デキるメイドの優雅な一日
レイラは、台所でテキパキと仕事を片付けると、おやつを盛りつけた皿を持ち、ユキが『真・玉座の間』と呼び、他の者達がただ『居間』と呼んでいる皆の生活空間の方に顔を覗かせた。
「皆さーん、おやつが出来ましたよー」
「む! 待っておったぞ、レイラ! それは……ぱうんどけーきか!」
「フフ、えぇ、そうですー」
子供のようにはしゃぎ声を上げるレフィの姿に、レイラは小さくクスっと笑って、テーブルの上に皿を置く。
「お、美味そうだ。サンキュー、レイラ」
と、部屋の端っこに置かれた、物が散乱している作業台で何か工作していたらしい彼女の主が、こちらに気付いて立ち上がるが、しかしその前に、通せんぼするように立ちはだかるレフィ。
「おっと、ユキ。それ以上こちらに近寄るでないぞ。ついこの前、菓子を食う儂に対し『お前はホントに菓子に対して食い意地張ってやがるな』とか言っていったお主に、これは必要ないじゃろう。儂らがお主の分も食べてやるから、ありがたく思え」
「いやいやいや、お前が何を言っているのか全くわからんな。俺はお前がアホみたいに甘いモンばっか食ってやがるから、よく飽きないもんだと思ってそう言っただけで、別に俺が食べないとは一言も言ってねーぞ?」
「ほう、これは異なことを言う。その後、儂がお主に菓子というものの素晴らしさをわざわざ説いてやったというのに、お主と来たらまるで興味が無さそうに聞き流しておったではないか。菓子に対する敬意のないユキには、これを食べる資格はないと思うが?」
「菓子に対する敬意て」
その後も、二人の間でああ言えばこう言う不毛な言い争いが繰り広げられていたが……それを止めたのは、すでにテーブルの椅子に座っていたネルだった。
「もう、二人とも、早くこっち来ないと、全部食べちゃうよ? あ、レイラ、一つ貰っちゃうね」
「えぇ、どうぞー」
慣れた様子で二人に口を挟んだネルは、一人先にレイラが皿と一緒に持って来たフォークを手に取り、すでに切り分けられているパウンドケーキの一切れに突き刺し、パクリと食べる。
「ぬ、ま、待て、ネル! く、この阿呆と言い合っている場合ではないか……フン、仕方があるまい。儂は寛大じゃからな。菓子への敬意がないお主にも、一切れぐらいは食わせてやるとしよう」
「さも自分が振る舞っているように言いやがるが、それ作ってくれたのレイラだからな。感謝すんのを忘れるなよ」
「馬鹿言え、こんな美味いものを作ることが出来るレイラを、儂が軽視しておる訳ないじゃろう。儂の中のヒエラルキーでは、頂点にレイラ、その下に儂らここの住人達、そして最下層にお主じゃ」
「そうすか。その菓子自体をレイラに教えたの、俺なんすけど」
「ダンジョンの力で出したものはともかく、お主自身は結局作ろうとして失敗しておったではないか。完成までこぎ着けたのは、レイラの力じゃろう?」
「まあ、そうだな」
「ただ、この菓子をレイラに覚えさせるきっかけとなったことは、お主の功績として認めてやらんこともないぞ」
「へいへい、そりゃどうもありがたい限りで」
美味しそうにレイラの作ったケーキをモグモグし始める彼らの姿を見て、レイラがニコニコと笑みを浮かべていると、先程彼女が出て来た台所の方から、今度はリューがひょっこり顔を覗かせる。
「レイラ、ウチはこっちのケーキを運べばいいっすか?」
「はい、外で遊んでいるイルーナちゃん達に渡して来てくださいー。ちゃんと手を洗わせるのですよー?」
「わかったっす、任せるっす!」
元気良く返事をして、リューはパウンドケーキの乗ったもう一つ別の皿を持ち、外に繋がる扉から出て行った。
* * *
皆がケーキを食べ終え、その洗い物も済ませた彼女は、途方もなく巨大な城が一望出来る外へと出て来ると、物干し竿に掛かっている、今朝干した洗濯物を取り込み始めた。
ここの住人はそこそこの数がいるため洗濯物も大量ではあるが、デキるメイドのレイラは、流石の手慣れた様子で洗濯物をかごに取り込んでいき――と、その時聞こえて来る、幼い声。
「あっ、レイラおねーちゃん! 何かお手伝いする?」
