訪問者《2》
リルとエンと共に、慌てて城に帰った俺は、真・玉座の間に転がり込むようにして戻ると、こちらを不思議そうに見て来るダンジョンの住人達に捲し立てた。
「お前らッ! 今日は絶対外に出て来るなよ! 皆で一か所にいてくれ!!」
「ご、ご主人、どうしたんすか?」
「外にヤバいヤツが現れたんだ! 悪いレフィ、コイツだけは、俺がどう足掻いても、どうにもなりそうもねぇ! 手を貸してく――」
口を動かしながら、ダンジョン機能を操作し、ありったけのDPを用いて新たな罠を設置していき――と、中にいたレフィが、ポンと俺の肩に手を置く。
「待て、ユキ。落ち着け。お主が言っておるのは、つい先程魔境の森に現れた、この強大な力の持ち主のことじゃな?」
「あぁ、そうだ! お前も感じ取ってたか。多分、災厄級のヤツが森に入り込んでやがる! どういう訳か、真っすぐこの城に向かって来てるんだよ!」
「ユキ、其奴は、恐らく儂の知り合いじゃ」
「だから、今すぐ対策しねぇと――は? 何だって?」
俺はダンジョン機能を操作していた手を止め、レフィの方に顔を向ける。
「儂の知り合いじゃ。あぁ、と言っても、以前のギュオーガ――お主が殺した、例の頭の弱い黒龍とは別じゃぞ。まともな旧友じゃ。殺し合いなどにはならんじゃろうから、落ち着け」
「……信じていいんだな?」
「儂が、信じられんと?」
ニヤリと笑みを浮かべ、ゆっくりとそう言うレフィに、俺は少しだけ冷静さを取り戻し、首を横に振った。
「……いいや。お前の言うこと以上に信じられるものはねぇ」
「フフ、そうじゃろう? ま、仮に何かあっても、心配性で臆病なお主のことは、儂がしかと守ってやるから、安心せい」
「そりゃ……確かに、心強いな」
不敵に笑いながら、あやすように俺の頭をポンポンと撫でて来るレフィに不覚にも安堵してしまった俺は、苦笑を浮かべて罠の操作画面を閉じ、手を下ろした。
「……そうか、お前の友人か……どういうヤツなんだ?」
「ふむ……謎、の一言に尽きるな」
「は?」
「旧友なのは確かじゃが、別に、取り立てて仲が良かったという訳でもないのでな。本当に、少し縁があり、知り合った、という程度故、そこまで詳しく彼奴のことを知っておる訳ではないんじゃ」
「あぁ……なるほど」
本当に、ただの知人止まりなのか。
「儂の知っている限りで言うと……彼奴はまず、何かを食ったり飲んだりはせんな。というか、肉体を持っておらん」
「……俺の中で、お前の知り合いの怪しさが一気に五割増しになったんだが」
飲まず食わずの、肉体無しとか……それ生物って言えるのか?
「いや、正しく言うと、肉体はあるようなんじゃがな? ただ、儂らのような、血が通った肉で構成されておらんのじゃ。一番近い表現じゃと……『意思を持った光』、といったところかの」
「…………今のお前の説明で、ソイツの謎っぷりがさらに十割増しだぞ。というか、全然想像が付かねぇんだが」
全く以てアンノウンの存在だ。
「し、仕方なかろう。彼奴に関しては、儂かてようわからんのじゃ」
弁解するようにそう言ってから、レフィはコホンと咳払いし、言葉を続ける。
「とにかく、こちらに来ておるのなら、出迎えるぞ。恐らく向こうも、儂の存在には気が付いておるだろうから、無駄にお主が出て行って話をややこしくする必要もあるまい」
「わ、わかった。……じゃあ、洞窟の外まで出て行こう」
一応、ダンジョンの住人達にはそのまま固まっていてもらうことにし、一度草原エリアに出て我が家のペット達に警戒の度合いを下げていいことを伝えてから、俺とレフィは洞窟の方へ出て行った。
* * *
『この気配……覚えがある』
森の中で感じた懐かしい気配に、ふと歩みを止める。
『ふむ……これは、幼き者と、我が古き輩と……可笑しなこともあったものよ』
ここから感じ取ることの出来る気配が、ほぼ一点に集中していることを面白く感じながら、ソレは歩みを再開した。
魔物も何も現れない、まるで森の静寂と同化しているかのような、静かな歩み。
周辺の生物は、外からやって来た強大な存在を感じ取り、その全てがすでに、ソレの近くから逃げ出しているのである。
そのまま、遮るもののない森の中を、滑るようにして進んで行くと――やがてソレは、木々の開けた場所へと出る。
先に見えるのは、切り立った崖と、洞窟らしい大きな穴と……莫大な力を身に宿している一人の少女に、変わった魔力の質をした青年の姿。
ソレは、二人の近くまで進んでいくと、言葉を発した。
『少し見ぬ内に、随分と小さく縮んでおる。覇者たる龍よ』
「フン、その固い物言い、以前会った時より全く変わっておらぬな」
少女――覇龍の言葉に、ソレは淡々とした様子で言葉を返す。
『吾輩は変質せぬ者。数百年程度では、変化などする筈も無し。して、銀龍よ。其方は変わり過ぎではないか?』
「……儂にも色々あったんじゃ」
そう言って覇龍は、小さく苦笑を浮かべてから、ソレに対し言葉を続ける。
「それよりお主、今回はまた突然現れたが、何しに来よったんじゃ?」
『ふむ……それを語るより先に、まずは辞儀を交わすとしよう』
ソレは、覇龍の隣に佇む青年へと、顔を向ける。
『初めてお会いする。迷宮の主たる王――いや、迷宮と龍族の主たる王よ。吾輩は、イグ=ドラジール。精霊の王である』
ソレは――精霊王は、ゆっくりと、小さく頭だけを下げてお辞儀をし、そう名乗ったのだった。