し、仕方なかろう! 彼奴らがあんまり鬱陶しいもんじゃったから……というか、属性って何じゃ」
バツの悪そうな表情で、そう答えるレフィ。
……まあ確かにコイツ、束縛とかされるの、嫌がりそうだしな。
今でこそウチの幼女達や他の住人達と仲良くやっているが、元々の気質として、レフィは唯我独尊……いや、というよりは、他者に対して興味を持っていなかった。
その辺りは、まあ……俺も、似たようなものだ。
他者から、自分の世界に干渉されるのが嫌だったのだろう。
「コホン……それより! 立ち話もなんじゃ、とりあえず儂らの住処に戻るぞ」
「ま、そうだな。色々聞きたい話もあることだし、まずはウチに案内しよう」
こうやって話してみても、特に敵対的な意思は感じられないし……いや、光なので表情とか何を考えているのかとか、一切わからないのだが、レフィが全く警戒した様子を見せていない以上、我が家に案内しても大丈夫だろう。
それに、まず以てコイツの友人だ。信用しよう。
『忝い。では、お願いしよう』
そして俺達は、やって来た訪問者――精霊王を連れ、我が家へと戻って行った。
* * *
「あーっ! 精霊せんせー!」
俺達が真・玉座の間に戻ると、予想外なことに、精霊王に対しそう言って声を上げるイルーナ。
相当ビックリしたらしく、その大きな目を丸くして、こっちを向いて固まっている。
「先生……? 知り合いだったのか?」
『うむ。少々、縁があった故。……そうか、幼き者は無事であったか』
ホッと、いや実際に息を吐いている訳ではないのだが、何となく安堵している、といった感じの様子で、言葉を紡ぐ精霊王。
「やはり、イルーナに加護を渡したのは、お主だったか。隠蔽されていた故、詳細までは見通せなかったが……」
『其方には隠せぬか。如何にも、そうである』
納得顔で話をするレフィに、コクリと相槌を打つ精霊王。
「? 何の話だ?」
話に付いて行けず、疑問符を頭に浮かべる俺に、精霊王はここを訪れるまでの経緯を話し始めた。
――どうも、イルーナには、『精霊王の加護』というものが備わっているらしい。
精霊王は、世界を歩いて回っているのだそうだが、数年程前のある時、イルーナの住む村を偶々訪れたことがあったそうだ。
その村は大層美しく、自然と調和して生きる種族であるらしい精霊王にとって、とても居心地の良い村だったらしい。
姿が姿であるため、現れた精霊王に最初は驚くイルーナの村人達だったそうだが……地方によっては、土着の神として扱われることもあるという精霊。
無下にされることもなく、むしろ精霊に気に入られたとして喜ばれながら、村人達に歓待されたという。
そうやって、しばしの間村に滞在する内に、知り合ったのが――イルーナ。
彼女と接する中で、『精霊』を使役する素質があることに気が付き、加護を与えたのだそうだ。
『精霊は、心根が歪んでおらず、世界を平等な眼差しで見ることが出来る者にしか懐かぬ。それを使役出来る者となれば、さらに数少ない。才能在りし者の手助けをするのは、吾輩の役目の一つである』
そう語る、精霊王。
精霊を操ることが出来る者は本当に滅多におらず、イルーナはここ数百年で久しぶりに加護を授けた相手らしい。
つい最近になって、そんな彼女のことがふと気になり、再び訪れてみれば……そこで見たのは、滅んだ村の姿だったという。
「……なるほど。それで、自身が加護を与えた者が無事なのかどうか、心配でこうして探しに来た訳か」
『幼き者の一族には、良きもてなしをしてもらった。その一族が大事にしていた娘の安否を確認するのは、為さねばならぬ義理である』
……その村は、隠れ里のような村であったため、人口は数十人程度。
