帰郷前日
もうちょっとイリルの話も書いてあげたかったんだけどなぁ。
「ネル、向こうに持ってくもんはこれで全部でいいのか?」
「うん、お願い」
「オーケー、結構少ないのな」
「元々僕、着の身着のままでこっちに来たしね」
「そういやそうだったな」
俺は、部屋の片隅にある小さくまとめられた荷物を、大きめのポシェット――DPで交換した、次元収納の魔法が掛かったポシェットに次々と入れて行く。
このポシェットは、言わば俺のアイテムボックスの下位互換のようなものだ。明らかにポシェットの容量を超えて荷物を突っ込むことが出来る。
流石に、ポシェットの口より大きいものは無理だがな。
まあ、下位互換といっても、結構な容量はあるはずなので、バカみたいに魔物の死骸を突っ込みまくったりしなければキャパオーバーになったりはしないだろう。
「……そのポシェットだけで、一財産築けるよ、きっと」
苦笑気味にそう言うネルに、俺はおどけた様子で答える。
「お、じゃあ、コイツで運送業でもしようかね」
「魔王運送?」
「魔王運送。当社では、お客様のニーズにお応えし、魔王便、フェンリル便、覇龍便の三つのコースを揃えております」
「フフ、覇龍便を使う時は、多分世界一安全で世界一速いだろうけど、きっとコストもすごく掛かるんだろうね」
「あぁ。菓子コストだな。……いや、むしろ一番安上がりか」
「あ、確かに」
二人で笑ってから、俺はネルに言葉を続ける。
「それと、このポシェットの中に非常時用に色々入れてあるから、必要に応じて使ってくれ」
「ありがと、助かるよ。何が入ってるの?」
「まず、いつもの上級ポーション二十本とダンジョン帰還装置が十個だな。攻撃には一応、対軍殲滅用に『爆炎轟』の魔術回路を仕込んだミスリルナイフを五本入れてあるけど、これ使い方間違えると自爆するから、敵とは距離を取って使えよ。魔界に行った時にお前に渡したことのある『通信玉』をアップグレードした、離れた位置で実際に会話が出来る『通信玉・改』も入れてあるから、好きな時に連絡してくれ。あ、でも、魔力消費が大きいから、気を付けろ。それと、レイラと一緒に作った食い物とか菓子とかの非常食類もあるから――」
「ま、待って待っておにーさん! ちょっと待って!」
「? どうした?」
俺が中に突っ込んだものの説明をしていると、ネルが何故か慌てた様子で止めて来る。
「そ、そんな色々用意してくれたのはありがたいけど、大丈夫だって! 戦争に行くんじゃないんだからさ」
対軍殲滅用て、と言葉を溢すネル。
「何を馬鹿なことを。可愛い嫁さんが外に行くんだぞ? だったらそれなりの装備を渡しておかないと不安だろうが。……そうだな、やっぱり不安だし、もうちょっと増やして――」
「わ、わかった! ありがたく受け取るから! それで充分だから!」
そう言ってネルは、慌てて俺からひったくるようにしてポシェットを受け取った。
「もう……おにーさん、結構過保護なんだから。それだけ心配してくれてるっていうのは、とっても嬉しいけどさ」
「えぇ、これでも結構、放任してる方だと思うんだけどな……」
「どこがさ」
呆れたような、微笑ましそうな表情で、ネルは笑った。
――俺とネルがいるのは、例の旅館である。
明日にはもう、ネルがダンジョンから出て行ってしまうので、「二人で話でもするがよい」「フフ、二人でラブラブしてるっす!」と、二人きりにしてくれているのだ。
まあ、イリルもいるので、この後もう少しして晩飯の時間になったら真・玉座の間の方に戻り、イリルとネルのための「しばしのお別れ会」を開く予定なので、そっちに戻るのだが。
ホント、子供ってのは何であんなに元気が有り余ってるんだろうな。
昼間、散々幼女組の遊びに付き合って、自分が歳取ったんだなぁ、ってのをしみじみ感じたぜ……いや、まだ生後一年半も経ってないけどさ……。
それからしばし、とりとめもない雑談を交わした後、俺は、内心の気恥ずかしさを押し隠すように頬をぽりぽりと掻きながら、口を開いた。
「あー……それと、ネル」
「うん?」
「左手、出してくれるか」
アイテムボックスの中からソレ――指輪を取り出す。
「……うん、わかった」
ネルは俺が何を取り出したのかを理解すると、少しだけ頬を赤く染め、しかし嬉しそうに微笑んで左手を差し出して来る。
白く、ほっそりとしたその左手を取った俺は、彼女の薬指に、指輪を通していく。
この指輪は、いつも使う『武器錬成』スキルではなく、どうにかこうにか自分の手のみで作り上げたものだ。
こっちの世界に来てから、頻繁に工作をするようになったおかげか、こういう細かい物作りは結構得意になっている。
ステータスの中で、一番高い器用値のおかげもあるのだろう。相変わらず器用値が関係するはずの剣の扱いは下手なんだけどな。
これでも、剣の修練は続けているのだが……。
「その、悪いな。意匠は俺とレフィのとほぼ同じなんだ。どうしようかとは思ったんだけど」
こういうのは、それぞれ変えた方がいいのかと結構悩んだのだが……俺が薬指に嵌められる指輪が一つである以上、似通ったものにした方がいいと思ったのだ。
ちなみに、リューの分もすでに試作品は完成している。
彼女は、一年後に正式な嫁さんとなる訳なので、その時までに試作じゃないものを作り上げて渡そうと思う。
「ううん、そんなの全然いいよ! ありがと、おにーさん。……えへへ」
ネルは自身の手を顔の前に翳し、嬉しそうにニマニマしながらそう答える。可愛い。
「そっかぁ……僕もう、おにーさんの正式なお嫁さんなんだもんね。あ、ならもう……あ、あ、あなた、って呼んだ方が――無理! 恥ずかしくて呼べないよ!」
「いや、落ち着けや、ネルさんよ」
一人でヒートアップし、真っ赤になった顔を両手で覆い隠すネルに、俺は苦笑気味に言葉を返す。超可愛い。
「……まあ、そんな、無理して呼ぼうとしなくていいぞ。レフィだって、俺のことは普通に『ユキ』って呼んでるしな」
それに、実は俺、コイツから「おにーさん」って呼ばれるの、特別感があって結構好きだったりする。
「そ、そう? じゃあ、いつも通りにするけど……でも、いつかは当たり前みたいに、おにーさんのことを『あなた』って呼べるようになりたいなぁ……」
そう言ってネルは、その未来を想像しているのか、小さく微笑みを浮かべる。
オイ、コイツ、俺のことを萌え殺しさせたいのだろうか。今んところ、三コンボ食らってるぞ。
全く……勇者あざとい。相変わらずあざとい。
「……勇者怖い、勇者怖いわぁ」
「え、何さ、急に」
「お前、多分アレだな、お前の可愛さできっと全ての魔王を滅ぼせるだろうよ」
「あの、おにーさん? 何を言ってるの?」
「そして、魔王ユキは滅び、世界は平和となったのだった……」
完! ご愛読、ありがとうございました!
「いや、ホントに何を言ってるのさ!?」