閑話:嫁会議
――城の裏手に建てられた、旅館。
「さて……それではお主ら、これより『第五回嫁会議』を開催する」
おー、とまばらな拍手が、参加者からパチパチ起こる。
別に、拍手をするような場面でもないのだが、こういう時によくユキが拍手をしているのを見て、彼女らもまたよく何となくで拍手をするようになってしまっている。
「今回は、彼奴が向こうにいる間の詳しい話を、ネルより聞く。お主には詳しく言っておらんかったが、開催理由はそれじゃ、リュー」
「はいっす! ウチも、是非ご主人の話、聞きたいっす」
会議の参加者は、当然嫁である三人。レフィ、リュー、ネル。
いつもであれば、ここにイルーナ、エン、時折シィが加わり、近くの傍聴席(座布団)に座るのだが、しかし今回に限っては客人が来ているため、流石に参加していない。
いや、この会議自体は多角的な面からの話し合いが求められる故にユキ以外誰でも参加可能であり、客人の少女も参加する意思があるのならば会議に加わってくれても構わなかったのだが、幼女達は全員が全員疲れてすでにぐっすり眠ってしまったので、ここにはいない。
恐らくは、お互いに新たな友人が出来て、よっぽど楽しかったのだろう。
ちなみに、レイラは参考人としてここに呼ばれることはあるが、本人から自発的にこの会議へ参加することは全くない。
レフィの見立てでは、別にユキに対し好意を持っていないという訳ではなさそうなのだが……あの少女は他に優先する強力な欲求があるようなので、それ以外のものに対する優先度が低いのだろう。
「じゃあ、まずはあの童女のことについて聞こうか。あの童女は、向こうでユキに懐いたのか?」
「うん、そんな感じ。えっと、二人がどこまで知っているのかわからないんだけど、以前におにーさんが解決した、アーリシア王国で起きた『王都危機』って知ってる?」
「あぁ、ユキから大まかに何があったのかは聞いている。確か、あの国の王子が魔族に洗脳され、最終的に死霊となって死霊術師の玩具となっていたのじゃろう?」
「ウチも同じくらいに聞いているっす。ちょっと可哀想な王子様っすよね」
「そうそう。それで、その王都危機の時なんだけど、国王様と王女様――つまりイリル様が捕まって牢に入れられちゃってたんだ。けど、その二人を助けたのが、おにーさんだったの」
「……なるほど、話が見えたぞ。白馬の王子の如く助けに来たユキに、あの童女が懐いたと。つまり、お主と同じぱたーんか」
「う、うん。まあ、そういうことだね」
ちょっとはにかみながら、そう答えるネル。
「後はまあ、あんまり特別なこともないんだけれど、今回おにーさんと王都に行ったら、イリル様がすっごい喜んでさ。エンちゃんとも仲良くなって、僕とも結構仲が良いから、当然の流れでこっちに遊びに来てみたいってなってね。まあ、最初の理由はやっぱりおにーさんだったみたいだけど。それで、今に至るって感じかな」
「……イリルちゃんって、王女様なんすよね? よく王様が外に出るのを許可したっすね」
呆れた表情を浮かべるリュー。
「陛下――えっと、国王様はおにーさんの正体も強さも知ってるからね。どこに行かせようが、おにーさんと一緒ならむしろお城にいるより安全だろうって考えてるみたい。それに、イリル様もお城に引きこもってばかりいるよりは、同年代の友達を作った方がいいだろうって」
「カカ、思い切った判断をする男じゃな。ユキとは気が合うのではないか? 彼奴は、そういう思い切った者を気に入るようじゃからの」
「うん、おにーさんも大分気を許してるみたいだよ。万が一があった時のことを考えてか、国王様に例のエリクサーとダンジョン帰還装置のネックレスあげてたから」
「ほう、それは中々じゃの。彼奴にも、ようやく男の友人が出来たか」
「あぁ、おにーさん、同性のまともな友達、あんまりいないみたいだもんね。リル君ぐらいじゃない? ヒト種じゃないけど」