その中でイルーナは、数年ぶり生まれた子供だったそうだ。
故に、村の皆から愛され、村の皆の子として愛情を注がれていた。
イルーナがこんないい子なのも、それが理由なのだろう。
『して、彼の童女がここにいるということは……』
「その辺りは話すとちょっと長いが、人攫い共に関して言うと、もうすでに滅ぼしたからアンタが仇討ちしたくても無理だな。そこは諦めてくれ」
おどけるように肩を竦めてそう言うと、精霊王は感じ入るような声色で、言葉を続ける。
『そうか……そうか。すでに、事は終わっていたのだな……我が輩の仇、討って貰ったこと、感謝する』
「ま、アンタにとってイルーナが大事なように、俺にとっても大事な、妹的な存在なんだ。当然のことさ」
誰かのためではなく、それこそイルーナのためですらなく、ただ俺がそうしたいから、そうしただけ。
感謝される謂れもないだろう。
『……ふむ。銀龍、其方がそこまで感情豊かになっておるのは、この者が最たる要因なのだな』
「……お主のような旧友とは、やはりやり難いな」
『く、く。何者にも興味を示さず、まるで研いだ剣のように尖鋭であった其方が、そのような表情を浮かべておるのを見るのは、些か愉快であるな』
「フン……儂はお主とは違って、時が経てば経つだけ変わっていく。それだけのことじゃ」
何となく苦々しい様子で、キレの悪い悪態を吐くレフィ。
何だか今日は、普段見られないレフィの表情が見られて、面白い。
『そうであるな。だが、あの覇龍が、まさか番を得る日が来るとは、この世の誰も思うまいて。それこそ、天地が動転せんと思わんばかりの驚愕である』
「大袈裟な奴じゃの」
『大袈裟なものか』
……この物言いを聞くに、精霊王も当たり前のように分析スキルを持っているのだろう。レフィの称号でも確認したか。
ちなみに、俺がイルーナを分析スキルで見てもその加護の存在に気付かなかったのは、精霊王自身が、それを他者から見えなくさせる魔法を掛けていたからだそうだ。
そりゃ、俺よりこの精霊王の方が圧倒的に格上なんだから、わかるはずもないか。
「……おにいちゃん、おねえちゃん、ごめんなさい。今までずっと、精霊さんのこと黙ってて……」
と、恐々とした様子で謝って来るのは、話の中心であるイルーナ。
今まで、加護のことに関して黙っていたことを、悪いと思っているらしい。
俺は、しばし何を言うべきか悩んでから、とぼけた様子で首を傾げた。
「? 何に対して謝ってんだ、イルーナ?」
「え?」
「別に、何でもかんでも正直になんて、言わなくていいさ。それにほら、女は少しくらい秘密があった方が魅力的って言うだろ?」
ニヤリと笑ってそう言う俺に、レフィが続いて彼女に言葉を掛ける。
「そうじゃ、謝ることなんてないぞイルーナ。お主は、こんな得体の知れん爺に、傍迷惑な加護を押し付けられただけなんじゃからな。謝らせるなら、此奴の方じゃろう」
『フ、吾輩の加護をそのように悪しざまに言うのは、其方ぐらいであるな』
「そうか。ならばお主に騙くらかされた哀れな者達のために、儂が存分に悪しざまに言うてやろう」
『お手柔らかに頼む、と言うべきであるか?』
二人のやり取りに、俺はポツリと言葉を溢す。
「……子供扱いされるレフィってのも、珍しいもんだな」
「フン、此奴に比べれば、誰も彼も童じゃ」
「レフィがガキか……随分とスケールのデカい話だこって」
そうして、いつも通りの様子で会話を交わす俺達の様子に、イルーナは。
「……ありがと、おにいちゃん、おねえちゃん!」
花のような笑顔を浮かべ、並んで立つ俺とレフィにトトト、と駆け寄り、ギュッと抱き着いた。
貴公っていう二人称を書くと、何となく頭にソラールさんの姿が思い浮かぶな……。
太陽万歳!