訪問者《1》
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「イリル、また絶対、遊びに来てね?」
「まってルよ!」
「……ん。待ってる」
「勿論です! むしろ、今度は皆を我が家に招待するです! ぜひぜひ、遊びに来てください!」
ここ数日だけで大分日焼けしたイリルと、ウチの幼女達がそれぞれ握手を交わすのを微笑ましく眺めてから、俺はレフィ達に口を開いた。
「それじゃあ、ネルとイリルを森の外まで送って来るよ」
「うむ。これでしばらく会えなくなる訳じゃからな、しかと送り届けて来るが良い。――それから、ネル」
レフィはそう言って、ネルに顔を向ける。
「繰り返しになるが……忘れるな。お主には、儂らが付いている。何かあれば、遠慮せず頼って来い。良いな?」
「そうっす、ウチらが付いてるっす!」
「うん、ありがと、二人とも」
レフィとリューに応えてから、ネルは次に、レフィ達の傍らでニコニコしながら佇むレイラに向かって言った。
「レイラ、家事を手伝えなくなっちゃってごめんね。皆の日々の家事、任せたよ?」
「はい、お世話の方は、お任せをー」
そうして、各々が別れの挨拶を済ませたタイミングを見計らって、俺はネルとイリルに向かって切り出す。
「よし、ネル、イリル、そろそろ行こうか。エン、付いて来てくれ」
「……ん。お供する」
「ネルおねえちゃん、イリル、またね!」
「またネ!」
「うん、またね、イルーナちゃん、シィちゃん、皆!」
「また、会いましょう!」
ネルとイリルに、待機していたリルの背中に乗ってもらい、俺達はダンジョンの草原エリアから外へと出て行った。
* * *
「まおー様、まおー様! 今回は、連れて来ていただき、ありがとうございました! とっても楽しかったです!!」
リルの上で揺られるイリルが、「フサフサぁ……」とリルの毛並みを気持ちよさそうに撫でながら、そう言う。
「ハハ、そりゃ良かった。楽しんでくれたようで何よりだ。イルーナ達とも仲良くしてくれていたようだしな」
「はいです! あんな仲良くなれたお友達、初めてでした! また、遊びに来てもいいですか?」
「あぁ、勿論だ。是非遊びに来てくれ」
イリルと会話を交わしながら、俺はマップを確認し、目的地へと向かって行く。
あー……こっちの方か。
「……ね、おにーさん、一つ聞いてもいい?」
「あん? どうした?」
「こっち、街の方角じゃないと思うんだけど……今、どこに向かってるの?」
「お、方向音痴のお前も、いい加減街の方角は覚えたか」
「? ネル様は、ほーこーおんちなのです?」
「あぁ、そうだぞ。コイツと一緒に、初めて街に行こうとした時な――」
「わー! お、おにーさん、余計なこと言わなくていいから!」
慌てて俺の口を塞ごうとワタワタするネルに、俺はしばし笑ってから、彼女の疑問に答える。
「ま、見てろ。――ここだったな」
俺は、蔦や草、ダンジョンの機能で生やした植物群を操作し、その場所をかき分ける。
そして現れたのは――周囲の自然に擬態するようにして存在する、一つの扉。
「この扉って……もしかして、お城にある扉と同じ……?」
「あぁ。んで、繋がってる先はアルフィーロの街だ」
「え?」
「アルフィーロだ。例の辺境の街の」
その俺の言葉が予想外だったらしく、ネルは少しの間押し黙ってから、口を開いた。
「……いつの間に?」
「そりゃ、この前お前と一緒に街に行った時だな。人間の街に行ける扉を、一つ作っといた方がいいと思ってよ」
「……レイロー様は、知ってるの?」
「いや、知らんぞ。俺が勝手に、近くの森に設置したから」
そう、実は俺のダンジョン領域、今ではそんなところまで広がっているのである。
人間が多数暮らす街をダンジョン領域に組み込むことが出来れば、相当量のDPを得ることが出来るのではないか、という考えから、以前より少しずつ少しずつダンジョン領域を広げ続け、とうとうあの街を俺のダンジョン領域として組み込むまでに至っているのである。
ネルやいつかの老執事みたいな強者は滅多にいないことはわかっているし、個々の人間は弱いが、しかし数が多いからな。
おかげで、当初の予定通り結構な量のDPを得ることが出来ている。
アルフィーロの街をダンジョン領域に組み込んだのは、ネルと一緒に行った時にこっそり作業していたので最近の話なのだが、これならもっと早くやっておけばと思ったぐらいだ。
……まあそれでも、レフィからDPが入って来ていた頃の方が、一日に得られるDP量は多かったのだが。
こういう時に、アイツの化け物染みた強さを実感するわ。
あと、本当はネルは王都に滞在するって話だし、そっちにも扉を作りたかったんだけどな
流石に、そこまではダンジョン領域を広げられていないので、不可能なのだ。
後々は、魔境の森のみならず、周辺の土地全てをダンジョンにしたいとは考えているが……まあ、それは十年二十年、もしくはそれより長い時間を掛けての作業となるだろう。
魔境の森だって、ダンジョン領域として組み込めているのは未だ四分の一程度だし。
フフフ、魔王が治める領域は、知らず知らずの内にどんどんと広がっているのである。
ちなみにこの扉は、俺の城内部にあるものとは違い、街とこの場所とが行き来出来るだけで、この扉から直接城の方に向かうことが出来ないようにしてある。