「確かにリル様は雄っすけど……それを友人にカウントしてしまうと、ご主人、ちょっと可哀想な人に見えちゃうっすね……」
「……それもそうだね」
そう言って、リューとネルは苦笑を溢す。
「それで、彼奴自身のことで何かわかったことはあるか?」
レフィの言葉に、こくりと頷くネル。
「おにーさんね、ダンスが苦手みたい」
「だ、だんす?」
彼女の口から出た言葉が予想外だったらしく、レフィは怪訝そうにネルのことを見る。
「フフ、うん、そうなんだよ。向こうで舞踏会があったんだけど、その練習で、おにーさん全然踊れなくてね」
「……何となく想像出来てしまうな、その様子は」
「最終的には、あの、魔王の力? で『舞踊』スキルを得てなんとかしたみたいなんだけどね。それでも、リズム感が無いのかな? 上手く踊れなくて、ぐぬぬ、とか、ぐわああ、とか、唸りながら四苦八苦しててさ。おにーさんには悪いけど、あれは見てて可愛かった」
その時のことを思い出しているのか、話しながらニコニコと笑みを浮かべるネル。
「へぇぇ、それ絶対見てたら楽しいじゃないっすか。ウチも見てみたかったすよ……頼んだらやってくれないっすかね」
「無理じゃないかなぁ。苦手意識が出来たみたいで、ボソっと『もう二度と踊らん』って呟いてたから」
「その様子も簡単に思い浮かべられるの」
そして、三人は共通の旦那のことで、それぞれ笑い声を溢した。
* * *
その後も、王都での出来事やユキの様子で盛り上がり、半ば雑談と化した会議だったが……しばらくしたところで、ネルが少し真面目な顔を浮かべ、切り出した。
「それと……ごめん、皆。僕、やっぱり勇者は続けることにしたんだ。だから、こっちに来るのは時々になっちゃう。おにーさんはそれでもいいって言ってくれたんだけど……」
「え、えぇ! ネル、人間の国の方に帰っちゃうんすか?」
悲しそうに、表情を歪ませるリュー。
「ごめんね、リュー。ちょっと今、生まれ故郷がゴタゴタしてて、放っておけないんだ。僕がいらないところまで……どうにか国を安定させることが出来たら、勇者を次の誰かに任せて、絶対こっちに来るから」
と、次にネルに口を開いたのは、レフィ。
「……それはもう、お主の中では決めたことなのじゃな?」
「うん、もう、決めちゃった」
「ユキの奴も、それで良いと?」
「うん。むしろ、おにーさんが後ろを押してくれなかったら、こうもキッパリは決められなかったよ」
「そうか……ならばもう、何も言うまい。ただ、忘れるなよ、ネル」
「え?」
不思議そうな顔を浮かべるネルに、レフィはニヤリと口端を釣り上げる。
「お主はもう、ここの住人じゃ。しっかり、帰って来るがよい。そして何かあれば、遠慮せず頼れ。ユキの言ではないが……儂らは、身内なのじゃからな」
「……ありがと、レフィ」
嬉しそうに、微笑みを浮かべるネル。
「……そ、そっすね! ウチらはもう家族っすもんね! ネルの方が大変なのに、ウチが泣き言は言ってられないっす! レフィ様が言ったように、何か困りごとがあれば遠慮なく頼るっす! ……と言っても、ウチが出来ることは、レフィ様やご主人よりも少ないっすけど……」
「ううん、そんなことないよ。元気なリューを見ていると、僕も、すごい楽しくて元気になるもん」
「そ、そっすか? え、えへへ……なら、ウチの元気をネルに分けるっす!」
手の平をネルに向け、「は~っ!」と何かの気を送り始めるリュー。
その様子に、ネルはクスクスと笑うと、「よし!」と言ってグッと拳を握った。
「それじゃ、二人とも! おにーさんのこと、任せたよ? 僕は、ずっとは一緒にいられなくなっちゃったから……おにーさんが脆くなった時は、二人が支えてあげてね?」
「無論じゃ。離れたお主に心配されるようでは、あの阿呆の嫁失格じゃからな」
「はいっす! 任せるっす! しっかりウチとレフィ様で、ご主人を守るっすから!」
三人は、強く頷き合った。