レイラがその方向に顔を向けると、そこにいたのはイルーナだった。
「あら、イルーナちゃん、大丈夫ですよー。かくれんぼの途中ですかー?」
見ると彼女は、物干し竿の端っこの方で、しゃがんで小さくなっていた。
ちょうど干したシーツの陰になっていたので、お互いに気が付かなかったのだろう。
「そうなの! いつもは中庭の方でかくれんぼするんだけど、隠れられる場所をみんな覚えちゃったし、イリルも来たから、新しくこっちの外でかくれんぼしてるの!」
「フフ、そうなのですかー。でも、こちらですと、少々広いのではないですかー?」
「うん、ちょっと失敗だったかも。こっちはとっても広くて、どこからどこまでっていうのは決めてたのに、全然見つけてくれないの。鬼も二人にしたのに……」
可愛らしくため息を吐き、そう言う幼い少女。
レイラはテキパキ手を動かしながらも、ニコニコしながら彼女へと言葉を返す。
「では、もう少し範囲を狭くするしかありませんねー。きっと、他の子達もイルーナちゃんのことを探していますよー?」
そう、ちょうど話していると、遠くの方からイルーナの名を呼ぶ声が聞こえて来る。
「イルーナー、どこいっチャったのー?」
「イルーナー! どこですかー!」
それは、シィと、少し前からこのダンジョンに遊びに来ている、王女だという幼い少女の声。
「あっ、皆だ! わかった、そうする。ありがと、レイラおねーちゃん! お仕事頑張って!」
イルーナは手をぶんぶんと振ると、声の聞こえた方に向かってトトト、と駆けて行った。
全ての洗濯物を取り込み、かごを抱えたレイラもまた、きっと泥だらけで帰って来る少女達のことを考え、もう少ししたらお風呂の準備をしておかなくちゃと思いながら、真・玉座の間に繋がる扉のある方へと帰って行った。
* * *
夕方。
「よ、レイラ。何か手伝うことあるか?」
台所で夕餉の準備をしていたレイラのもとに、彼女が仕える主であるユキがひょっこり顔を出す。
「魔王様、よろしいのですかー? 何か工作をされていたのではー?」
「あぁ、指輪をちょっとな。けど、俺の方はもう手が空いたからよ。他の面々がいないから、一人だと大変だろうかと思って」
そう、今料理をしているのは、レイラ一人だ。
いつもならばここにリューとネル、時折レフィやイルーナなど他の住人達も加わるのだが、彼女らは現在、城の裏手にある旅館の方で、皆一緒に風呂に入っているため、ここにはいない。
レイラもまた、一緒に入ろうと彼女らに誘われたのだが、恐らく自身が加わってしまうと湯舟の大きさ的に、全員は入れなくなってしまうだろうと考え、遠慮したのだ。
料理の方は、実際のところ一人でもそこまで大変ということもないのだが……ここで手伝いを断るのも少し悪い気がしたレイラは、コクリと頷く。
「ありがとうございますー。では、お願いしてもよいでしょうかー」
「任せろ。今日の晩飯のメニューは……この素材のラインナップからするとカレーか?」
「えぇ、イリルちゃんが食べたことないものを、と思いましてー」
「そりゃいい、子供は皆カレーが好きだからな」
「確かに、イルーナちゃん達もカレーが大好きですもんねー」
「だろう? ――よし、じゃあ、俺は野菜を切るのでもしようか」
「わかりました、では、そちらをお願いしますねー」
それぞれ役割分担したレイラとユキは、並んで黙々と、調理をしていく。
主と、メイド。
本来ならば、明確に存在する身分の格差で、関わり合いになることが少ないその二者が、こうして並んで、夕餉の準備をしている。
しかも、主は世に恐れられる魔王であり、学者が本業の自分がメイド。
そんな光景が見られるのは、世の中広しと言えど、ここだけだろう。
――世界とは、なんと不可思議で、数奇で、そして面白いのだろうか。
自分は、なんて幸運なのだろう。
このような不可思議の中に、この身を置くことが出来ているのだから。
「? どうした? そんな嬉しそうな顔をして」
「いえ、何でもありませんー」
不思議そうに自分の方を見て来るユキに、ニコッと笑ってレイラは、調理の続きを始めた。