もし扉が見つかって、敵が我が家に直接乗り込んで来るような事態を避けるためだ。
この扉をわざわざ我が家から離れた位置に設置したのも、この扉の繋がる先が街中ではなく付近の森の中なのも、それが理由である。
と言っても、コイツで行き来出来るのはダンジョン関係者のみのはずなので、そこまで考慮する必要はないかもしれないがな。念のためだ。
あ、この扉の存在自体は領主のおっさんにも言っていないが、あの街を通ってイリルが王都まで帰ることは、王都を出る前に国王にも領主のおっさんにも伝えてあるので、その辺りの問題はない。
きっと、領主としてのメンツの全てを懸けて、ネルとイリルを安全に王都まで送ってくれることだろう。
「……レイロー様きっと、頭抱えるだろうね。おにーさんの魔の手がそんなところまで及んでるって知ったらさ」
「魔王だけに?」
「うるさいよ」
ネルのツッコミに俺はからからと笑ってから、二人へと言葉を続ける。
「そんじゃ、これでしばらくお別れだ。本当は、王都まで送ってっても良かったんだが……」
「そこまでしてもらっては、申し訳ないです!」
「アルフィーロの街からは、レイロー様と僕でイリル様を送るって話だったしね。それに、魔境の森ならまだしも、そこらの相手なら僕だけでも対処出来るからさ」
「あぁ、そこは信頼してるよ。なら、後は任せるぞ」
「うん、任せて。――あ、おにーさん、最後にちょっとだけ」
そう言って彼女は、突然こちらに近付いて来ると――ギュッと俺の身体を抱き締めた。
「あっ! ネル様ずるい! イリルもギュッてします!」
その様子を見たイリルが、俺の腰の辺りに同じく抱き着いて来る。
一瞬、たじろいでしまった俺だったが……黙ってイリルの頭にポンと手を乗せ、そしてもう片方の手をネルの背中に回した。
「――よし、満足した!」
数秒程、俺の身体に抱き着いた後、離れて間近からニコッと笑みを浮かべるネル。
コイツはホントに……可愛いヤツだ。
「それじゃあ、行って来ます、おにーさん。エンちゃんにリル君も」
「おう、行って来い。イリルも、また会おうな」
「はいです! 絶対絶対、また会えるって信じてます! エンちゃんも、また会いましょう!」
「……ん。ばいばい、イリル、ネル」
そして彼女らは、開いた扉を潜り抜けた後、こちらに小さく手を振ったのを最後にその姿は小さくなっていき、やがて見えなくなった。
「…………」
俺は、見えなくなった二人の方をしばし見詰めてから、扉を閉めると、ダンジョンの機能で周囲の風景に扉を隠蔽し、隣の一匹と一人に声を掛ける。
「さ、エン、リル、帰るか」
「……主、ネルがいなくなって、寂しくない?」
俺の顔を見上げ、そう言うエンの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「おぉ、可愛い嫁さんがいなくなって、超悲しいぜ。だから、城に戻ったら皆に慰めてもらわないとな!」
「……ん。わかった。慰めてあげる」
一生懸命つま先立ちをし、俺の頭をよしよしと撫でて来るエンに和んでいた――その時のことである。
「グルルルゥゥ……」
俺達の一歩後ろで伏せっていたリルが突如身体を起こし、一方向へと顔を向け、唸り始める。
険しい表情の、我が家のペットから感じるのは――今までにない程の、緊張と焦り。
これまで、リルと共に何度も強敵と言える相手と戦って来たが……コイツが、こんな強烈に警戒している様子を見るのは、初めてかもしれない。
「……リル、何かいるのか?」
我が家の頼れるペットの様子に、俺もまた若干の緊張を感じながら問い掛けたその時、ブオンと、マップが勝手に開く。
――侵入者である。
俺は、いつものクセで、反射的にマップから侵入者の詳細情報を開き――。
名:イ?=ド?ジール
種族:??
クラス:?霊王
レベル:9??
HP:?2????/?2????
MP:?6????4???/?6????4???
筋力:???8?
耐久:????
敏捷:3????
魔力:?3????9?
器用:?????
幸運:????
称号:調?者、世?の??手、?和?齎す者
「な……んだ、コイツ……」
掠れた声が、口から漏れる。
現在の俺よりかなり格上の相手らしく、ほぼ、何一つ得られるものがない情報。
レフィと違い、自身のステータスを意図的に晒すようなこともしていないようだが、それでもわかることとして――レベルは、900台。
レフィ並の、レベルである。
――災厄級。
その言葉が脳裏に過ぎると同時、俺は即座に行動を起こしていた。
「オロチ、ヤタ、ビャク、セイミ!! お前ら、城まで今すぐ全員帰って来い!! 途中で何に遭遇しても、交戦せずに絶対に逃げろッ!!」
ダンジョン機能の一つである念話で魔境の森に散っているペット達に指示を出しながら、ダンジョン領域に設置されている、全ての罠をアクティベートする。
マップを確認すると、どういう訳か侵入者は、真っすぐに我が家のある方を目指して歩いているようだ。
まだ少し、距離があるが……数時間もすれば、城に繋がる例の洞窟へと辿り着くだろう。
「くっ……リルッ、全速力で城まで帰るぞ!! エン、刀に戻れ!!」
「グルゥッ!!」
「……ん!」
擬人化状態を解いたエンの本体を掴み、俺がリルの背中に飛び乗ると同時、まるで引き絞られた弓を放つように、リルは一気に走り出した。




